encounter with the strong

 見張りや掃除をするクルーが忙しなく働く日中。健康診断を終えて、昼寝をするベポちゃんに寄りかかって、ローさんと二人でうつらうつらと舟を漕いだり、空に浮かぶ雲や飛んでいく鳥を眺めたりとゆったりとした時間を過ごしていた。
「……もう食べれない……むにゃ」
 鼻提灯を膨らませながらのベポちゃんの寝言に、思わず苦笑が漏れた。
「どんな夢を見ているんでしょうか……」
「さァな。甘いものでもたらふく食ってんじゃねェか?」
 ローさんもそちらに目を向けると、夢の中でも食いしん坊なベポちゃんを見て笑う。
「……イオリ、コックから飲み物をもらってこい。喉が渇いた」
「はい、何が良いですか?」
「冷たいならなんでもいい」
「わかりました」
 私も何かもらってこよう。暖かい甲板から船室に入り、キッチンに向かう。ちょうどコックさんがお昼の仕込みをしていて、カウンターを覗くとすぐに気がついて"どうした?"と訊ねてくれた。
「ローさんが冷たい飲み物が欲しいと……。あと、私も何か飲みたいです」
「はいよ。ちょっと待っててな」
 コックさんはローさんにアイスコーヒーを、私にミルクティーを作ってくれて、お礼を言うとくしゃりと髪を撫でてどういたしまして、と笑ってくれた。
 私の能力を知ってからも、クルーの皆の態度は変わらない。それがとてもうれしくて、けれど少しだけ不安。なんとなくローさんやベポちゃん、シャチさんやペンギンさんの傍にいるのが落ち着く。本当なら他のクルーとももっと関わった方がいいのだろうけれど、最近は専ら呼ばれた時とすれ違う時に少し話すぐらいだ。
「ローさん、もらってきました」
「あァ」
 差し出されたローさんの手にアイスコーヒーの入ったグラスを渡し、再び隣に座ってベポちゃんに寄りかかる。
 もらってきたミルクティーは甘くておいしかった。飲み終わってグラスを傍らに置きうとうとしていると、ふと耳に入るクルーとは違う声。
「?」
 他の海賊船か、海軍か。どちらにしても遭遇するのはあまり嬉しくない。立ち上がって、声の聞こえた方向に目を凝らす。どうやら、軍艦のようだ。この距離なら、海の上で目立つ黄色い潜水艦は双眼鏡にでも映ってしまうだろう。
「イオリ、どうした?」
「あっちに軍艦がいます」
「何?」
 ローさんの言葉に被せるようにして見張りをしていたクルーが"海軍だ"と叫んだ。
 懸命に耳に意識を集中し、軍艦で交わされる会話を拾う。
「……"ちゅうじょう"って、どのくらいの役職ですか?」
 それを聞いた途端、立ち上がって私が指差す方向を凝視していたローさんの顔色が変わった。
「!! ……やべェな、なんで中将クラスがこんなとこに居るんだ……。ベポ、起きろ。海軍だ」
「アイー……?」
「いいか、イオリ。中将は、海軍のトップである元帥、大将に次ぐ強さを持っている。支部のヤツならもうワンランク下かもしれねェが……。"偉大なる航路(グランドライン)"に入ったばかりのおれたちには厳しい相手だ。潜ってやり過ごせそうか?」
「……もう見つかって、こちらへ進んできています」
 軍艦から聞こえる会話の中に、潜水艦、ジョリー・ロジャー、それからローさんの名前が入っている。
「……チッ」
 今から潜水の準備に入るのでは、接近されるか大砲を撃ち込まれるかだ。
 ローさんは舌を打って眉間にしわを刻んだ。
「どちらにせよ逃げるしかないんだが……。どちらが安全か、だな。ベポ、ペンギン呼んで来い。イオリはここで万一の為に警戒してろ」
「アイアイ!」
「わかりました」
「おい、おまえら! 右手に軍艦がいる! 中将が乗ってるぞ!!」
 ローさんの言葉に甲板にいるクルーがざわついて、動揺を露にした。中将の強さというものがよくわからないため、その理由もわからない。けれど、きっと彼らが怖がるぐらいには強いのだろう。
「……?」
「どうした」
「いえ……、特に変化があったというわけでは、ないのですが」
 おかしい。どうして軍艦から、洗練されたオーラの気配がするの。
 念能力者はこの世界にはいないはずだ。悪魔の実の能力が"発"に近い感じがしているという感覚はあるけれど、私がやるような肉体の強化はそういう能力の実を食べた者でなければできないはず。
 気になる、けれど……。
「海軍の中将……、まずいんじゃねェのか……?」
「潜った方が安全なんじゃ……!」
 "偉大なる航路(グランドライン)"に入ってから、ローさんが直々にスカウトしてきたという新入りの中でも若いひとは、動揺を表に出してしまっている。ローさんも"やばい"という相手だ、逃げるのが得策のはずだ。
「船長!」
 混乱の中駆け寄ってきたペンギンさんに、ローさんは淡々と要件だけを告げる。
「ペンギン、潜れるか?」
「準備を終えるより先に向こうの大砲の射程距離です! 海上を全力で逃げるか時間稼ぎに交戦するかしかないですよ!」
「チッ……。もう来やがった。最低限の人数で潜水の準備だ。残りは戦闘の構えはしておけ。おれとイオリでできるだけ主戦力は潰す。チャンスがあるなら潜るぞ」
「アイアイ!」
 ペンギンさんは指示を広めに駆けて行ってしまう。
 ローさんには交戦する気がある、となれば、軍艦に居る念能力者と同じ気配を持つ人の正体も確認できる。
「あの、ローさん」
「なんだ?」
「軍艦……ぶつけて沈められる、とかいうことはないんでしょうか……?」
 きっとこれもこの世界では基本的なことなのだろうけれど。ローさんはいやな顔ひとつせず、答えてくれた。
「政府は海賊の公開処刑を望んでるからな。賞金首のおれが捕まるまではそこまではしねェよ」
「そうですか……、良かった」
 ということは、人が飛び下りられる距離まで近づいて横づけ、それからこちらに乗り込んで戦闘のはず。
 いつの間にか周囲のクルーの動揺は大きくなっていて、特に海に出たこともなくこの船に乗った人の不安が伝播していってしまっていた。
「とりあえずは、皆をどうにかしないと」
「あァ……、そうだな」
 大砲の音がして、数秒遅れて潜水艦の周囲に水柱が起こる。
 船が揺れて、クルーのざわめきが一際大きくなった。



