preparedness for oblivion

「先のことが決められないなら、おれの船に乗れ。歓迎してやる」
 ローさんからかけられた言葉がどこか信じがたくて、耳を疑った。慰めの意味で言ったのかと思いきや、彼の目が真剣な光を灯しているのが薄暗い中でもわかる。
 欲しいものは奪う、その言葉に、懐かしさを感じたのは事実だった。それに、楽しいかと訊かれて、頷いた時にそんな感情が空気として滲み出ていたのだろう。嬉しいけれど、同時に感じるのは困惑。
「ローさん……?」
「なんだ?」
「私……、迷惑をかけてしまいます」
 言いたいことはいろいろあったけれど、結局言葉にできたのはそれだけだった。
「いいから言ってるんだろうが。お前が足手纏いになるとは思わねェ」
 そうだ、彼はこれから私の記憶が消えるということを知らない。残っている六年間の記憶のうち、旅団と関わっているものが大凡二年。カデットさんは、それでも密度の濃い記憶が旅団の方だから、それに引き摺られるようにして残る四年間の記憶のほとんども一時的にではあるけれどなくなってしまうのではないか、と言っていた。
 確かに記憶が戻れば、私が念を覚えたのは旅団と会う前だったのだから、戦うことはできるだろう。念の熟練度も大分上がり、そこで挑んだ初めての大きな仕事で旅団に出会った。その後一時的に旅団から離れてしまったわけだけれど、その間にも念は鍛えた。だから記憶が戻りさえすれば、多少衰えこそすれど戦えるはずだ。鈍ったとしても、毎日"纏"と"練"を繰り返せば取り戻すことはできる。けれど、その肝心の記憶が戻るまでの期間にどうすればいいのか。ローさんはこう言ってくれているけれど、記憶のない私なんてただの足手纏いだということぐらい、私にだってわかる。
「お前、こういう宝探しも好きなんだろう。大海賊時代に入って海賊が増えた昨今、そうそうこんな機会はねェだろうが……。船に乗って巡り会わせがあれば、また連れて行ってやる」
 とても魅力的な誘い。それでも、私の懸念は消えない。けれどもそれを上手く説明する術もない。
「……考えてみますね」
 カデットさんにお願いすれば、上手に事情を説明してくれるだろうか。
 ひとまずは上の通路だと、ローさんを促して来た道を戻る。
 彼はきっとはぐらかされたつもりなんてない。後でまた、しっかり話をしようと持ちかけてくるだろう。
 しばらく歩いて、ようやく木製の扉のところに戻ってきた。降りた時は何も感じなかったけれど、こちらから登るとなると少し大変そうだ。長身なローさんでも悠々と立って歩ける高さ。天井まで、2mはあるのだと思う。ローさんに木箱を預けて、壁面から突き出た石に足をかけて、上の通路の天井に頭をぶつけないようにだけ気をつけ、上に登った。
 木箱を受け取って、自分の横に置く。
「ローさん、手を」
「? ……あァ」
 しっかりと手首を掴んでもらって、私もローさんの手首を握る。壁に足をかけるように言って、一気に引き上げた。
 ローさんは怪訝そうに私を見る。
「お前……、その細腕で信じられねェほどの怪力だな……」
「よく言われます」
 荷物になってしまうため、ひとまず木箱は扉の脇に置いたままにした。
 扉は一度閉めたけれど、開けた時の軋み具合からして、足場にしようとは思わない。踏まないように避けて、先程は行かなかった通路の奥へ進む。
 "円"を広げて周囲を探るけれど、通路が伸びているのがわかるだけ。私の"円"は最大で半径100mほど。広くすればするほど精度が低くなり、今は大まかな地形と、そこにどんな生き物がいるのか程度しかわからない。通路の長さがわかればいいと最大まで広げたけれど、やっぱりそれ以上掘ってあるらしかった。これ以上"円"を使っていても疲れるだけだと思い、範囲を小さくして通路と同じ大きさにする。これなら周りが目に見えなくても、どこかにぶつかるということもない。
 お互い会話もないまましばらく歩くと、後ろをついてくるローさんの手元の明かりが木製の扉を照らし出した。
「……扉」
「今度はえらく普通のやつだな」
 通路を掘るのを途中でやめて、扉を填められるように削ってある。木材を枠にして、蝶番で開閉できるようにしてあった。
 中に生き物がいないのを"円"で確認して、扉を開ける。
「わぁ……っ」
 やはり地下をくり抜いて造ってある部屋には、必要最低限の家具と、大きな麻袋に詰められた財宝。それから、少しの本とガラクタ同然の小物が乱雑に置かれていた。
「予想通りだったな」
「はいっ」
 麻袋の中身は価値があるとわかりきっているから、本やがらくたを"凝"で見てみる。その中にはいくつか微量のオーラを纏うものがあって、それは職人の強い思いが込められたものだから、見る人が見れば高値がつくだろうと選び取った。
「? それは換金できないと思うが」
「カデットさんが、古書や骨董品のコレクターと繋がりを持っているんです」
「お前も目利きできるのか?」
「いえ、勘です」
「勘……」
