chapter.04

 瞼越しに伝わってくる周囲の明るさ、耳に入る食器のぶつかり合う小さな音。眠りから覚めたイオリはゆっくりと目を開け、気怠い体をのろのろと起こした。
 コウモリに変化せずに眠ってしまっていたことに慌てるが、その前に何があったのかを思い出し、安堵と恥ずかしさの混ざる溜め息を深く吐く。体にべたついた感じはないし、着ている服も大きさから言っておそらくローの物だ。すっかりローに任せてしまったな、と反省しながら、イオリは視界の端に自分の少ない荷物を捉え、ベッドから降りて荷物に近づき、服を自分の物に替えた。
 リビングへ行ってみると、ローがテーブルに出来上がったばかりらしい朝食を並べていたところだった。ローはイオリに気がつくと、少しだけ驚いたように目を見開く。
「起きたのか。今呼びに行こうとしたところだったんだが」
「おはようございます。……あの」
「とりあえず飯を食え。話はそれからだ」
 ローにそう言われてしまっては、イオリも食い下がることはなく。静かな朝食を終えて、イオリがコーヒーと紅茶を淹れリビングに戻ると、ローはソファに座りイオリを待っていた。
 差し出された手にカップを渡し、イオリも向かいに座る。ローは湯気の立つコーヒーを一口啜ると、徐に口を開いた。
「……出ていくのか?」
「え……?」
 イオリは紅茶に角砂糖を落としていた手を止め、至って普段通りのローの顔を見た。
「ここに、居てもいいんですか……?」
「昨日はたまたま満月で、たまたまお前の吸血本能に限界がきたってだけだ。今後は言えば血ぐらいくれてやる。理解したんなら、人に好意だけ伝えて消えるような真似はするな」
 追い出されてしまうだろうと考えていたイオリは、その言葉に面食らう。
 ローはイオリから返事がないことに眉を顰めた。
「なんだ、あの告白はおれに同情したがための嘘だったのか?」
「う、嘘じゃありません……! でも、私……、あんなに迷惑かけたのに……。ローさんにも、ネリアさんにも」
 ネリアに関しては、きっとひどく怖がらせてしまっただろうし、スモーカーたちへの対応も引き受けさせてしまった。もうネリアも自分とは関わりたくないだろうと、イオリはそう考えていた。
「迷惑ならお前はとっくに殺されてる。……とりあえず、今はもう喉は渇いてねェんだな?」
「はい……。大丈夫です」
「また喉が渇いたら言え。満月を避けときゃ、あんなことにはならねェだろ」
 イオリは止めていた手を動かし、ティースプーンで角砂糖を紅茶に溶かした。
「……それについては、ちゃんと私の育ての親に訊いておきます」
「育ての親?」
 訝しげに問い返すローに、イオリはそういえば曖昧にしか説明していなかった、と思い出す。
「ヴァンパイアが元は人間だったというのは、説明しましたよね? 私は運悪く満月の夜にコウモリの姿のヴァンパイアに血を吸われました。人間をヴァンパイアに変えるのもあまり良くないことで、そのヴァンパイアを始末しに来た人に拾っていただいたんです。その時にはもう、私はヴァンパイアとして街中から恐れられていたので、私は素直にその人について行きました。育ての親というのは、ヴァンパイアとしての、ということです」
 どこか懐かしむように笑み、穏やかに語るイオリだが、当時はそんな風には思えなかっただろう。
「その人から人間から血はもらうなと言われていたのですが……、結局破ってしまいましたし。ローさんにも何か悪いことがあるといけませんから、手紙を送ってみます」