「がたがた騒ぐな!!」



 ――ローさんの一喝に、今までざわついていたクルーたちが静まり返った。
「冷静にペンギンの指示に従え。こっちにはおれがいるし、イオリがいる! 将校には会わせねェから安心しろ!」
「……は、はいっ!」
 砲弾の精度は波の揺れもあってあまり良くないらしく、外したためかもう撃っては来ない。代わりに、先ほどよりも速度を上げて近づいてきた。
「……来ますね」
「あァ。悪ィが今のおれには中将はどうにもできねェ。どうにか潜水するチャンスを作って逃げてェが……それができなけりゃ、ここまでだ。……頼んだぞ」
 ローさんがこんなにも弱気になってしまうだなんて。けれど私も、それほどの相手に優位に戦うことができるかどうか。それでも、やるしかない。
「わかっています。そして、絶対にここまでになんてしません」
「頼もしいな」
 くつくつと笑うローさんの横で、横づけしてくる軍艦をぼんやりと眺める。不思議とこんなにも大きな鉄塊に接近されても私の心は落ち着いていて、どこからなら乗り込むことができるだろうか、と考えていた。そうじゃない、今はこの船の甲板でクルーたちを守らなければ。仕掛けられる前に消してしまうというのが当たり前だったから、後手に回ったこの状況はあまり得意ではないのだけれど。きっと海上で戦う時にはお約束なのだろう。……またひとつ、改善すべき点が見つかった。
 つらつらと、取り留めもなくこの状況について単純な思考を巡らせる。


 "ここで終わりかもしれない"という不安は、私の中には一切浮かばなかった。
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