chapter.01

「ローさん! 手伝いにきたわよ!」
 騒がしく自宅に入ってきた少女を見、コーヒーを淹れちょうどリビングに戻ってきた家主――トラファルガー・ロー――は顔を顰め溜め息を吐いた。
「お姉ちゃん、待ってよ!」
 少女の後に入ってきた少年は、息を切らしながらローへ向けて"おじゃまします"、とぺこりと頭を下げてみせた。
「姉弟揃って来やがったのか。――ネリア、アベル」
 ネリアと呼ばれた少女は、ローのそんな態度は慣れていると言わんばかりに受け流し、にこりと華やかに笑んだ。
「うふふ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない。それで、今日は何かできることはある?」
「なら、庭の草むしりとこの家の掃除でもしてもらおうか」
 ネリアはきょとんとしてその言葉を聞くと、子どもらしく楽しそうに笑った。
「この街の地主の家の子どもをそんな雑用に使おうなんてあなたくらいよ、ローさん」
「やりたくねェなら帰れ、ガキどもが」
 しっしっ、と野犬を追い払うように手を動かすローのこともまた受け流し、ネリアは息の整ったアベルを振り返った。
「アベル、ジャケットは脱ぐのよ。汚すとメイドに怒られちゃうわ」
「うん!」
 ネリアの言う通りにジャケットを脱ぎ、草むしりをすべく外へと出て行ったアベル。
「……やっていくのか」
「えぇ」
 いつの間にかローの家に置いてあるエプロンを身に着け、袖を捲るネリア。
 追い返すつもりで言ったことだというのに、素直に聞き入れてしまうアベルの純粋さに、ローはまたひとつ溜め息を吐いた。ネリアもまた、自分がそのつもりで言ったということをわかった上で手伝うというのだから、まったくこの子どもたちが何故こんなにも協力的なのかわからない。たった一度、怪物騒動の被害者になりかけたところを救ってやっただけだ。ただ、それだけ。
「本当、あなたって聖職者らしくないわ」
 ローはソファに深く座り少しだけ冷めたコーヒーを啜りながら、ほうきで部屋の床を掃き始めたネリアに視線をやった。
「おれは元々医者で真の意味での聖職者なんかじゃねェからな。戒律や教えなんか知ったことじゃねェんだよ」
 自分は本当はこの小さな街でのんびりと医者をやるために遥々来たはずなのだ。それがたった一度、人に害を成していた怪物を片づけてやっただけで、いつの間にかこの家と併設された教会を与えられ、医者として、聖職者としてこの街に馴染んでいた。元々やりたかったことはできているから別にいいのだが、どうにも聖職者だなどと言われるような人間ではないと自覚しているため、それだけが気に入らなかった。
「ふふ、その割に皆、あなたをそう見て頼ってくるじゃない。あなたもなんだかんだ言いながら応えるし……。だからどんどん染みついていくのよ」
「金になるからな」
 クク、とどこからどう見ても聖職者の端くれとすら思えない底意地の悪い笑みを見せながら、ローは言う。ネリアはそんなローを非難することもなく、ただにんまりと笑んだ。
 ローのこの性格は、ネリアとアベルの父が治める小さなカトライヤの街の住人には既に十分に知れ渡っていた。
 悪魔の実という、悪魔や怪物と対等に渡り合うことのできる能力を持つことができる実を食べた能力者。しかしロー自身、人ならざるモノに苦しめられる人間を助けたいなどという理由でその力を得たわけではなかったため、自身のやりたいようにやっていた。ところがある夜、怪物が人に害を成し始めたと街中に噂が立ち、ネリアとアベルが危うくその被害者となるところだったのを、ローが助けたのだ。