 ローは電伝虫を使えばいいのではと思ったが、イオリがここで生活し始めた頃に電伝虫を見て不思議そうにあれこれ訊いてきたことを思い出した。確かに電伝虫が普及しだしたのはここ数年のことであるし、ヴァンパイアとして手慣れている様子から、それ以前からヴァンパイアとして人間から離れた場所で生活しているのかもしれないが。理由も言わずに"人間から血はもらうな"とだけ言いつけていたあたり、おそらく細かい説明が面倒だと思った育ての親の横着なのだろうと結論づけた。しかし、イオリが電伝虫の存在を知らないということは、その育ての親の電伝虫の番号も知らないことになる。やはり数日待つしかないのか、とローは小さく溜め息を吐いた。
 便箋とペンを貸して欲しいと言うイオリにそれらを出して渡すと、イオリは殺人鬼の始末をしてからの経緯を事細かに書き、ローに対し悪影響はあるのかという疑問を綴って、三枚に渡る手紙を丸め紐で括った。
「おい、それをどうする気だ」
 いくら電伝虫を知らなかったと言っても、さすがにそれを今の郵便システムに放り込んで届くとは思うまい。宛名も何も見えるところに書かずにただ剥き出しの便箋を丸めただけなのだ。
「郵便屋さんでは届けられないので、違う方法を取ります」
 イオリもローの疑問は正しく理解したらしく、ソファから立ち上がりながらそう答えた。
 怪訝そうにローが見守る中、イオリは窓を開け放ち指笛を吹く。すぐに小鳥がやってきて、窓枠に止まった。ぽふん、と。イオリがコウモリに変化し、キーキーと鳴く。小鳥もそれに答えるかのように――実際に答えているのだろうが――ピィピィと声を立てた。コウモリと小鳥が会話しているのを見るなどまた珍しい経験だ、とぼんやりその光景を眺めながら、ローはすっかり冷めたコーヒーを啜った。少しの間会話をして話がついたのか、イオリが人型に戻り丸めた手紙を小鳥が飛ぶのに邪魔にならないように体に括りつけた。小鳥はすぐに飛び出し、青い空の中へ点となり溶けていった。
「一体どこに住んでるんだ、お前らは」
「人の足では到底行けない所です」
 イオリはソファに座り直すと、冷めきった紅茶を一口飲んだ。
「ところで、政府の人たちはどうなさったのですか?」
「ネリアに全部任せた。表は封鎖したままなんで、怪しまれないように別のルートを使って帰してくれるだろ」
「……そうですか」
「で、イオリ。お前の今日の仕事は教会の掃除だ。何をしたかわかっちまうだけに、いつもやってくれる奴に任せるワケにはいかねェ」
 ローの言葉に一瞬首を傾げたイオリだが、すぐにその言葉の意味を理解し、顔を青褪めさせた。
「ど、どうすればいいですか……っ? 絨毯を丸洗い?」
「……いっそのこと替えちまうか。あれももう古いしな。あとは洗濯か……。お前の服はどうしたらいいかわからねェんで水桶に突っ込んでそのままだぞ」
「やることが多すぎます……っ!」
 イオリは慌てて紅茶を飲み干すと、流しにカップを置いて水を入れ、早速洗濯に取り掛かった。ばたばたと慌ただしくも丁寧に仕事を片づけていくのを見守りながら、ローはのんびりと電伝虫を使い絨毯を注文した。
 教会の封鎖を解き、掃除と絨毯の処理もし終えた頃にはすっかり日は傾いており。
 ローは一日働き通したイオリを労うために普段より手の込んだ料理をし、ネリアとアベルを招いた。
「イオリさん、大丈夫!? もう平気なの?」
 使用人に付き添われやってきたネリアの第一声は、ローの家へ踏み込む際の挨拶でもなく、一晩苦労したローへの労いの言葉でもなく、イオリへの心配の言葉だった。慌ただしく入ってきたネリアの後に続いてきたアベルの方が、ぺこりと頭を下げ"おじゃまします"と言うあたりしっかりしている。ネリアはここで第二の家同然に過ごしているためにそんな感覚もないのかもしれないが。何はともあれ、ネリアがイオリの存在を鬱陶しく思っていないことの証明にはなっただろう、とローがイオリの顔を見遣ると、イオリは困ったように笑んでいた。
「ネリアさん……、あの、怖がらせてしまってすみませんでした……」
 心底申し訳なさそうに言うイオリの手を握り、ネリアは明るく笑い首を横に振った。
