mysterious diary

 洞窟特有の少しひんやりした空気に身を浸し、通路を見回す。長身のおれでも身を屈めずに歩けるような高さの通路だ。

「ローさんが行くのですか?」
「あァ。不満か?」
「いえ……、太刀がないのは不安ではないかと」
「別に、能力の一部は使える」
「何かあっても私が対処します。お手を煩わせるようなことはないと思います」

 意気揚々と鎖の音を洞窟内に響かせながら進んでいくイオリを追いかけながら、明かりはいらねェのかと尋ねる。人に持ってこさせておいて、なんで自分はどんどん突き進んでいくんだ。

「? ローさんは明かりがなくても視えるんですか?」
「……お前は視えてんのか?」
「はい。見えなくても気配でどこに何があるかぐらいはわかりますし」

 明かりがいると言ったのは、おれやカデットのためだったのか。

「……あ、そのあたり、窪んでいるところがあるので足元に気をつけてください」

 イオリの忠告に素直に従い、洞窟を奥へ奥へと進む。ふと、イオリが足を止めてしゃがみこんだ。

「どうした?」
「ここに扉が……」
「扉?」

 明かりをかざし、イオリの言う場所を明るくする。確かに、木製の扉がはめ込んであった。

「開けてみるか?」
「はい」

 迷いなく頷き、イオリは扉の取っ手に手をかけた。どうやら木は大分傷んでいるようで、みしみしと音を立てながらもなんとか開いた。
 どこか所作に楽しんでいるという雰囲気がある。開いた扉にひょい、と軽い身のこなしで飛び込んで、少し周囲を探ると大丈夫ですよ、とこちらを見上げてきた。一度ランプを預けて、おれも降りる。

「さっきよりも急な下り坂ですね」
「あァ。もしかしたら海に繋がっているかもな」
「海、ですか……」

 軽快な足取りで降りていく背を歩幅の大きさでカバーして追い、何とはなしに会話を続ける。

「海は嫌いか?」
「いえ、見る分には好きですよ。沈んでしまうので入ることはできませんが」
「そうか」

 沈む、という言葉に、自然と目が行くのは足首を繋ぐ枷。奴隷だったということぐらいしか、こいつについては知らない。そのうえ、殺されかけた。それなのに何故おれは、武器もなしにこいつといるのか。相手の警戒心を解きやすい雰囲気を纏っているからだろうか。

「……あ、広くなってますよ。明るい」

 鎖の音をさらに響かせながら、イオリは先にそこへ向かった。何があっても対処できる分、旺盛な好奇心のままに動けるようだ。
 イオリの言ったとおり、そこはくりぬいた様に大きく空洞が広がっていて、岩に空いた穴から陽の光が差し込んでいる。流れ込んだ海水が太陽の光を反射して、幻想的な景色をつくり出していた。随分と天井が高いように思うが、遠目に見た時は随分と高い島だと思ったし、船を降りてから、緩やかな坂を随分と上ったような気がするのを思い出す。あの時はこいつの血の痕を追うのに集中していて、あまり差も感じなかったが。

「……あ、あれ」

 空洞のど真ん中に、いかにも、といった造りの宝箱が置いてあった。石を積んで平たく作られた床の上に、長い間そこにあったのだろう、随分と馴染んだように見える。

「ローさん、どうしますか?」

 おれが悪魔の実の能力者であることは既に知っているのであろうイオリが、宝箱までたどり着くのには海水に足を浸す必要があると判断して尋ねてくる。

「……この深さなら、入れないことはねェが……」
「やめておきます?」
「……いや、行く」

 足元に転がる石を拾い、イオリに手渡す。
 不思議そうな顔をされたが、とにかくこれを持ったまま箱のところまで行くように言った。
 ぱしゃ、ぱしゃ、と小さな水飛沫をあげながら、イオリは箱に向かって歩く。どうやら深さは水面がイオリの腿に差しかかるあたりまであるようで、やはりこの手を選んで正解だった、と小さく息を吐いた。
 床に上ったイオリは、石を持ったまま首を傾げてこちらを振り返る。

