know glowing world

「おーい、魚食いてェヤツは上がってこい!!」
 コックさんの声に、クルーたちがそれぞれ返事をして浜へ上がってくる。私の隣に座るローさんは一足先に焼きたての魚にかぶりついていて、好物だということもあるのか食が進んでいるようだ。
 海から上がったベポちゃんもぷるぷると体を震わせて水を飛ばしてから傍へやってきた。
「イオリ、おれも魚ちょうだい!!」
「ベポはクマなんだから生でもいけるだろー」
「クマが焼き魚食べてすいません……」
 クルーの一人のからかいの言葉に、ずぅんと大きな体を縮めるベポちゃん。その手を取って串焼きの魚を持たせてあげると、ベポちゃんはぱぁっと顔を輝かせて魚に齧りついた。
「イオリは食べないの?」
 むしゃむしゃと魚を頬張りながら尋ねてくるベポちゃんに、丸々一匹は食べられないから、と首を横に振った。ローさんから一口だけもらったし、コックさんが作っていたスープを飲めば十分だった。ベポちゃんは"そっか"とだけ言って、魚を飲み込んだ。
「イオリ、もう一匹くれ」
「はい」
 程よく焼けたものを選び、砂から引き抜いておかわりの要求をするローさんに手渡す。気に入ってくれたようで、何よりだった。
 そういえば、以前の私もこうして自分が調理したものを食べている人たちを見るのが常だったと、そうぼんやりと思う。以前と決定的に違うのは、その人たちが私を気遣ってくれること。今でもまだそれはむず痒くて、そして心のどこかで泣きたくなる。今こうして笑顔を見せてくれている人たちの目が、ある日唐突に変わってしまったらと思うと。それは何度も味わったことで、慣れていたと思うのに。どうしてかこの人たちにだけはそうなってほしくないと、わがままにも思ってしまうのだ。
「あのさァ……、イオリ」
 ぼんやりと考え事をしている時に、横から聴こえた躊躇いがちな声。その主はシャチさんで、私が俯けていた顔を上げると、その私と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「さっきは、ごめんな」
 シャチさんが謝ることではないはずなのに。それでも心底申し訳なさそうに言うシャチさんに、それが間違いだと指摘することはできなかった。代わりに、首を横に振る。
「うれしかったです。これが、シャチさんには気にならなかったってことだから」
 足首に手を伸ばし、枷から伸びる細い鎖に手を触れる。カシャ、と小さく金属がぶつかる音が鳴った。
「……そっか、なら良かったぜ」
 安堵したように息を吐きながら言われてしまい、そんなにも気を遣わせてしまったのかと申し訳なく思った。
「イオリはもう飯食ったのか?」
「? はい、食べました」
 いきなりどうしたのだろうと思いながら答えるとシャチさんはにかりと笑った。
「じゃあさ、ちょっとだけ浅瀬で遊ぼうぜ。せっかく暑ィんだし、足だけ水に浸けるぐらいならイオリも大丈夫だろ?」
 シャチさんは人差し指を立てて海へ向けた。それを追うように視線を動かすと、視界に映るのはきらきらと太陽の光を受けて光る海。早々にお昼ご飯を食べ終えたクルーたちがまた遊び始めていて、そこから上がる飛沫も眩しかった。
「…………」
 近くにいたローさんがくつりと笑う声がして、そちらを見ると面白がるような視線を返された。
「そんなに入りたきゃ入ってこい」
「え……あ、えっと」
「よし、決まりだな!」
 片づけが、とか、何か言わなければと思うのに咄嗟には何も出てこず、意味を成さない言葉ばかりを落としてしまった。
 シャチさんはそんな私の手を握ると"ほら立て"、と急かしてきた。慌てて立ち上がると、手を引いて波打ち際まで連れて行かれた。
「ほら、足つけてみ。足攣るといけねェからゆっくりな」
「……はい」
 足を波につけると、ひんやりとした水が足首にまとわりついた。
 白い砂の上で揺らめく水は透明で、とてもきれいだ。今まで船に乗ってこの海の上を進んできたけれど、そこへ足を浸けているというのがまた不思議な気分だった。
「どうだ?」
「大丈夫です」
 水に浸かると沈んで重たくなる鎖を手に巻き取って、差し出されたシャチさんの手を取り直した。