「いいのよそんなこと! イオリさんはわたしを傷つけないようにって気をつけてくれたじゃない! ここから出て行ったりしないわよね?」
「はい。ローさんも、ここに居てもいい、と言ってくださいましたから」
「それなら良かったわ」
 ローが食事の席で"政府の人間をどうしたのか"と尋ねると、ネリアは食事の手を止めはきはきと答えた。
「きちんとおもてなしして、ゆっくり休んでもらったわ。あとはほら、西で狼男が暴れていたでしょう。その討伐をお願いして、街道を通って帰ってもらうことにしたの。教会とは正反対だし、ローさんの面倒も一つ片付くからちょうどいいかと思って」
「お前はまた……期待以上の働きをしてくれたな」
 ローが愉しげに笑むと、ネリアもにんまりと笑み返す。
 イオリは随分と仲が良いのだと思うに留め、空になったアベルのグラスにジュースを注いでやった。


********************


 満月の夜から数日が経った。夕食を終えてローが読書に勤しんでいると、片づけをし終えたイオリが傍へやってきて口を開いた。
「あの、ローさん」
「ん、なんだ?」
 ローは文字を追っていた視線をイオリへ向ける。イオリは体の前で握り合わせた手をもじもじと動かしながら、視線を宙へ彷徨わせていた。
「えっと……」
 言いにくそうに意味のない言葉を繰り返すイオリを不思議そうに見ていたローだが、はたとその理由に思い当たる。
「喉が渇いたのか?」
 確信を持って問いかけると、イオリは申し訳なさそうにしながらこくりと頷いた。
「言えばくれてやると言っただろ……。ほら、化けろ」
 手のひらを上に向けて差し出してやると、イオリはその手に触れぽふん、と力のない音を立てコウモリに変化した。小さな手がひっしとローの指先を掴んでおり、落ちる前にと掬い上げる。ローがイオリを載せた腕の袖を捲ると、イオリは皮膚の薄い場所まで歩きその下に走る血管に噛みついた。人型をとっている時と違い明確な痛みが走るが、小さな牙が食い込む程度ならばそれほど痛くもない。程なくしてローから血を呑み終えたイオリは、ローの手まで戻り床へ飛び降りた。着地する前にまた気の抜けるような音を立てて変化し、しっかりと床に足を着ける。
「満足したのか?」
「はい。ありがとうございました」
 ローは安堵したように笑んで頷くイオリの手を引き、膝の上に座らせて小柄な体を腕の中に閉じ込めた。首元に顔を埋め、すん、と匂いを嗅ぐ。
「ローさん?」
「大人しくしてろ」
 戸惑ったように名前を呼んだイオリだが、ローにそう言われてしまっては大人しくする他なく、きゅっと唇を引き結んだ。
「……いい匂いがするんだ、お前の体は」
「それは、吸血鬼特有の……?」
「あァ。だが、あの夜からお前の匂いが好きになった。一度、ヴァンパイア退治をしただろう……。あの時も"匂い"が魅力のヤツだったらしいが、おれは何も感じなかった。危うく血を吸われるところだったシャチは"匂いに誘われた"と言っていたのに対して、だ」
 それきり口を閉じ、イオリの首元でリラックスしているロー。イオリは小さく息を吐き、ローの髪に触れながらされるがままになっていた。
 しばらく静かな時間が続いていたのだが、それは窓ガラスを叩く音に遮られた。
 ローは不機嫌そうに表情を歪め、音のした方を見る。窓越しにピィピィと小鳥の鳴く音が聴こえ、イオリがあっと声を上げた。
「お返事です……!」
 イオリはローの腕からするりと抜けだし、窓を開けて小鳥を迎え入れると、慌ただしくキッチンへ向かい昼間に茹でていたとうもろこしの粒を小皿に載せて戻ってきた。それを窓辺に置くとコウモリに変化し、会話をする。