 呆れたようにこちらを見るローさんだけれど、この方法で当たりが多いのも事実。ヨークシンでは、同じようにしてゴンとキルアが良いものを見つけ出していた。
「この部屋は日誌の内容のためだけに掘ったみたいですね」
「あァ、だな。日も当たらねェから本の状態は良いようだな」
「……はい」
 タイトルも読めないから、何の本なのかはわからない。けれど、たとえどんな本だとしても、クロロさんは興味津々に読むのだろう。そういえば、あちらの世界に物を持ち帰るなんていうことはできるのだろうか。もう会えないのは仕方がないと割り切った。それでも生きていて欲しい。もう少し生きるという糧ぐらいにはなるかもしれない、なんて。
「……ばかみたい」
「何か言ったか?」
「! いえ、なんでもないです。これ以上は何もないでしょうし、戻りましょうか」
「そうだな」
 散乱している物の中から丈夫そうな袋を拝借して、本や骨董品を詰め込む。少ないそれはローさんが持ってくれるというのでお願いして、先程の木箱の数倍はあろうという量の貴金属が入った袋を肩に担いだ。
 途中で木箱も回収して、来た道を引き返す。先が見えなかった往路と違い、どれぐらい進めば帰れるのかわかっているので、自然と足取りは軽くなる。
 入り口に戻ってきて、カデットさんを呼ぶとすぐにテラスを降りて出てきてくれた。収穫があったことを伝えると、ぱぁっと子どものように顔を輝かせる。
「本当にあったのか!?」
「はい。すみませんが、これをお願いします」
「おう……って、重っ!!」
 嬉々として私が担いでいた袋を持ち上げようとするカデットさんだけれど、どうやら重かったようで下から支えてとにかく地上に上げることにする。
「イオリおまえ……、よくこんなの持って歩いてきたな……」
 引き攣った表情で言われてしまった。
 木箱も手渡して地上に上げ、カデットさんに腕を引いてもらって私自身も上がる。暗がりに目が慣れてしまったせいか、お昼時の太陽の明るさがとても目に沁みた。
 ローさんに預けていた荷物も引き取り、通路の途中での時と同じようにして引き上げる。また誰かが入るということはないし、入ったとしてもあるのは価値のわからない本とガラクタだけ。私だって"円"を広げなければ気がつかなかっただろうから、きっともうここは封じてしまったほうがいいのだろう。
 ローさんは航海日誌の読み飛ばした部分が気になるらしく早々にリビングに引っ込んでしまったけれど、カデットさんが手伝ってくれて、掘り起こした扉はすっかり元通りに埋められた。
「さて、少し遅くなったけど昼飯にするか!」
「私はスープだけでいいです」
「ん、そうか? わかった」
 もう準備はできていたようで、カデットさんは手早くテーブルに並べてローさんを呼んだ。
 洞窟の中でのことをカデットさんに話しながら昼食を食べ終えて、食器を下げて後片付けをしている背中に声をかける。
「カデットさん」
「ん? どうした?」
「少しお話があるのですが……」
 ローさんは持ち帰ってきた本に興味津々だから、気づかれない今のうちに話しておいた方がいい。
 カデットさんはなんとなくではあっても話の内容に察しがついたのか、手を止めてこちらを振り返った。
「これからのことか?」
「……はい」
「ちょっと待ってな」
 そう言ったカデットさんはちょうど洗い終えたお皿を水切りかごに干して、手を拭くとこちらに向き直ってくれた。
「んで、やっぱり地下で何かあったんだな?」
「はい。……ローさんが、船に乗せてもいい、と」
「ふむふむ。そんで、イオリはどうしたい?」
「私は……、あの人についていきたい、です。楽しかったし、機会があればまた連れて行ってくれると言ってくださいました」
 カデットさんは私の言葉を聞いて、安心したように笑う。兄がいたらこんな感じなのだろうか、と少しだけ思った。
「そっかそっか。まぁ、正直オレもあいつに任せるのがいいんじゃないかなとは思ってたんでいいんだが。海賊になったら、また世間的に追われる身だぞ?」
 この世界では、手配書があちこちに出回って顔も大凡の能力も大衆に知られてしまうという。それは確かに今までに比べて不安要素の多いことを示すけれど、それでも彼らは旅をできている。対応の仕方さえ身につければ、上手く渡っていける。
「平気です。私は戦うことしかできないから……、結局何をしても恨みを買うのなら、やりたいことを選びます」
「よし、言ったな」
 カデットさんはにっと笑い、手を伸ばして、私の頭に手を置き髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「事情を話して、それでもいいって言うんなら記憶を撃ち込もう。……イオリも、忘れる覚悟を決めろ」
 改めて言われてしまうと、考えないようにしていたことを突きつけられたようで苦しい。服の胸元の部分を握って、搾り出すように返事をした。
「……はい」
 お別れが、近い。
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