sign of a change

「よし! 乗り込んで海賊共を捕えろ!」
 軍艦が潜水艦に横づけされた。上官の指示に応える雄叫びを上げ、潜水艦に跳び移ってくる海兵たち。
「……迎撃します」
 身のこなしで熟練度を見定めて、強い海兵に向かい走る。
「!? 奴隷の女が丸腰で何を……ッ」
 私が女だということに動揺した海兵の腕めがけて蹴りを放つ。海兵は慌てて剣で防御するけれど、"凝"を行った足で蹴れば、ただの鉄なんて然したる脅威ではない。
「剣を砕いた!! なんだこいつ、化け物かッッ!!?」
 砕けた刃を見て、真っ青になる海兵。数日前に聞いた言葉は、不思議と心には刺さらなかった。
「"ROOM"」
 呟く声が聴こえて、ローさんの青い円が広がってくる。うっかり太刀筋に入った時に攻防力が偏っていると斬られかねないので、適度に調整された円の外に飛び退った。
 気になるのは、大きな軍艦の上にいるであろう中将。乗り込まれてからでは手遅れだ。
「中将……、乗り込んで叩くべき……? ……でも」
 クルーの声にならない悲鳴を拾い、そちらへ駆ける。振りかぶられた剣の刃を握り、力を籠めて圧し折った。
 海兵を船の縁まで蹴り飛ばし、座り込んだクルーの傍に膝をついて怪我をしていないか確認する。特に怪我はしていないようだけれど、青い顔をして額に玉のような汗を浮かべていた。
「わ、わりィ……。情けねェな、こんなんじゃ……」
 無理に笑おうとするけれど、どうにも声が震えてしまうようだ。
「……大丈夫です。まず、しっかり脇を締めてください。剣にしても体術にしても、安定しないので」
「あ、あァ」
「将校はここまで来ません。ローさんと私が、絶対に近づけさせません。皆さんは潜水の準備が整いやすいように海兵の侵入を防いでさえいてくれればいいんです」
 きっとこの状況に困惑しているひとは、自分のやるべきことが見えていない。
 私の考えは当たったようで、クルーは少し考えると瞳から動揺による揺らぎを消した。
「……あァ、わかった」
 確りと頷いたのを確認して、立ち上がる。
「イオリ! 船長が軍艦の様子見てこいって!」
 シャチさんが親指で軍艦の方を指しながら駆け寄ってきた。座り込むクルーを見ると、"どうした?"と訊きながら顔を覗き込む。口ごもったクルーに、どうやらその心情への理解が及んだらしく、シャチさんはからからと笑った。
「なんだ、中将にびびってんのか! 大丈夫大丈夫、どうせおれらのとこなんか平の海兵しかこねェよ。イオリ、こっちは引き受けっから」
「はい、お願いします。では、行ってきます」
「おう、気をつけてな!」
 シャチさんはやっぱり笑顔で片手をひらりと上げ、私を見送ってくれた。
 好機と見て近づいてきた海兵を数人薙ぎ倒し、ローさんの元へ走る。
 ローさんは私に気がつくと、軍艦の上に見える木箱を指差した。
「イオリ、あの箱と入れ替えるぞ。できるだけ時間を稼げ。こっちが片付いたらすぐに加勢に向かう」
「はい」
「シャンブルズ」
 急に目の前の視界が変わって、周囲の気配もがらりと入れ替わる。
「……っ」
「なんだ、いきなりっ!!」
「落ち着け、トラファルガーの能力だ!!」
「……これなら」
 斬りかかってくる海兵の攻撃をかわし、手首を狙って武器を取り落とさせる。
「中将は……、どこですか」
「あァ!? 小娘ごときが中将に挑もうなんて……がっ!」
 海賊も海軍も、基本的には上に立つ者が強い。だから、ローさんが狙われるより先に、私が中将を倒してしまえばいいのだ。
 ここなら皆にも、耳のいいベポちゃんにも影響はない。できるだけ大勢の海兵を引きつけて、息を吸ってお腹に力を入れる。海兵たちは私が油断したと思い込み、一斉に斬りかかってくる。
 喉にオーラを集めて、潰さないように。吸った空気にオーラを籠めて、発射の準備。