 ローは機嫌を悪くしながらその光景を眺めていたが、イオリがコウモリの姿のまま小鳥の体に結ばれた紐を解こうと苦戦しだしたのを見て、ようやっと重い腰を上げて窓の傍へ行き、手紙を外してやった。小鳥は会話を終えるととうもろこしをつつき始め、イオリは人型に戻る。手渡された手紙を受け取って巻かれたそれを伸ばしながら、ローと共にソファに座った。
 ランプの明かりを頼りに文字を追っていたイオリの顔が、段々と不安と焦りに染まっていった。
「どうした?」
 訝しく思ったローが問いかけると、イオリはおずおずと顔を上げ手紙を差し出してきた。
「私……、取り返しのつかないことを……」
 ローはイオリから手紙を受け取り、綺麗な文字が綴られた便箋に目を通した。ヴァンパイア退治の労を労う言葉の後に、イオリの問いに対する答えが書かれていた。
 ――まず言えるのは、体を重ねたことが失敗だったということだよ。ヴァンパイアの唾液がもたらす効果は既に実感していると思うけど、生き物というのは貪欲だ。一度普段以上の満足感を得てしまうと、それ以後は普段通りに欲が満たされるのでは物足りなくなるんだよ。つまり、キミが今お世話になっている神父は、キミなしではいられなくなってしまった、ということだ。これは二度目以降も血をすんなり貰えるようにヴァンパイアが体を変化させてきた結果なんだけどね。人間はヴァンパイアからもらう快楽に依存して、二度目以降は喜んで血を差し出すようになる。麻薬と同じで、段々と快楽欲しさに血を差し出すようになっていくんだよ。キミは聞き分けが良いから人間から血をもらうなんてことはするはずがないと思っていたけど、予想外だったよ。これからのことはキミが決めるといい。キミがいなくなれば廃人となってしまうかもしれない彼を放って戻ってくるも良し、彼と共に生きていくも良し。ただし、戻ってこないのなら時々は手紙を寄越すこと。キミは十分強くなったけど、まだまだ幼い。親としては心配だからね。
 そこからはイオリへ向けてこれから注意すべきことが綴られており、ローも一応はとそれらにも目を通して、手紙を畳んだ。
「……で」
 ローが口を開くと、イオリが肩をびくりと跳ねさせた。
「何をそんなに怖がってる」
「だって、私……」
「お前は喜ぶべきだろ。これでおれに殺される心配はなくなったんだからな」
「え……?」
 イオリは涙を浮かべた目でローの顔を見上げる。困惑しか見てとれないその視線に、まさか本当に何もわかっていないのか、とローは深く溜め息を吐いた。
「書いてあっただろう、この手紙にも。おれはお前なしじゃ生きられなくなっちまったんだ。お前を死なせるワケにはいかなくなった。逆に、お前がおれを殺してェと思うなら、ここから去れば良くなったんだよ」
「あ……」
「まさか、おれがお前に怒りを覚えて殺すような浅はかな人間だと思ってたんじゃねェだろうな?」
 ローが威圧を込めた口調で問うと、イオリは身を竦ませた。図星だったらしいことがわかり、ローはまた溜め息を吐く。
「……で、どうするんだ?」
「え?」
「おれを放って帰るのか、このままここにいるのかを訊いてる」
 カトライヤに他に聖職者がいない以上、ローがこの街を離れるわけにはいかないのだ。イオリに残されているのは、その二択のみだった。しかし、イオリの中で答えは既に決まっていた。ローの手を握り、涙を零しながら訴えかけ始める。
「ここに……、います。わ、私は……ローさんがすきなんです……! だから、ローさんが出て行けと言わない限り、お傍に……」
 言い終えないうちに、ローはイオリの腕を掴み抱き寄せた。礼の品を食べ終えた小鳥がピィ、と小さく鳴き、飛び立つ。
 冷たい夜風がすっかり部屋の中を冷やし、イオリは窓を閉めなければと思い立ち上がりかけるが、ローは離さないと言わんばかりにイオリを抱く腕の力を強めた。
「ったく、お前は……。もう少し我が儘になれよ」
「ローさん……?」