 その当時は、聖職者のいなかったカトライヤにやっと聖職者が現れたと、街の人間はたいそう歓迎した。そんな期待に応える気もなかったローは、気まぐれに夜の街へ繰り出しては酒を飲み、女を買いと、聖職者らしくもない行動を幾度も繰り返した。初めこそ住人達は憤っていたが、件の騒動で助けられローに懐いたネリアとアベルがローは元々はただの医者としてこの街に来たこと、悪魔や怪物への対策を講ずる世界政府直属の組織とは何のつながりもない、偶々力を持っているだけの人間なのだと説いてまわった。
 公認の聖職者でもなんでもないのなら仕方がないと住人達は諦めたものの、たびたび起こる奇怪な事件に悩まされていたため、ローに頼るしかなかった。初めは"面倒くせェ"と取り合いもしないローだったが、次第に気が向かないという素振りを見せつつも重い腰を上げて悪魔祓いに怪物退治にと出かけるようになったため、今ではすっかりローはそういう人間なのだとして受け入れられ、頼られていた。
 教会も一応ローの所有物となっているが、熱心に祈りを捧げるわけでも住人たちの懺悔を聞くわけでもなく、本来の用途になど一切使われずただそこに在るだけのものとなっていた。ただ、気を利かせた街の女性や、ネリアのようにローに助けられたことで恩を感じている人間が時折掃除をしに来ているため、外見は寂れた当時のままではあるものの、中は綺麗ではあった。
「そういえば、最近ヴァンパイアが人の血を吸い尽くして殺して回ってるらしいわよ。北の街で、犠牲者が五人出たって」
 ネリアが床の雑巾がけをしながら、ぽつりとそんなことを呟いた。
 ローはカップから口を離し、ネリアへと視線を遣った。
「……それは世界政府からの情報か?」
「えぇ。正確には、北の街からこの国を通じて政府へ上がった報告が、注意喚起の為に広められている、ってところね。過激派の赤犬さんだったかしら、彼はここぞとばかりにヴァンパイアを殲滅しようとするんじゃないかしら」
「だろうな……。どうでもいいことだがな」
「そうね。世界政府のことはどうでもいいわ。ただ、そのヴァンパイアが南下してこないかが気になって……」
 殺人ヴァンパイアがカトライヤに来てしまえば、その退治に駆り出されるのは間違いなくローだ。
「ヴァンパイアか……、めんどくせェな」
 眉を顰めたローの顔を、ネリアは手を止めて見上げた。
「あら、退治が難しいの?」
「奴らは小せェコウモリに化けるし、人型をとっていれば強靭な肉体と驚異的な身体能力を持つから普通の人間じゃ手も足も出ねェ。……だが、妙だな。ヴァンパイアが人を殺すのは珍しいはずだが……」
「そうなのよね。わたしも調べてみたけれど、ヴァンパイアが人を殺す事件なんて極めて稀で……。しかも、大概そのヴァンパイアも人間が退治する前に惨殺されて見つかっている。この短期間に五人も犠牲者が出たこともおかしい。……とりあえず、何か新しい情報が入ったら伝えに来るわ」
「あァ、そうしてくれ」
 ローが自治する側の人間と繋がりを持っておいてよかったと思うのは、こういう時だ。ローは公認の聖職者ではないどころか、悪魔や怪物を見つけても害がないなら人に迷惑のかからないところへ案内するなり放っておくなりすればいい、という考えを持つタイプであったため、世界政府直属の組織の人間とは正反対であり、毛嫌いされていた。そのため能力者であっても情報が入ることは少ない。しかしカトライヤを治める地主の娘であるネリアには、彼女が賢いこともあり情報が次々と入ってくる。鬱陶しいという顔をしつつ家に招き入れているのも、彼女の性格とこのメリットがあるが故だった。
「そういえば、シャチさんが往診日ではないけどおばあさまの診察をして欲しいって言ってたわよ。行ってあげてくれる?」
「あァ、医者としての仕事ならやらねェワケにはいかねェな。留守番頼んでいいか」
「もちろん! あなたが帰ってくるまでに掃除も仕上げておくわ!」