 ――刃が触れる寸前に、声と共にオーラを放出した。


 人の耳に耐えられない音と、オーラの物理的な衝撃波。強化系ならではの応用技だ。放出系はあまり得意ではないから物理的な衝撃はあまり遠くまで及ばないけれど、それほど強くない人なら、声だけでも怯んでしまうはず。獣の咆哮に似ていると、言われたことがある。
「船長はどうした? 腰抜けか?」
 吹き飛ばされ呻く海兵たちより遠くで、私の"声"にも怯まず立つ、海軍のコートを羽織った大柄な男がいた。彼が多分、中将だろう。
「あの人は、クルーの皆を守っているだけです。……あなたなんて、ローさんが出るまでもない」
「ふ……、はははっ! 言ってくれるな、小娘?」
 なんとか気力を取り戻したらしい海兵が、襲い掛かってくる。その刃を素手で掴みサーベルごと海兵を投げ飛ばすと、ほう、と感心したような声が中将から漏れた。
「言うだけのことはあるようだな」
 ローさんが敵わないというのは、おそらく本当だ。記憶が戻る前は確かに私の方が危うかったし、今もそうだ。記憶の量が圧倒的に足りなくて普段はぼんやりしているだけ。けれども記憶が戻って戦い方を心も体も思い出してからは、多分私の方がずっと強くなった。
「……守らなきゃ」
 皆はこれからもっと厳しくなる海で、ちゃんと強くなれるだろう。私もしばらくは、皆が戦えるようになるまで余裕を持ったところで守っていればいい。今この瞬間、中将の乗った軍艦と出遭ってしまったのだって、運が悪かった。だけど、きっと私なら。
 甲板を蹴り、中将の元まで駆けて、跳ぶ。顔を狙い、オーラを籠めた足を振り抜く。しかし中将は驚くこともせず、腕を黒くさせて私の足を止めた。
 ぶつかる小気味良い音と共に、ぼき、と嫌な音がした。……私の、足からだ。痛くはないけれど、違和感はある。反動のまま後ろに跳び退り、無事な左足で着地。そのまま、もう一度跳んで下がる。折れた足ではうまくバランスが取れなくて、ふっと力が抜けてしまった。
 だめ、"流"が上手くいかない。一秒の誤差が、たった六時間"練"をするだけで戻るわけがない。オーラの量を増やすより、扱い方の感覚を取り戻す方が先だ、と考える。それに、こうも簡単に折れてしまったというのは、彼との実力差のためにオーラの鎧が破られたというだけではなく、私が感情を隠しきれていないことによって強化ができていないことになる。
 こんなにも実戦の中で改善すべき点が一気に見つかってしまうだなんて。……そもそも、私はここで生き延びられる?
 これではだめだ、今は迷うよりも、目の前の敵が使った能力を見極めなければ。
「……あれは?」
 凝で足を治しながら、黒く変色した相手の腕を見る。金属のように見えるけれど、一体どうやったのだろうか。自然系(ロギア)の能力者? 原型を留めたままでいるなら、超人系(パラミシア)かもしれない。
「ほう、傷を治せるのか。何の実を食べた?」
「…………」
「答えろ!!」
 目の前に迫ってくる黒い拳を、硬を行った手のひらを突き出して止める。足と手へのオーラの配分を間違えたのか、パァンと肌のぶつかり合う勢いのいい音がした後、みしりと手の骨が鳴るのを感じた。
「……なっ」
「こちらからも質問です。これはどうやるんですか?」
 よくよくオーラを感じ取れば、硬に近い感じだと分かる。それでも、黒く変色するのが何故なのか分からない。
「覇気を知らないのか? まぁ、ここを通る海賊ではまだ知らないのも仕方がないな」
「"ハキ"……?」
「くく、まァいい」
 中将は私に拳を止められたまま、懐に手をやる。
「……!?」
 取り出されたのは、ナイフ。私に使っても意味がないことは、もう彼も承知しているはず、と、いうことは。
 瞬時に"円"を広げ、すぐにローさんの存在を感じ取る。ナイフとローさんの間に手を出し、投げられたナイフを止めた。
「……っあ」
 やはり焦りが出てしまったのだろうか。止められはしたものの、ナイフの刃が当たった部分が裂けた。
 中将が動くより速く、ローさんの元に駆け寄る。打ち込まれる拳を気配で感じて、ローさんの手を引いて、相手が次の攻撃を仕掛けてきても余裕を持って対処できる距離まで飛び退った。
 後ろ手に庇いながら敵から目を離さずにいると、背後でローさんが忌々しげに息を吐いた。
「……くそっ」
「何かありましたか?」
「……いや、何でもねェ。船の方が片付いたから来た。……だが、邪魔になったみてェだな」
 手のひらに刺さったナイフを抜いて捨て、傷を治す。
「いえ、何もないならいいんです。……ローさん」
「なんだ?」
「潜水する余裕を確保できるほど、戦えそうにないです」
 素直に現状を報告すると、ローさんは少し考える素振りを見せた。
「イオリ、軍艦の中の様子はわかるか?」
 先程"円"を広げた時に、軍艦の中の様子もわかった。
「はい。かなり手薄ですよ。いるのは操縦者とほんの少数の……おそらく戦闘以外の業務を担当している海兵です」
「……なるほど。――よし」
 ローさんは意を決したように呟くと、私に警戒を解かないように言い潜水艦へと声を張り上げた。
「お前ら! 入り口の部屋にゴミを持ってこい!」
「? ……あ、アイアイ、キャプテン!」
 ベポちゃんの戸惑ったような、けれどローさんへの絶対的な信頼の窺える返事が数多の怒号の中から飛んできた。
「イオリ、お前はこのまま足止めをしていろ。おれはこの船の物資とウチのゴミを入れ替える。物資がなくなりゃ、士気も下がるし退かざるを得なくなる。あいつが強情でも、動揺を誘うぐれェはできるだろう」
 あぁ、それで不要なものを持ってこいと言ったのか。ローさんの指示の意味が分かって、素直に頷くことができた。
「わかりました」
「あの中将以外の将校が船に降りちまったとしても、何人かは対処できる程度に場慣れしてる。お前はあいつだけに集中しておけ」
 その言葉にも頷いて、ローさんが円(サークル)を展開して軍艦の中へと侵入したのを確認し中将だけに意識を集中させた。
 今の私がやらなければならないことは、しっかりと見極めた。目の前の敵を倒すことではない。私にできる限りのことをして、中将をこの甲板に留めさせておくこと。余計な心配事を抱えないようにと整えられた状況の中で、不利な戦況をどうにかする方法へと思考を巡らせた。
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