「今後もしおれがお前に"出ていけ"と言えば……、それはおれが"自分の気が違えてもいい"と考えた、そういうことだ。それでもお前は、いなくなるのか? 相手の望みを叶えるばかりで、お前は幸せになれるのか?」
 ヒソカに拾われる前の、迫害ばかり受けてきた自分。街の人間が不愉快にならないように、ただただ相手の望みを叶えていた。牢に入れと言われれば言葉通りに入り、ヴァンパイアとして未熟だったイオリの手に余るほどの怪物の退治さえ、一人で行った。ヒソカがイオリを拾った次の日は、本来ならばイオリが処刑される日だったはずなのだ。"死ね"と言われるがままに、イオリは死のうとしていた。だから、ローの言葉にも素直に従おうとしていた。
「イオリ、答えろ。お前はどうしたいんだ? おれに、どうして欲しい?」
 本来死ぬはずだった日を越え、イオリは覚悟していた死が遠ざけられて、より怖くなっていた。ヒソカの前では言えるわがままも、他の場所では一切言わない。そうして生きてきたというのに、ローはそれを止めろと言う。
「私、は……」
「あァ」
 イオリが口を開くと、ローはただ優しく相槌を打って続きを促した。
「私は、ローさんのお傍に居たい……。ローさんに、――愛して、欲しい……!」
 同胞として、親としてではなく、人から愛されてみたかった。物心がつき始めた頃にはヴァンパイアであったがために恐れられ、その後はヒソカと共にただ強くなるための日々を過ごした。人知れず人間に害を及ぼした同胞を始末することはあったけれど、そんな時ですら人と深く関わりを持ったことはなかった。今回もただ、街を通り抜けるために歩いていただけだったのだ。
(それが、こんなことになるなんて……)
 確かにイオリは、"人から愛されてみたい"と思っていた。しかし、カトライヤに来てさまざまな人間と関わりを持ち、"人"が"ロー"へと変わったことを自覚した。ヴァンパイアである自分を殺さずにいてくれて、そのうえ守ってもくれた。これから先そんな人間に出会うとしても、一番初めにその喜びを教えてくれたのはローだ。愛されるのなら、彼が良かった。
 ローはイオリの言葉を聞くと、イオリの耳元でくつりと笑った。
「なら、初めからそう言え。……いいか、一度しか言わねェからよく聞けよ」
 イオリから少しだけ体を離したローは、ぽろぽろと涙を零すイオリの目尻を指で撫で、その目を覗き込んだ。
「おれも、お前を好いてる。あの時血をくれてやったのも、お前が苦しそうにしていたからだ。お前には悪ィが、今後お前がおれに愛想を尽かしたとしても追い出す気はねェよ。政府がお前を殺しにきたとしても、絶対に守ってやる。だから、お前は死ぬまでおれの傍に居ろ」
 ローの言葉を聞き、イオリはぎゅうとその体に抱きついた。
「はい……っ、ずっとお傍にいます……!」
 一際強い風が吹き、イオリがふるりと体を震わせた。ローはイオリの体を抱く腕を緩め、窓を見遣る。
「……冷えるな」
「あ……窓、閉めますね」
 イオリはゆっくりとローから離れ、窓を閉めた。ローは今度はイオリを捕まえることこそしなかったが、自分も立ち上がり後ろからイオリを抱きすくめる。
「部屋はすっかり寒くなった。……寒さが気にならなくなるようなことでもするか?」
 ローはイオリの首元に手を伸ばし、リボンを解く。イオリはその意味を理解し、あまり色のない顔を羞恥に赤く染めた。
「ついでに、おれが本当にお前の吸血行動なしじゃ生きられなくなっちまったのか、"実験"もしてみるか」
「ローさん……っ。あの、私……」
「……いやか?」
 懇願――というよりかは、伺いを立てているように聴こえるのに、有無を言わせない。あの夜は、懇願の色を含ませた命令口調を聞いたのだっけ。そんなことを考えたイオリは観念し、体を捻ってローの首に腕を回し抱きついた。
「ここは、いやです……」
「! あァ、それならベッドに行くか」