「そっか! そんじゃ、膝くらいまで浸かってみようぜ!」
 ばしゃばしゃと大きく飛沫を上げながら進んでいくシャチさんに手を引かれながら、膝まで水に浸かる。眩暈がしてふらついてもシャチさんがしっかり支えてくれて、不安というものは感じなかった。ローさんと一緒に洞窟に潜った時は、こんなにも水が怖いなんてことはなかったはずなのに。やっぱり眩暈があることがいけないのだろうと結論づけた。
「いっつも海の上にいんのに泳ぐなんてめったにねェからなァ!」
「はい……」
 ワンピースの裾は跳ねた飛沫ですでに濡れてしまっていて、どうせ洗濯するのならいいか、と思い浅いところで膝をついた。
 お風呂のお湯だとか、そういったものとはまた違う、太陽の光を反射するきれいな水。両手で掬ってもさらさらと零れていって、それがまたきれいだった。
「うーん、イオリはやっぱ女の子だからか? 遊び方が大人しいな」
「また"女の子"って……」
「しょうがねェじゃん! やっぱ18かそこらにしか見えねェし。船長より年下だと思っちまうよ」
 からからと笑うシャチさんに、やっぱり反論する言葉は見つからず。相変わらず、実年齢より下に見えてしまう理由は思い出せないままだ。
「む……」
「そうむくれるなって。余計子どもっぽく見えるぞー」
「むくれてなんかいません……、っ」
 シャチさんは苦笑しながら、眩暈でふらついた私の体を支えてくれた。
「はいはい。……おーいベポ! お前もこっち来いよ!」
「うん! イオリ、水のかけ合いっこしよう!!」
 ばしゃばしゃと水飛沫を上げながら近づいてくるベポちゃんのお誘いを蹴ろうなどとは思わず、陽射しも午後二時頃ともなれば一番強くなっていて、少し暑い。ローさんも許可をくれているのだし、と、折角なので思いっきり遊ぶことにした。
「……はいっ」


********************


 30分も遊べば私はもう満足で、ベポちゃんもシャチさんももう少し深いところで皆がやり始めたバレーにちらちらと視線を遣っているのがわかったので、先に浜に戻らせてもらった。
 足枷には水滴は付かず引き摺っても砂がまとわりつかない。けれど肌にかかった水は足枷に付いたもの同様には落ちてくれず、砂浜を歩くと足の裏に砂がついた。足が乾くのを待ってから船に戻って着替えてきた方が良さそうだ、と思いながら、シートを引いてそこに寝転がって脚を組み、自分の腕を枕にして目を瞑るローさんの傍に近づいた。
「……イオリか」
 傍に座るより先に、ローさんが目を開けて私の顔を目に留めた。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
 鎖の音も鳴っていたし、気持ちよく寝ていたのなら申し訳ない。しかしローさんは首を横に振り、"少し目を瞑っていただけだ"と言いながら身を起こした。
「楽しかったか?」
「はい、とても」
 答えながらシートの端に座り、濡れたままの足は砂浜に置いて膝を抱えた。
「そうか……」
 ローさんは少しだけ伏し目がちになり、緩く口角を上げて笑んだ。
「……?」
 不思議に思いながらその顔を見ていると、私の視線に気がついたローさんは"なんだ?"と訊いてくる。
「い、いえ……。その、寂しそうに見えたような、気がしたので……」
「フフ、そりゃ目の錯覚だな」
 ローさんは苦笑して、私の頭をくしゃりと撫でる。
「別に寂しくはねェがな……」
 海へと向けられた視線を追うと、先程まで私と遊んでくれていた一人と一匹も混ざって、クルー皆でビニールのボールを追ってバレーをしていた。昼食の後片付けを終えたコックさんも、混じって遊んでいる。皆すいすいと自由に泳いでいて、ボールを上げる動作も慣れているようだった。私が乗る前にも、こうして遊んだことがあるのだろう。
「ローさんも混ざりたかったのですか?」
 賑やかにはしゃいで遊ぶような人ではなかったような、と思いながら問いかけて顔を見上げると、ローさんは面食らったような表情をしていた。それから口元に手を当て、くつくつと堪えるようにして笑い出した。
「えっ、え……?」
