girl be in lonely love

 あれからまた数日経ち、黄色い潜水艦は鉢合わせた海賊に積極的に攻撃を仕掛け金品や保存のきく食料などを奪いながら、順調に航海を続けていた。今進んでいる海域の中心にあるのは秋島で、気候の状況から考えて秋なのではないか、とペンギンさんが言っていた。少し寂しい季節だ。
 甲板から人の大声や武器のぶつかりあう音が聴こえてきて、ローさんは本を閉じ太刀を手に取ると私が寝るベッドの傍に来た。ここ最近、眩暈がひどく碌に動けない。昼間に眠ることはなくなったというのに、これでは起きていても役立たずだ。それどころか、食堂で食器を落としそうになったこともあって、大人しくしていろと言われてしまった。無理をして動いても、邪魔になるだけなのだということは理解している。だから皆の言葉に甘えてお部屋で大人しくしているのだけれど、資金調達に重点を置いて積極的に戦闘を仕掛ける様子を間近に感じては、申し訳なさが先に立った。
「イオリ、具合は」
「大丈夫です……眩暈がするだけで」
 情けない。起き上がろうとしてもくらりと視界が揺れて、"無理をするな"とやんわりと手で押し留められた。
「直にシャチが来るから、待ってろ」
 ローさんはそれだけ言うと私の頭を撫でて、船長室を出て行った。少し耳を澄ませると、ちょうどやってきたらしいシャチさんとローさんが会話をする声が聴こえた。
 二言、三言言葉を交わすと、足音だけが聴こえるようになってすぐにシャチさんが入ってきた。
「よォイオリ、大丈夫か?」
 シャチさんはくしゃくしゃと私の髪を掻き回して、ベッドに背を預けて座り込んだ。戦闘になると、決まって誰かがこの部屋に来て私の傍にいてくれる。敵に侵入されても大丈夫なように、と。そんな保険をかけてなお、甲板にいる皆は"コックさんと私がいるから"と決して船室に敵を入れないようにと奮闘してくれる。
 しばらく耳を澄ませて待っていると、甲板から聴こえてきていた音が止んだ。
「……終わったみたいですね」
「だな。今日も侵入者なしか、つまんねェの。良いことだけどさ」
 口を尖らせるシャチさん。それでもすぐににかりと笑って、何もなくて良かったな、と頭を撫でてくれた。
 少しするとローさんが戻ってきて、シャチさんに労いの言葉をかけて下がらせる。どうやら敵船の物色は面倒なようで、残党も少しいるから気をつけながら漁ってこい、と言って見送った。戦えなくて暇だったためか、シャチさんは喜んで甲板へ続く廊下を駆けていった。
 ローさんは扉を閉めると、太刀をソファに立てかけてベッドの縁に座った。
「事前に集めた情報が正確なら、もうそろそろ島が見えてくるはずだ」
「そうですか……」
 今回は出かけることもできないかもしれない。目を伏せると、ぽんぽん、と宥めるように頭を撫でられた。
「そう落ち込むな、買い物ぐらいは連れてってやる」
「はい……」
 不意に、瞼が重たくなる。眩暈がする中でも、戦闘の最中は少し緊張してしまっていたのかもしれない。ローさんは私が眠くなっていることに気がついたようで、ゆっくり寝ろ、と穏やかな声で言った。それから立ち上がってソファまで歩いていくと腰を下ろし、戦闘の直前まで読んでいた本を手に取って再び読み始める。ローさんが傍にいるという事実に安心感を覚えて、襲いかかる睡魔に素直に身を預けた。


********************


「キャプテーン、島が見えたよ!」
 バタバタと賑やかな足音。ノックもなく扉が開いて、機嫌がとても良いベポちゃんが駆け込んできた。
「ベポ、ノックはしろ」
「アイアイ、すみません……」
 落ち込むベポちゃんの額を撫で、ローさんは立ち上がる。それからベッドに寝転がる私を見て、ふ、と笑んだ。
「お前も外に出るか? 篭もりっぱなしも体に悪いからな。ベポ」
「アイアーイ!」
 ベポちゃんがベッドの傍に来て、ひょいと私を抱え上げた。シャラシャラと鎖が音を立てて重力に従い下に流れる。それを気にした様子もなく、ベポちゃんは意気揚々と甲板へ向かった。
 甲板と繋がる扉は開け放されていて、傷ついた甲板を避けながらも普段通りに過ごすクルーがすぐに見えた。ベポちゃんに抱えられた私を見たひとが声をかけてくれた。
「お、イオリ。体調は良くなったのか?」
「いえ……まだあまり。篭もりきりも良くないから、と連れてきていただいたんです」
