don't overstep ban line

「……イオリ、これはおれの勝ちだな」
「?」
 おれとイオリだけが初めの方は運、あとからは記憶力によって、一度も外さずに順番を回していた。しかし、カードの数には限りがある。同じ回数順番が回ってきていて、あと五組でおれが外さずに回しさえすれば、勝ちは決まりだ。イオリにはそれがわからないようだが。もちろん、おれは今ある10枚すべての数字を記憶している。イオリもそうなのだろうが、テーブルに残ったカードの数はどうすることもできない。
 どうせすぐにわかるだろうと、三組すべて合わせて手元に置く。イオリも残りの四枚をなんてことのないように組み合わせ、数がわかるとそういうことか、とひとり納得していた。
「僅差で船長さんが一位、ベポくんが最下位ね」
「うー、くやしい!」
「船長さん、罰ゲームで最下位に命令って決めてるんだけど……、何かする?」
 ネリアはシャチが最下位になると考えていた……というよりはそういう策を立てようと思っていたのだろうが、神経衰弱ではそれも働かなかったのだろう。
「ベポは厨房に入れたらまずいな。……というわけだ、シャチ。お前が酒とジュースを用意してこい」
「やっぱりそうなりますよね!! アイアイ、キャプテン!」
 厨房に行ったシャチの代わりに揃えられたカードを集め、よく切る。
「で、次は何をするんだ?」
「そうね、船長さんも来たことだし、大富豪でもやりましょうか」
「また細かいルールの多いのを……」
 シャチが飲み物を用意して戻ってきたので、カードを配った。
「……で、革命は?」
「んー、アリで!」
 ばらけたカードを弱い順に並べ直してやりながら、ルールを決める。
「階段(シークエンス)……は、ナシだな。イオリには難しいだろ」
「そうね。8切りと2回しばりと都落ちぐらいがいいかしら。イオリさん、ルールはわかる?」
「それぐらいなら……。8を出したら場を流して同じ人が出す、2回同じマークが出たらそれじゃないとだめ……と、二戦目以降の大富豪は一位になれなければ強制的に大貧民、ですよね」
「大丈夫みたいね。じゃあ、それ以外の追加ルールはナシね」
「五戦でいいですかね?」
「妥当な回数だな。最後の階級で決めればいい。シャチはあとでダウトをやりてェんだろ」
 おれの言葉に、シャチは大きく頷いた。
「リベンジしてやりますよ! イオリにも!」
「お前……ババ抜きで負けたのか」
「なんかコツがあるらしいんですよ! ネリアも昨日それ使ったって!」
 悔しそうに言うシャチの言葉に、ふと合点がいった。ネリアにもイオリにもオーラが見えているのだ。オーラは隠すことがなければ持ち主の精神状態も反映する。二人はシャチの焦りをオーラから読み取って、引くカードやダウトを宣言するタイミングを選んでいたのだろう。
「あァ、なるほどな。イオリとネリアしか使えねェんだな?」
「船長も知ってるんですか!?」
「まァな。おれにも使えねェから、詳しくは知らねェ。で、ダイヤの3は誰が持ってる? イオリの手元にはねェ」
 これ以上追及させることもないと思い、ゲームに話を戻す。親は誰なのかと訊けば、ベポが声を上げた。
「あ、おれだー」
「じゃあ、ベポくんからね」
 ベポは弱いカードを初めに捨てたが、ネリアは強いカードを先に出して場を流し、弱いカードを捨てるという手をとってきた。運もあるのだろうが、やはり頭が回るらしい。続くシャチもベポ同様に弱いカードを捨てる。イオリはどうだろうかと見ていると、シャチが捨てた弱いカードを見て、手札に8が多いのをいいことに8切りを利用して弱いカードを捨てた。記憶力は活かしているようで、最初の数回で出されたカードから革命の可能性も少ないと踏んでのことだろう。
「ネリアもイオリもめちゃくちゃ真剣じゃん! イオリは予想外に頭回ってるし!」
 ベポもシャチも革命を警戒して7から上ぐらいのカードを選び捨てるが、ネリアとイオリは革命の可能性が低いとわかっているためか遠慮なく弱いものから捨てていく。
「……待てイオリ、しばりだ。出すならこっちだ」
