small adventure

 イオリが大人しく寝ついてくれたので、部屋にでも連れて行ってやろうと体を動かす。しかしやはり眠りはそれほど深くないようで、む、と少しだけ不満げな声が漏れたのがわかった。

「……はァ」
 別にベッドでなきゃ眠れないだのということもない。太刀も手元にあるし、ここで休んでも何も問題はない。

「しょうがねェな」

 ランプを消して、イオリを肩に寄りかからせたまま、おれも目を閉じた。


「お、ロー。おはよう……って、あらら、やっぱりこっちで寝ちゃったか」

 カデットが朝早くから起き出してきて、おれとイオリを目に留めると苦笑を浮かべた。
 こいつが来るより前に目は覚めていたが、イオリがまだ眠っているので動いてはいない。すやすやと穏やかな表情で寝ているので、なんとなく動くのが憚られた。

「動かすと起きそうなんで、そのままだ」
「床で寝られるよりいいから良いけどな。しかし、一体何言ったんだ? イオリがこんなに懐くなんて」

 イオリの顔を覗きこんで、頬を人差し指でつつきながら尋ねてくる。
 その手を払って、別に何も、とだけ答えた。
 カデットは含み笑いを浮かべながら、立ち上がってキッチンに向かう。

「オレは朝食の準備するから。イオリ頼むわ」
「……あァ」

 その笑いの意味はわかったが、何も言わないので反論する余地すらもらえず、加えて肩にかかる重みに今はだめだと思い直して返事をするだけに留めた。
 キッチンからの音を聴きながら窓の外を眺めて時間を潰していたが、イオリがもぞもぞと動いたのでそちらに目を向ける。

「ん……」

 ぼんやりとしたまま目を擦ろうとする手をやんわりと掴み、遮った。

「起きたか」
「……おはようございます」
「目は擦るなよ。ただでさえ腫れてんだ、悪化させんじゃねェ」
「すみません……」

 顔洗ってきます、という言葉とともに立ち上がり、鎖の音を小さく鳴らしながら部屋を出て行くイオリを見送り、ぐ、と体を伸ばす。
 一晩中動かずにいたせいか、伸ばすと大分体が軽くなった気がした。

「お、イオリ起きたか?」

 キッチンからいい匂いを纏わりつかせながら出てきたカデットが、イオリが居ないことに気がついて廊下に目を遣る。

「あァ。顔洗いに行った」
「じゃあイオリが戻ってきたら朝飯な。連れてきてくれよー」
「チッ……」

 イオリが懐いたとわかった途端任せきりにしやがって……。
 面倒なことを断りたいのは山々だったが、世話になっている手前そんなことはできないし、おまけにあいつがまた投げやりになるのではないかと心配なのも事実。
 医者であるが故の性分に、自分で溜め息をついた。

「……やっぱり疲れさせてしまいましたか?」
 唐突に背後からかけられた声に、どきりと心臓が跳ねる感覚がした。
 それを悟られまいと平静を装いながら振り返る。リビングの入り口にイオリが立っていて、申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。

「お前……、気配もなしに後ろに立つな、驚く」
「すみません、鎖……うるさいかと思って。……それより、お疲れなのでは? 私が昨日、あのまま寝てしまったから……」
「溜め息吐いたのはそれが原因ってわけじゃねェよ。カデットが朝飯だと言ってた、行くぞ」
「は、はいっ」

 太刀を担いで、ソファから立ち上がる。壁で簡単に仕切られたダイニングルームに行くと、カデットがちょうど朝飯を並べ終えたところだった。

「お、おはようイオリ!」
「おはようございます」
「今朝はイオリでも食べられるようあっさりしたスープとか作ったからな! 無理はしなくていいからいろいろ食え!」
「はい、ありがとうございます」

 カデットが作る料理はやはりイオリを気にしたのだろう、あまり味の濃いものではなかったが、量を食べれば十分満足できるようなものだった。
 昨日の戦闘の動きからして戦闘は得意、掃除や料理も好き。一体こいつは何ができないのだろうと、疑問には思ったが気にしないことにした。


 朝食を終えた後、イオリはしばらくおれが本を読むそばでぼんやりとしていたのだが、ふと気がつけば庭で膝をついて何やら地面を触っていた。何をしているのかはわからないが、特に身投げでもしようとかそういう類のものではなさそうなので、気にしつつも文字を追う視線は休めない。

「カデットさん」
「ん? どした?」
「スコップとかありませんか?」

 イオリが、ひょこりとリビングに顔を覗かせて昼食の下拵えをするカデットに尋ねた。

「何かするのか?」
「……洞窟探検、を」
「地下にあるのか。……ふーむ、この島もかなりでかいし、海抜もずいぶんと高いしな。もしかしたら何かあるかもな。そっちの方に倉庫あるだろ、そこ探してみ」

 こくりと頷いたイオリは、鎖の音をカシャカシャと鳴らしながら言われた倉庫に走って行き、音を立てて扉を開け、中を物色し始めた。
 興味深く思い、読書を中断してテラスに出て、手すりに手を置きその姿を眺める。
 すぐに目的のものを見つけたらしいイオリは、それを持ってちょうどおれの居る正面に再び膝をついた。

「この辺……」

 少し考え込んでいたが、まぁいいか、という表情でスコップを手に取り掘り始める。家が建つだけあってかなり固い地面だと思うのだが、当のイオリはさくさくと砂でも掘るかのように地面に空けた穴を深くしていった。
 しばらくすると、ガン、と鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音がした。その音に少しだけ表情を明るくし、掘るスピードを速める。

「やっぱああいう仕事慣れてんだなー。さっすが旅団の強化系」

 カデットもテラスに出てきて、おれの横に立ち手すりを使って頬杖をつく。

「旅団?」
「あぁ、気にしなくていいぜ。……イオリ、何かありそうかー?」

 ひらひらと手を振ったカデットは、イオリに目を向けて問いかける。

「鉄の扉が……。錆びてるので強引に開けないといけないですが」

 そう言いながら、穴を横に拡げて扉を露出させていく。やはり地下に繋がっているのだろう、水平な引き戸のようだった。

「じゃあその下、人が通れるんだろうな。何があるかな」
「さぁ……、そこまでは。見てみないとどうにも」
「財宝だったらどうしような! 商船に引き取ってもらうか! そんでうまいもん食う!」
「期待は膨らませないほうがいいと思いますけど……」
「イオリのリアリスト! 夢見たっていいじゃんかぁ!」

 完全に錆びついた褐色の扉の取っ手に手をかけ、ぐっと引っ張る。錆びているのは表面だけなのか、錆の粉を落としながら扉が開いた。
 それを完全に開け放ち固定させたイオリは、躊躇いなくその通路に下りる。

「掘っただけの通路ですけど、かなり広くて奥まで続いてます」

 洞窟特有の反響する声が、こちらまで届く。

「おぉ! ロー、どうする? 行ってみるか?」
「? お前は行かねェのか」
「あんたが行かないなら行くけどさ。どっちか残ってないと」
「……じゃあ、行ってくる。おいイオリ、太刀は持っていけそうか?」
「やめた方がいいかと……」
「あらら。どうする?」

 ないと不便だとは思ったが、手放して困るというわけでもない。万が一カデットが返すまいとしたところで、シャンブルズが使えればどうとでもなる。

「預けてもいいか?」
「あぁ、かまわないぜ」

 明かりがいるかも、というイオリの言葉に、カデットが急いでランプを用意しておれに持たせた。
 太刀をカデットに預け、イオリが開けた扉の縁に手をかけて通路に下りた。
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