 何か変なことを言ってしまったのだろうかと慌てたのだけれど、すぐに笑いを収めたローさんは、また私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ちげェよ」
「……?」
「ほら、お前はもうシャワー浴びて着替えて来い。海水でべたべたするだろ」
 足ももう乾いたし、払えば砂は落ちそうだ。素直にローさんの言葉に従うことにした。
「はい、そうします」
 船に戻ってシャワーを浴び、天気も悪くはならなそうだったため、ついでに洗濯もしてからもう一度砂浜に戻った。
 ローさんが座る正面にシャチさんが居て、何か言い合いをしているようだった。言い合いというよりは、シャチさんが何か苦情を言って、ローさんがそれをあしらっている、といったところだろうか。
「何かありましたか?」
 私が声をかけると、シャチさんは大袈裟に肩を跳ねさせた。
「へっ!?」
「なんでもねェ」
 対するローさんは言葉通り何でもない様子だ。
 首を傾げていると、ローさんに手招かれ、隣へ座らされた。
「シャチ、くだらねェこと言ってねェで酒の準備でもして来い」
「わかりましたよ……! あー……、理不尽すぎる……」
「えっ? あ、私も……っ」
 いまいち話が分からないながらも、キャンプファイヤーもするだとか言っていたし、宴の準備をするのだということだけはわかって、手伝った方がいいのだろうかと思い立ち上がりかけた……のだけれど、隣に座るローさんに腕を掴まれ、座らされてしまう。
「お前はいい。ここにいろ」
 ローさんの言葉であれば仕方がない。シャチさんもそう思っているようで、仕方ないなと言いたげに息を吐いて船へ歩いていった。
「……先程は何のお話を?」
 答えてくれないだろうとは思いながらも、気になって尋ねてみる。意外にも、返答はあっさりと返ってきた。
「お前のことだ」
「えっ」
 先程の会話の様子で、内容が私のこと? 悪い方向にしか考えが向かず、思わず俯く。
 ローさんは笑っているのか小さく息を吐き出して、大きな手を私の頭に載せた。
「別にお前の文句じゃねェよ」
「で、でも……、じゃあ何を……」
「……内容はお前のことだが、シャチが文句を言ってたのはおれに対してだ。だからお前が気にすることじゃねェ」
 ますます意味が分からなかった。先程シャチさんは"理不尽だ"とも言っていたし……。"ローさんに対する文句"と言っても、それが"私を乗せるというローさんの判断に対する文句"だったら私の悪い予想と同じことだ。でも、ローさんはそういう言葉の些細な違いもきちんと気にして話す人だし……。
「……うぅ」
「フフ、もう頭が回らねェか?」
 からかうような口調で言うローさんは、途中で私の思考が堂々巡りになることを見越してこんな中途半端な言い方をしたのだと思う。
「わかっていてそういう言い方しましたよね……」
「まァな。気にするだけ無駄だってことだ」
 ローさんは小さく笑いながら私の頭に載せたままだった手を動かし、撫でてくれた。
 気になりはするけれど、ローさんに教える気がないのであればいくら訊いても無駄だろうし、かといって今までの言葉に嘘があった様子もない。本当に気にするだけ無駄なのだろうと思うことにして、まだまだ元気の尽きない皆をローさんの横で眺めた。
 戦闘の殺伐とした空気には、どことなく懐かしさを覚えていたものだけれど。きらきらと輝くこの光景だけは、どんなに記憶を手繰り寄せても似通ったものがなかった。
 先程より傾いた日と、遊び疲れのせいだろうか。ふわふわとした眠気が襲ってきて、少しだけ、と思い目を伏せる。
「イオリ、眠いのか?」
「はい……」
 一度伏せた瞼はとても重たくて、ぼんやりとした返事しかできない。
「慣れねェことして疲れたんだろ。少し寝とけ」
 ローさんは私の腕を引きシートの上に寝かせると、帽子を脱いで私の目を覆うような位置に置いた。日光が遮られて、幾分か寝やすくなる。気怠さを感じていた体のせいでもう一度起きようなどとは思えず、楽な体勢になってからゆっくりと睡魔に身を預けた。
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