「あ……、はい」
 しかし策を練ることはできるが、それにいっぱいいっぱいで選択制のルールによる切り替えが曖昧なようだ。手札がばれる前にと注意し、代わりに出す札を提案してやる。
 一戦目は結局、革命を警戒したベポとシャチが最下位争いをすることになり、ネリアが悠々と大富豪に、イオリが富豪になった。
「あーあ、都落ちが怖いわね……。まだ取り返せるからいいけど」
 勝ち点で決めるわけではないため、ネリアはそう言いながらも余裕の表情だ。
 シャチとベポはと言えば弱いカードの出し合いになり、ベポが大貧民になっていた。
 二、三戦目までは好きなように勝ちにいっていたが、ネリアとイオリは四戦目で敢えて負ける手を取り始める。
「女二人はえげつねェな……」
「あら、そう?」
 にんまりと笑むネリアと、ただきょとんと首を傾げるイオリ。順番が回ってきていたイオリは、やりたいことと今のルールに適う出し方が噛み合わないのか悩む表情を見せている。
「えっと……、これ?」
「いや、お前がやりてェことにはこっちの方がいい」
「なるほど……」
「イオリに船長のアドバイスって、完全に鬼に金棒持たせてんじゃないですか! あとおれ二人の狙いがわかった!」
「あら、ばれちゃったのね」
 別にばれてもいいところまで来ているのか、にこにこと笑い返すネリア。二人とも最後に最下位さえ免れればいいと考えているため、この四戦目で大富豪になることだけは避けたいのだ。大富豪になれば都落ちの危険が出てくる。自分以外をこの勝負で大富豪にし、その危険を減らしておこうという魂胆だ。
「えー、おれわかんないよ……」
「とりあえず、大富豪にならないようにするといいです」
 アドバイスの通りにカードを出したイオリの次に、ベポがイオリの言葉で悩みながらも勝ちにくいようにと頭を回し始める。
「やべェ、おれ勝ちそうだ……」
「気づくのが遅かったわね、シャチさん」
 イオリも焦ることなく富豪に落ち着き、五戦目を控えて貧民となったベポから強いカードを一枚もらって、不要と見たカードを渡していた。
 五戦目はネリアがイオリが真っ先に上がれるようにとサポートに回り始めた。
「イオリ、お前今回は何が何でも勝ちにいけよ」
「え?」
「やっぱりおれの都落ち狙いかよ!!」
「あ、……わかりました」
 イオリはシャチの言葉でネリアの取っている策とおれの言葉の意味がわかったようで、革命にも備えながらカードを捨てていく。敵に塩を送ってしまったとわかったらしいシャチがやってしまった、と頭を抱えるのを尻目に、ベポもネリアもそれぞれ順番を回した。
 結果、大富豪はイオリ、大貧民はシャチ。予想通りの結果だったな、と思う。
「あー……、くそ、イオリにぐらいは勝てると思ってたのに……」
 シャチは酒を大きく呷り、項垂れる。ネリアはそんなシャチを見て苦笑した。
「シャチさん、イオリさんを過小評価しすぎよ……」
「しかし、お前はどこでいろいろ覚えてきたんだ」
「え? えっと……、私の師匠とか、誰かは覚えていないのですが、そういうゲームで賭け事をするのが好きな人たちがいて……いろいろ教えてくださったので知識として身についたというか」
 イオリの一言で、すぐに旅団のことを言っているのだと気がつく。知識は残るが、記憶は消される。その言葉の意味がわかり、イオリの腑に落ちないと言いたげな表情にこれ以上の話は危険だと判断した。
「で、お前は何かシャチに要求は?」
「え!? えーっと……、何も考えていませんでした……」
 ジュースを一口飲み、悶々と悩み始めるイオリ。
「悩むぐらいならやんなくてもいいだろ……」
 先程までのえげつない手口を見せられ何を言われるかとびくびくするシャチに反し、あっと顔を上げたイオリが要求したのは些細な"お願い"だった。
「頭、撫でてほしいですっ」
 シャチはイオリの言葉に一瞬きょとんとした後吹き出し、笑いながら席を立ってイオリの傍にきた。
「ぐしゃってしないでくださいね」
「わかってるって」