 ローはイオリの膝の裏に手を差し入れ、軽い体を抱き上げて横抱きにした。望みを口にすると受け入れられ、味を占めたイオリは少しだけ強気に出る。
「あと、優しくしてほしいです」
「フフ……、わかってる」
 寝室に着き、ローはイオリをベッドに優しく寝かせた。
「もう我が儘はねェのか?」
 イオリはヒソカへの手紙には"神父"だと書いたけれど、とてもそうは見えない挑発的な笑みを浮かべるロー。対するイオリは、情事への羞恥心を隠すことなく、困惑の表情を浮かべていた。
「ククッ、今夜はおれがお前を誘惑する番だ。ぜひともその気になってくれよ?」
「し、心配事もありませんので、ローさんがとびきり甘やかしてくれれば」
 懸命に応えようとするイオリの髪を愛おしげに撫でながら、ローはやはり意地の悪い笑みを浮かべていた。
「言ったな、覚悟しておけ」
 イオリはシーツの波に体を預け、幸せそうに笑んだ。


********************


 絶壁をくり抜いて作られた地面に建てられた小さな家。イオリのヴァンパイアとしての育ての親であるヒソカは、ひとりトランプタワーの制作に勤しみながら時間を潰していた。
 ピィ、と小鳥の鳴く声が聴こえ、ヒソカは家の外に出た。手紙を背負った小鳥は差し出されたヒソカの指先に止まり、体に括りつけられた紐を解いてもらう。自由になると、小鳥は一度羽ばたいて飛び、ぽふりと力のない音を立てて変化し、人型をとって着地した。黒い髪をツンツンと跳ねさせた、年の頃は10を過ぎたかという見た目の少年である。
「ヒソカ。イオリは結局残ることにしたみたい」
「そうかい♥ あの子が決めたならそれでいいんだけど……、少し寂しいかな♠」
「……あんまりそうは見えないけど」
 手紙に綴られた文字に視線を走らせながら言うヒソカへ、少年は胡散臭いと言いたげに視線を向ける。
「わからないかなぁ、ゴン♥」
 ヒソカはにこりと笑み、手紙を届けてきた小鳥に化けていた少年――ゴン――に目を向けた。
「ヒソカはわかりにくすぎ! でもいいの? クロロ、毎日来てるじゃん。イオリはまだ帰って来ないのか、って」
「あぁ、そういえば♦ いい伴侶を見つけたようだ、と伝えておこう♥」
「ものすごく怒るんじゃ……」
「けど、イオリの伴侶は聖職者なんだよ♥ 過激派じゃないとはいえ、敵意剥き出しにしていけば返り討ちさ♠」
「あれで過激派じゃないの……?」
 ゴンは底意地の悪い笑みを浮かべる神父の顔を思い浮かべ、眉を顰めた。そして、過激派と言われる白の聖職者の友人にして、クロロの天敵でもあるクラピカを連想する。ゴンやキルアは、人に害を成せるモノではなかったために見逃された身だ。
「お怒りのクロロの相手はボクが引き受けるとして♥ ゴンはしばらくキルアと遠出でもしておいで♦」
 ヒソカは読み終えた手紙を折り畳み、ゴンへと笑顔を向けた。
「え、いいの?」
「しばらくはイオリに返事を出す予定もないからね♥ それに、巻き込まれて郵便屋さんがいなくなると困るのはボクとイオリだ♣」
「あはは、確かに! じゃあ、オレはキルアのところに行くね」
「イルミに食い殺されないように気をつけるんだよ♠」
 ひらひらと手を振るヒソカに見送られ、ゴンは再び小鳥の姿に変化して飛び立った。
 ゴンの姿が見えなくなると、ヒソカは折り畳んだ手紙に視線を落とす。
「……幸せなら、いいんだよ♥ "お兄ちゃん"としては寂しいものがあるけどね♠」
 さて、そろそろクロロがイオリを訪ねてくる頃だろうかと。ヒソカはそう思い立ち、家の中に戻った。クロロを極限まで怒らせ、自分と戦わせるにはどのような言葉が効果的なのかを考えながら。
 同じヴァンパイアであるコウモリの羽音が聴こえ、ヒソカはにんまりと口元に歪んだ笑みを浮かべた。
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