 ローはフ、と口角を上げ、カップの中に残っていたコーヒーを飲み干してソファから立ち上がった。流しにカップを置き、水を入れておく。それから皮の鞄と部屋の隅に立てかけてあった愛用の太刀を持ち、聖職者でもないのに黒のスータンに首から十字架を提げるというコスチュームプレイもいいところな格好で自宅を出た。当然ローの趣味ではなく、ネリアに形だけでも聖職者らしくしておきなさいよ、という言葉と共に押しつけられたものである。流石に夜の街へ繰り出す時にまでその格好はしないが、黒尽くめのその服装は、その一点だけに関して言うならローも気に入らないわけではなかった。世界政府直属の組織下にいる能力者は白のスータンを身に着けているため、区別もしやすい。
 庭の草むしりを一生懸命にするアベルにも出かけてくると声をかけ、無邪気な見送りを受けて街に出た。
 通り道の脇に住む住人が野菜やら果物やらいろいろとくれようとするのだが、ローは荷物が増えるのが嫌だからとそれらをすべて断り、住人の一人であるシャチの住む家に辿り着いた。彼もまたローに助けられた一人であり、何かとローを手伝いに仕事の合間を縫ってやってくる。ベルを鳴らせばすぐにキャスケット帽を被りサングラスをかけたシャチが出迎え、ローは彼の祖母の診察をした。結果的にはただの風邪で、安静にして栄養をしっかり摂っていればすぐに回復するようなものだった。ささやかなもてなしと少しの金銭を受け取り、ローはシャチの家を出た。
(ヴァンパイアの件も気にはなるが……、急いてもどうにもならねェな、帰るか)
 帰れば昼食の時間だろうか。どうせネリアもアベルも夕方まで入り浸るのだろうし、掃除の礼ぐらいはしてやらねばまた形だけの文句を言われるだろう。面倒だとは思いつつ、店に寄って肉や飲み物を買った。増えた荷物を見下ろして"なんでおれはあのガキどもの為にこんな買い物までしてんだ"と自分の行動に呆れつつも、帰路を辿った。
 また通りがかれば住人が何かしら野菜や果物をくれるだろうから、付け合わせはそれでいいか――などと、集る気しかない思考を巡らせながら歩いていると、進行方向からやけに目に留まる外套を着た少女が歩いてきた。首元で外套の合わせ目を握り、そそくさとローの横を通り過ぎようとする。ふわり、と甘い匂いがローの鼻腔をくすぐった。
(コイツは……!)
 挙動不審、外套を着ているというのに持っていない大荷物。宿に荷物を預けたのなら、重たい外套も置いてくればいいものを。何より、ローの能力者としての感覚が、その少女が"そう"なのだと警鐘を鳴らしていた。
「――オイっ」
 深く被ったフードを掴み、少女を引き留める。少女は首にひっかかった外套に顔を顰めながらも、どこか焦ったような表情で引き止めたローを振り返った。汚れた重たい外套には似合わない、フリルのあしらわれた黒を基調としたヘッドドレス。この人の文化と少しずれた格好、間違いない。
「……何か」
「お前……、ヴァンパイアだな」
 少女は目を見開き、外套の合わせ目を留める紐を解き、ローの握る外套から抜け出した。数メートル距離を置き、警戒するようにローを見つめる。ローもまた、荷物を道の隅に置き愛刀に手をかけた。
「世界政府とは違うようですが……、あなたも能力者ですか」
 少女が言葉を発する度に、赤い舌が見え隠れし、常人より長い犬歯が目を引く。外套を脱いだ少女の格好は、先程から見えているヘッドドレスに、同じく黒を基調とした膝丈のレースやフリルのふんだんにあしらわれたドレス、編み上げブーツ。この国の首都に住む貴族の娘が好みそうな、しかし彼女らほど華やかさや煌びやかさのない、喪に服しているかのような黒と僅かな白のみの配色の服装だった。そして、血が通っていないのではないかと思うほど、血色の悪い陶器のような白い肌。彼女が人間離れした存在であることは、一目見ただけで十分に感じられた。
「あァ、まァな。死にたくなけりゃ、おれの質問に答えろ。……お前は北の街で五人、人を殺した犯人か?」
「いいえ」
 少女はきっぱりと返答し、まっすぐにローの瞳を見つめた。