「……"ROOM"」

 円(サークル)を拡げて、自分とイオリが中に入る大きさに。そのまま、イオリに石を床に置くように言う。イオリが少し距離を置いたのを確認して、能力を使った。

「シャンブルズ」

 一瞬で視界に映るものが切り替わる。
 イオリは驚いたのか唐突に現れたおれを見て目を丸くしていて、能力のひとつだ、と言うと納得したようにあぁ、と呟いた。
 人の手で積み上げて平らにしただけなのだろう、足場は狭い。イオリは箱のそばに屈むと、周辺を調べてから蓋に手をかけ、開いた。

「……本?」
「いや、日記だな。……航海日誌だろう」

 箱の中身は、いっぱいに詰まった金銀の財宝と、本。本が入るスペースだけを残して、できるだけ財宝を詰めた、といったところだろうか。
 古くなったそれを手に取り、ページを捲る。

「……50年前のものだ」

 屈んだまま見上げてくる視線に、内容が知りたいのだとわかり隣に屈んで日記が見えるように持った。読めないのは知っているが、一応と読んでいる箇所を指でなぞりながら読み上げる。
 意図的に破られ、ほとんど最後の部分しか残っていないノート。おそらく、残っているのはこの島での記録だ。

「"ずいぶんと陸の高い島に着いた。船をつけて上がることはできそうにない。食料もあまりないというのに、とんだ不運だ"。……この後、一日だけ島の周りを回っている。……それから、"島の側面に穴を見つけた。クルーに調べさせてみると、中は随分と大きな空洞らしい。ここからなら島の上に出られるだろうか? 穴の周りを掘り崩し、人が十分通れる広さにした。確かに広い空洞だ。中に入ってみてわかったことだが、どうやらこの空洞の壁には穴がいくつもあるらしい。陽の光が差し込んでいる"」
「それって、ここのことでしょうか?」

 イオリは陽の差し込む穴がある壁を見上げ、そう言った。

「おそらくな。続き、読むぞ。"高さから考えるに、掘れば地上には上がることができそうだ。時間はかかるかもしれないが、次の島までかかる時間がわからない以上この手段の方が可能性が高い。幸い地盤もそれほど固くない。クルーたちも意気揚々とトンネルを掘り始める"」
「え……!? じゃあ、通ってきた通路って」
「……あァ、あれはあの庭から掘って続いてたんじゃねェ、こちら側から掘ってつくったものだったんだ」
「続きを……」

 催促するイオリの声に、何か期待のようなものが声色に滲んでいる。ある仮説があって、それを確かめたい、といった様子だ。

「あァ。ほとんど同じことの繰り返しが数日……、その後だな、少し進展がある。"島の大きさ、高さから計算しながら掘り進めていたが、固い地層にぶつかってしまった。予定していたペースで進められない。食料は減るばかりだ。上には緑がある、動物がいるはずだ。なんとか食料が尽きる前に辿りつければいいが……"」
「多分、ここであの扉のあたりにぶつかったんです。扉の奥にも通路が続いていたから……。この箱は、本命じゃない?」
「確かにな……。これを読み終わったら行ってみるか」
「はいっ」

 日記を読み進めていったが、行かなかった通路の先に何があるのかは書かれていない。ますます怪しくなってきた。

「"とうとう食料が尽きた。あれほど倹約し、クルーにも釣りをさせていたのにもかかわらず、もうそんなに月日が経ってしまったのか……。しかしペースは遅いながらも、地上が近い。クルーの気力もまだなくなってはいない"。ここからまた三日ほど、同じような内容が続いている。特に変化もなく進めたんだろう。……四日目に、クルーが一人死んでいる」

 こんな話を聞いても平気だろうかと顔色を窺ったが、真剣な表情でおれの指先を見つめているだけだ。おれの視線に気がつくと、イオリは顔を上げて視線を合わせてきた。

「平気です。続けてください」
「……"クルーが一人、息絶えた。水も食料もなく、いつ地上に出られるかわからないパニック状態だ。思ったとおり、船医は餓死だと判断した。このクルーは前々から手足の痺れや動悸の激しさを訴えていた。他にもそのようなクルーがいる。もう無理なのかもしれない"」
「絶食したら、それぐらいしか持たないんですか?」
「あァ。動かなけりゃエネルギーの消費も抑えられてもう少し持つだろうが……、こいつらは希望に縋って重労働だ。不安も伴ってりゃあ、健康状態を保つのは不可能だな。おまけに水もないときてる」