「まだ良くならねェのか、そりゃァ大変だな……。ほら、あっちに島が見えるぞ」
 指された方向を目を凝らして見ると、葉が紅く色づいた樹がたくさん見えた。海域は秋島のもの、季節も秋。紅葉の時期なのだろうか。
「島全体が真っ赤だよね! 時期的に、食べ物もおいしいんだろうなァ」
「ふふ、ベポちゃんは食べ物の方が楽しみですか?」
「うん! イオリもおいしいものたくさん食べないと人生損するぞ!」
「……確かに」
 限られた時間の中で、何をするか。戻っている記憶の中にゴンとキルアに念を教えるウィング様の言葉が残っていて、オーラには老化を遅らせる働きがあるのだと言っていた。六年も経つのに外見が変わらず、少女と見間違われてしまうことにも納得がいく。そういう理由もあって、周りにいたひとを見ていれば、自分には常人よりも時間があるのだということはわかった。六年間はほとんど空っぽの生活をしてきてしまったけれど、今は私にやりたいことをしていいと言ってくれるひとが傍にいる。
「……島に着いたら、名物のお菓子が食べたいです」
「うん、一緒に探しに行こうね! おれがイオリのこと連れてってあげる!」
 ベポちゃんはとても嬉しそうに笑って、私を抱く腕に力を込めた。
「楽しみです」
 自然と浮かぶ笑みをそのままに答えると、今度は額をぐりぐりと肩のあたりに押しつけられる。
「ベポちゃん、くすぐったいです……っ」
「えへへ、だってうれしいから!」
 こんなにもまっすぐに好意を伝えてくれるベポちゃんに、私は保険をかけるようなことをしてしまった。申し訳なくて、後悔もして。私がそのことを少しでも考えると、気づいてしまうのかベポちゃんがしゅんと肩を落とす。
「……大丈夫ですよ。私は皆のことが、大切です」
「! ……うんっ」
 眩暈がする度に、繋がっていく記憶の端々。少しずつ、塵を積もらせるかのようにひとつの出来事が戻ってくることもある。それでもまだ、私が戦えるようになるまでには至らない。自分が何を得意として、どんな風に戦い、どのような仕事をしていたのかは思い出した。けれどそれは記憶の中の自分を客観的に見ただけの知識でしかない。オーラを使いこなせるようになったきっかけを思い出さなければ、自分がオーラを使っていたという記憶には成らない。自分が覚えているのと、自分がしていたことを知っているのとでは、感覚が違うのだ。傷を治すことと五感を鋭くすることにしかオーラを使えないのも、それ以外の事象について私が理解できていないせい。
 これから戻る記憶の中に、私の価値観を変えてしまうようなものがあるとは思えない。人というのは記憶から成り立っていて、それまで得てきたものを糧につくられているから。優しかったひとが突然豹変して裏切られたことなんて何度もある、けれど私はヒソカやゴンたちがくれた優しさも知っている。
 ハートの海賊団で過ごす記憶を積み重ねながら、あとからその基盤をつくるというのも少し不思議な感じがするけれど、その基盤の中には、その上に積み重ねた価値観を突き崩すようなものはない。まだ戻っていないのは、たぶん私が独りだった時の記憶だけ。その時の寂しさを塗り替えてくれるこの船のひとたちに危害を加えようだなんて、考えられるわけもない。
「昼前には着きそうだな」
「そうですね。天候も安定していますし」
 ベポちゃんは私を甲板の船室の壁際に出された樽の上に座らせると、ローさんとペンギンさんの会話に混ざっていった。風が、雲が、気温が、と私にとっては原理もよくわからないことがぽんぽんと挙げられる。
 少し離れた空ではカモメが鳴きながら群れを成して飛んでいて、真っ青な空に良く映えた。長閑だな、とぼんやりと思う。
 船室の壁に背を預けてうとうとしていると、話を終えたローさんが私の頭を小突いた。
「イオリ。寝るなら部屋に戻るか甲板でベポとだ。どっちがいい」
「甲板がいいです……」
「フフ、だろうな」
 ローさんは微睡む私を抱き上げると、甲板に寝転がったベポちゃんの傍まで行き私をそのお腹に寄りかからせる形で座らせた。ローさんもお昼寝をすることにしたようで、隣にゆったりと長い脚を投げ出して座る。
「近くなったら起こせよ」
 アイアイ、という返事が方々で上がるのを聞きながら寝入り、次に目が覚めたのはクルーに起こされてのことだった。
 目が覚めて辺りを見回せば、すぐ近くに陸があって。情報収集に出ていたひとが帰ってきたからと、着岸の時に起きなかった私とベポちゃんを起こしてくれたようだった。