「なら、なぜこの街にいる」
「北の街へ行った帰りだからです」
 ローは少女の発言に疑いを深め、愛刀を抜き放ち一気に距離を詰めて少女の首元に切っ先を突きつけた。
 少女はただでさえ白い肌を青褪めさせ、顔の横まで手を上げ、抵抗しないことを伝える。
「なぜ北の街へ行った」
「あなたの言う、五人殺したヴァンパイア。彼を始末するために、私は北の街へ行きました」
「信じられると思うか?」
「いいえ。ですが、事実です」
 決して逸らされることのない視線に、ローは少女が嘘を言っているのではないと確信が持てた。しかし、滅多に人を襲わないはずのヴァンパイアが人を襲ったという事実が、彼女もまた豹変して人を襲うのではないかという危惧を生む。
「……お願いです、私は人を襲ったりしません……。だから、殺さないで……!」
 かたかたと震える指先に、必死に紡がれる言葉。彼女が恐れているのは"死"なのだと、すぐにわかった。
「お前が突然人を襲い出さねェという保障もねェ。ここでお前を野放しにするワケにはいかねェ」
 少女は目を見開き、一歩後ずさる。
(殺される――!!)
 しかしローはそれを追うこともせず、愛刀を鞘に収めた。
「え……?」
 なかなか状況を理解することができずに見上げてくる目を、ローはまっすぐに見下ろした。
「おれの監視下で働いて、情報提供をしろ。それで人間に害を成さないことを証明できれば、解放してやる。言っておくが、おれの能力は人型をとったお前らにも対抗できるぞ。くだらねェことは考えるなよ」
 少女は少しの躊躇いの後、こくりと頷いた。
「あ……、外套、返して……」
 おずおずと伸ばされた手に取り上げていた外套を渡してやると、少女はそれを身に着けフードを深く被った。姿を隠すのは、一目でそれとわかってしまうからだろう。
「お前、名前はあるのか?」
「! はい。キサラギ・イオリといいます」
「そうか。おれはトラファルガー・ローだ、好きに呼べばいい」
「……ローさん」
 確かめるように呟くイオリを尻目に、ローは道の隅に置いた荷物を拾い、鞄だけを自分の手元に残して先程買った肉や飲み物の包まれた布をイオリの手に持たせる。
「ヴァンパイアは力が強ェんだろう? 荷物持ちぐらいできるよな」
「はい」
 イオリは荷物を至極大切そうに抱え、小さく頷いた。
 肉が傷む前に帰ってしまおうと、ローは帰路を再び歩き出す。イオリは小走りにその後を追ってきた。
「他には何ができる?」
「悪魔や怪物とも戦えます。家事も一通りはできます」
「……そうか」
 ちょうどいい小間使いになるかもしれない。ローはそんなことを思いながら、これからどう扱き使ってやろうかと本来強靭な肉体を持っているヴァンパイアを小指の爪の先程も脅威とみなさない思考をしていた。
(……不思議な人だわ)
 一方のイオリは、少し先を歩く脅威であるとみなしたローの顔を見上げ、ただ大人しく後をついて歩いていた。
 彼は自分がヴァンパイアなのだと知っても、ただ最近騒がれている事件の犯人かどうかを疑うだけだった。犯人でないのならそれでいい、そんな思考を感じ取った。いつも私たちを追いかける、白のスータンを着た人間は一目見ただけで襲い掛かってくるというのに。
 どうやらヴァンパイアがこの地域で人殺しをすることを危惧しているようだし、その解決に貢献すれば信用してもらえるかもしれない。ヴァンパイアが必ずしも人に害を成したいわけではないことを、理解してもらえるかもしれない。
 預けられた荷物を抱え直しながら、イオリはしばらくこの街に滞在していようと決めた。
 ローがイオリを連れて帰宅すると、ネリアとアベルはまず突然現れたイオリに興味を持った。
 イオリはどこか人間というものを恐れているところがあるらしく、子ども相手だというのにローの背に隠れてしまう。これがすべてのヴァンパイアに共通することだというのなら、ヴァンパイアが人を襲う事件が稀であることは不思議でもなんでもない。人を恐れて、人に近づかないというだけ。