 そこからは、連日クルーが倒れ、息絶えという内容だ。これを書いている本人もまずい状態まで来ているのだろう、字が震えている。

「"ついに地上に出ることができた。まだ動ける者が動物を捕まえ、持ち帰ってきた。船長と船医、それから自分と数名のクルーしかいない。生き延びることはできそうだが、途中で倒れた者たちを弔わなければ"。……この後は、島での生活が書かれているな。あの家はこの海賊が地上に出たときにはなかったらしいな。それらしいことも書かれていない……、比較的新しく見えたし、最近建てられたものだな」

 地上に出たことで随分と気力が戻ったようで、字は大分安定したものになっていた。

「そういえばカデットさんが、近くにお墓があったって……。もしかして、亡くなったクルーたちを?」
「大分でかい海賊団だ、ひとりひとりに墓標を立てるのは無理があったかもな」

 しばらく無言で、島での生活が書かれた文を読み進めていく。一番知りたいのは、今ここにある財宝のことだ。

「……あった」
「この箱の中身のことですか?」
「そうだ。"この宝箱を見つけるのは、海と地上、どちらから来た者だろうか? 船長は後世の海賊のためにこの島を上陸しやすいよう整備すると言っている。私もそれに付き合っていくことにした。生き残った者に財宝を分け与えたが、これ以上は必要ないというので、残ったものを島に残していくことにする。次に見つけた海賊から話を聞けるのを、楽しみに待っていることとしよう"、……だそうだ。日誌はここで途切れてる。いや、締めくくられてると言った方が正しいな」
「そうなんですか……。行ってみたほうが早いですね」
「だな。これ、持っていけるか?」
「え、いいんでしょうか……」
「おれは海賊だ。欲しいものは奪っていく」

 イオリは少しだけ目を見開いて、しかしすぐにおれを見る視線を外し、それから箱の蓋を閉めて持ち上げるべく手をかけた。
 その細腕で持てるのか、と少しだけ疑わしく思いながら見守っていたが、そんな心配を他所にひょいと抱え上げた。

「えーと、能力で戻るんですよね」
「そうなるな。なんならその箱は入れ替えてやるが、どうする?」
「いえ、大丈夫です」

 イオリはこちら側に来た時と同じように、膝の上まで海水に浸して来た道を戻っていった。おれも円(サークル)を広げて、シャンブルズで適当な石に狙いをつけて自分と入れ替える。
 来た時よりも楽しそうに通路を引き返していくイオリに、楽しいか、と尋ねた。イオリは振り返って、柔らかく笑う。

「はい、とても。こうやって宝探しをすることもありましたから」

 どこか懐かしんでいるような声色に、あぁやはり主人のことを思い出しているのか、と理解して。

「泣くなよ」
「……大丈夫です。朝、少し考えたんですよ。皆が私が生きられるようにと計らってくれたのなら、ちゃんとそれに応えないといけないって。本音を言えば、やっぱり死ぬのは怖いですし。それと、彼らは強いから、覚悟を決めても、ちゃんと生き残ろうとしてくれていると信じることにしました」

 確かに、その方が気持ちはずっと楽になるだろう。
 先への不安が消えたわけでもないのだろうが、心が折れた原因となっていた主人への心配がそう昇華されたというのなら、それはそれで悪くはない。

「……イオリ」

 鎖の音を通路に響かせ、軽い足取りで緩やかな上り坂を登っていく背に呼びかける。
 イオリは足を止めて、きょとんとした表情で振り返った。
 自分でも何故こんなことを言おうとしているのか、よくわからない。しかし、本心ではあった。一瞬言おうか迷ったが、本心ならば言葉通りに受け取ってくれて構わないのだ。そう結論づけて、口を開く。

「先のことが決められないなら、おれの船に乗れ。歓迎してやる」

 自然と笑みが浮かんだ気がしたが、それはイオリにどう映ったのか。
 言葉を向けられた当の本人は心底驚いたようで目を丸くし、また、どこか泣きそうな表情を浮かべていた。
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