 眠ったおかげか、頭が少しすっきりする。情報収集に出ていたクルーは、皆が集まると、ひとつ咳ばらいをした。
「結論から言うと、ベポ、イオリ。お前らは昼間は島を出歩かない方がいい」
「えぇーっ、なんで!?」
 ひどく残念そうにベポちゃんが声を上げると、クルーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「この島、昼と夜とで随分雰囲気が違うらしいんだよ。夜は酒場で海賊相手の商売が盛況ってんで別に驚かれもしねェんだけどさ。昼間はなんつーか、寂れた雰囲気出しまくって田舎って感じでいっぱいだから、辛い目に遭いたくねェなら出かけるのは夜の方がいいと思うぜ。あちこち見てきたけど、廃墟とかもたくさんあるんだ。元々住んでたじいさんばあさんと、海賊相手の商売で儲けるためにこの島にいるヤツで構成されてるんだよ、この島の人口」
 昼間は酒場が開いていないから、寂れた雰囲気が街全体を覆う。夜になって酒場が開けば、停泊している海賊や昼間に溜まった鬱憤を晴らそうという労働者が集まるから賑やかになる。その寂れた雰囲気が漂う昼間に出歩けば、排他的とも言っていい人外の生き物や奴隷制度に耐性のないひとたちからの視線が刺さるだろう、と気を遣ってくれたようだった。食堂で聞いた話によれば、過激な人は石投げもするらしい。
「……わかりました。昼間は出歩かないようにしますね」
「おれ楽しみにしてたのにー」
「土産買ってきてやるから元気出せって!」
 記録(ログ)が溜まるまでにかかる時間は三日。けれど今回の滞在は、船の修理もしなければならないためそれ以上かかると言われた。少し暇な滞在になりそうだ。必要な情報を共有したところで、コックさんが甲板に昼食ができた、と呼びに来た。
 出歩かない方がいいと言われたため、船大工さんが張り替えることになった床の資材を買いに出る時も留守番。ベポちゃんは少しふてくされてしまっていて、つまらなそうだった。コックさんが作ってくれたおやつを食べたりして頻繁にする眩暈に耐えながら過ごしていると、夕食の後、ローさんが出かけてくる、と言い出した。
「今日は船には帰らねェ。一人で寝られるか?」
 からかうように笑うローさんに、子どもではないですから、と返す。ローさんはくつくつと笑って、私の頭を撫でると船長室を出て行った。"今日は帰らない"ということは、ちらほらとお小遣いを持って出ていく他のクルーと目的は同じだろう。……明日もまた、カトライヤでの時のようにローさんは香水の匂いを纏いながら帰ってくるのだろうか。
 そこまで考えて、はっとして考えを振り払うように首を横に振った。悪循環に陥りそうな思考を追い出すため、眩暈がひどい間は一人でシャワーを浴びるなという言葉に従い、暇を持て余していたベポちゃんにお願いして浴場で彼に見守られながらシャワーを浴びた。もう寝てしまおうと、ベポちゃんに早々におやすみを言ってベッドに潜り込む。
「……っ」
 ローさんの身の丈に合わせられたベッドは、私一人で寝るにはとても広い。眠る時にローさんが同じ屋根の下にすらいないということは初めてで、どうしようもなく寂しくなった。そうやって感情が負に傾くと、またカトライヤでのことが鮮明に蘇る。寂しい、早く帰ってきてほしい。けれども香水の匂いなんてさせないでほしい。
 "子どもではないのだから一人で眠れる"だなんて、どうして見栄を張ってしまったのだろう。一人の方が余計なことを考えてしまう。自分の中で答えを出さないと決めていたことを、覆してしまいそうになる。
 自分がローさんのことをどう思っているか、理解はしているけれど認めたくない。身じろぐ度に音を立てる鎖が、身の程を知れ、と叱咤する。けれど、あんなにも優しくされてしまったら。囲い込むためなのだとわかっていても、そんな風に想うだけ無駄なのだとわかっていても、これ以外に彼の優しさに対して持てる感情はもうない。
 勘違いするな、身の程を弁えろ、明日も何があろうと普段通りに振る舞ってみせろ。何度も何度も自分に言い聞かせながら、無理矢理に目を閉じた。そうでもしなければ、いつかのように知らず知らずのうちに泣いてしまいそうだった。
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