 やはり直接当人から聞くのが一番だと。ローは自身の判断が間違いでなかったことを確信すると、子どもたちとイオリとの間で板挟みになったこの状況をどうにかしようと口を開いた。
「コイツはイオリ、ヴァンパイアだ。しばらく飼うことにした」
 背に隠れたイオリを引っ張り、ネリアたちの前に立たせて、フードを脱がせる。イオリは外套の襟を握り首を竦めて口元を埋め、赤い舌と犬歯を隠した。
「あら、本当。話に聞くヴァンパイアの特徴にぴったり当てはまるわね」
 ネリアはからりと笑い、イオリへ向けてよろしくね、と笑いかけた。
「わたしはこの街の地主の娘、ネリアよ。この子は弟のアベル。よくここへ手伝いに来ているわ」
「地主……?」
 それでは今目の前にいるこの子たちは、白い聖職者たちの息のかかった人……? イオリは流麗な所作で自分と弟を紹介したネリアと、ネリアの横でにこにこと笑うアベルを順に見、外套を握る手に力を込めた。
 そんなイオリを見て、ネリアは安心させるように柔らかく笑う。
「安心して、イオリさん。この街には過激派の人はいないわ」
「……本当に?」
「えぇ。あなたを連れてきた人がこの教会の敷地に我が物顔でいるのが一番の証明になると思うわ」
 いたずらっぽく笑んだネリアを、ローは片頬をひくりと震わせ睨みつけた。
「ネリア、テメェ……」
「さて、わたしたちは掃除を終えたけど……。もう帰った方がいいかしら?」
 しかし、そのローの性格をわかりきって受け流してしまうのがネリアである。ローは溜め息を吐き、スータンを脱いでワイシャツ姿になりながら首を振った。
「いや、昼飯ぐらい振る舞ってやる。食ってけ」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」
 ローがイオリに預けていた荷物を受け取り、太刀を部屋の隅に立てかけキッチンへと行ってしまうと、リビングにはネリアとアベル、そしてこの場を離れてしまったローを引き留めようと中途半端に手を伸ばすも、何を言ったらいいかわからずに宙ぶらりんの状態にしてしまったイオリが残った。
「とりあえず、その外套は脱いでしまった方がいいわ。重たいでしょう」
「いえ……、でも」
 肌の色だけでも十分にそれとわかってしまうのに、加えて色づいて目立つ口元や鋭い犬歯を見せるわけにはいかない。イオリの中に残った警戒心が、それだけはいけないと警鐘を鳴らす。
 しかしネリアはそんなイオリの不安げな表情に気がつかない振りをして、背伸びをしてイオリの手首をそっと柔らかい手で包み、外套を握る手を外させた。
「あ……」
「大丈夫よ。ローさんがいるんだから、わたしたちはあなたを怖がらない。むやみに人を噛むわけではないのでしょう?」
 イオリは唇を引き結んだまま、こくりと頷いた。
「ヴァンパイアが人を襲うことが珍しいのは、あなたたちが人を恐れているからなのね?」
「……はい。それについても、きちんと話します」
 ヴァンパイアが人間と同じように食事をするのだと聞いた三人はたいそう驚いたが、食事を終え紅茶を飲みながら、イオリはそのことも含めローたちが聞きたがったことを丁寧に説明した。
 元々ヴァンパイアは、満月の夜にコウモリの姿になったヴァンパイアに血を吸われた人間がなったモノ。ヴァンパイアに血を吸われたものすべてがそうなってしまうわけではない。一人目こそどうやって生まれたのかはわからないが、人だった時の記憶もあるイオリには、その説明さえあればあとは人でなくなったという事実を受け入れることだけが必要だった。
 ヴァンパイアとなってしまったイオリを拾い、ヴァンパイアとしての常識、生き方、その他諸々を教えてくれたヴァンパイアとしての育ての親――というよりは兄のような存在もいる。その彼やイオリを含めたヴァンパイアの大半は、ただ楽しく暮らしたいだけだった。人であったことがあるから、当然人ならざるモノを忌み嫌っていた人間の性も知っている。しかし自分が異形の者となってしまえば、その性は恐ろしいものでしかない。コウモリとしての本能が血を欲しはするものの、強靭な肉体など得て人を超えたものになってしまってはいるものの、価値観は人間のままだった。だから、人から恐れられ、迫害されるような理由を同胞につくって欲しくない。
 稀に起こるヴァンパイアによる殺人事件がいつの間にか解決しているのも、そんなヴァンパイアが人知れずその犯人を殺害しているためだった。北の街からの報告が下りてくれば、自分が犯人を仕留めたこともわかるだろう――と、イオリは自分が犯人にどのような傷を負わせたのかを、覚えている限りで細かく説明し、締めくくった。
「……なるほどな。今まで起きた事件の不可思議な点がすべて鮮明になった……。だが、今回五人も死んだのはどういうことだ」
「犯人が食いしん坊だった、それだけのことです」
 けろりとして言い放ったイオリに、ローとネリアは拍子抜けしたような思いがして小さく溜め息を吐いた。
「消化の仕方こそ違えど、結局一度は胃袋に収まるんですよ。だから普段の食事が少食なヴァンパイアなら、人間の致死量を飲み切る前に満足してしまいます。人から血をもらう代わりに何かを返して、良好な関係をつくっているヴァンパイアも少なからずいますし……。私たちヴァンパイアが人に害を成す生き物なのではなく、人間と同じように個体によって行動が違うのだということをわかって欲しいです」
 人間と、同じだ。ひとつの組織についたイメージは、その組織に所属する人間にもついて回る……。その括りが、種族というとても大きなものになっているだけ。
 どうせこれから一緒に生活をしていくことになるのなら、せめて今このテーブルを囲んでいる人にだけでも、理解してほしかった。
「……お前は嘘をついてねェ。それはわかる。……が、監視を外すワケにはいかねェ。報告が政府に行って広まるまでに何日もかかるから、近辺を白いヤツが調べ回るかもしれねェ。そうなれば犯人と決めつけられて狩られるのはお前だ、イオリ」
 北の街の人間が真犯人の死体を回収しているとすれば、おそらく人のいる街にいる生きているヴァンパイアはイオリだけということになるだろう。ヴァンパイアが犯人であるということが確実なこの状況で、隣の街にヴァンパイアがいれば間違いなく疑う暇もなく犯人にされる。
 イオリは自身が苦手とする白の聖職者の衣装を思い浮かべ、ティーカップの中で揺らめく茶色の水面に視線を落とした。
「あなたの監視も必要だけど、あなたを守ることが重要なんですって」
 ネリアがにまにまと笑いながらローの本心を代弁したが、ローは否定することもせず息を吐いた。
「このカトライヤの街もね、結構頻繁に悪魔や怪物に悩まされるのよ。もしあなたが人間の敵でないのなら、ローさんを手伝ってあげて。政府に関しては心配しなくていいわ。ローさんも仲は良くないし、わたしもお父さまも情報の入手元程度にしか思っていないわ」
 中々聖職者を配置してくれない政府より、文句を言いつつも結局は面倒見のいい性格から助けてくれるローの方がいい。そのローがイオリを脅威でないとして飼っておくというのなら、ネリアも別に反対しようとは思わなかった。
「はい……、協力はさせていただきます。ネリアさんとアベルくんのことも、信じます」
 望んでいた言葉を引き出すことができたネリアと、話はよく理解できていないながらもイオリとの心の距離が近づいたことだけは分かったアベルはにこりと笑み、机の上で重ねられたイオリの手にそっと触れた。
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