 猫かなにかでも愛でるかのように撫でるシャチの手を、イオリは嬉しそうに受け入れる。
「しっかし、悩んだ末の命令がこれかー。イオリは優しいな。これがネリアだったらどんな命令されてたか……!」
「そうね、次にわたしが勝ったら全力のイオリさんと腕相撲をしてもらおうかしら」
「すいませんネリアさん、おれが調子に乗りました!!」
 けらけらと笑うネリアを、ベポが"やりすぎだよ"と苦笑混じりに窘める。
「完全にネリアの尻に敷かれてんじゃねェか……。情けねェ」
「うっ! 船長、痛いとこ突かないでください!」
 頬を緩めシャチの手に甘んじるイオリを見るのがあまり面白くなく、酒を一口飲み次を催促した。
「イオリ、もういいだろ。シャチのリベンジ返り討ちにして寝るぞ」
「返り討ちが前提! おれ泣きそう!」
 このところシャチにたくさんからかわれていたイオリはそんなシャチを気にすることもなく、くん、とおれの服の袖を摘まんで引っ張った。
「あの、ダウトならローさんもやりませんか? ずっと私のサポートなんて面白くないでしょうし……」
 しゅん、と申し訳なさそうに俯くイオリ。別に気にしてもいなかったのだが、イオリ自身は気にしてしまっているのだろう。
「大丈夫か?」
「JからKの見分けもつきます、大丈夫です」
「なら、おれもやるとするか」
 シャチにカードを配らせ、手元の札を見る。数字が変に偏っているということもなく、やりにくい手札ではなかった。しかしシャチとベポはともかく、トランプゲームにやたら強い女二人に勝つのは厳しそうだ。おれもポーカーフェイスは苦手ではないが、オーラに現れる動揺まで隠せるかどうかはわからない。
「ルールは?」
「出すのは一枚きりにしましょ」
「うん、それでいいよー」
 じゃんけんで勝ったやつから、順に札を出していくことになった。
「あら、わたしからね。はい、1」
 ネリアから始まり、数字を宣言しながら重ねていく。一通り順番が回れば、ネリアとイオリがどう感情を隠しているのかもわかった。ネリアは常に笑みを浮かべ、イオリは普段通りのぽけっとした表情でカードを出していく。笑みならまだ動揺も現れそうなものだが、イオリは普段通りなため殊更わかりにくい。
 カードが溜まると、ネリアがさっそくシャチに対してダウトを宣言した。
「だーっ、やっぱりおれを狙ってきた!」
「シャチさんが一番わかりやすいんだもの。誰かが上がった時にカードが一番多くなければいいんだもの、これでいいのよ」
「他の人のあがり阻止しようぜ!?」
 シャチとネリアの言い合いを余所に、おれを含めた残りの三人が数字を宣言しながら淡々とカードを出していく。ネリアもシャチをからかいながらしっかりカードを出す。シャチは手札が多ければダウトを宣言された方が有利になるため、疑わしく思っても黙っておいた。
 順番を回し、運任せのダウトの宣言などで全員が時折場のカードを引き受けながら進めていたが、いよいよおれのあがりが近くなってくるとネリアとイオリがじっとおれのことを見てくるようになった。
 手元に宣言する数字のカードがないな、と思いつつ、適当なカードを置く。
「ダウト」
「チッ……」
 やはりイオリ相手にごまかすことはできなかったか。やはり今手札の多いシャチに押しつけるのが良さそうだ。ベポはずっと可もなく不可もなくという成績だが、それなりに楽しめているようだからいいだろう。あえて負かす必要もない。
「イオリさん、すごいわね。わたしにもわからなかったのに……」
「確かに、ローさんの嘘を見破るのは難しいです……」
「おれらは簡単とか難しいとかそういう次元にすら達してねェんだけど」
「だな……」
 あがりの阻止のために宣言されたため、それほど手札も増えない。しかししばらくは宣言に警戒せずともいい。
「でも全員イオリさんのあがり阻止は運任せよね。わたしにもわからないし……」
「いつもは結構わかりやすいんだけどなァ……」
「だって、普段は隠す必要もないですから。……5」
 さらりと発されたイオリの言葉に、ベポもシャチも嬉しそうに笑んだ。弱点を晒せば命取りになる環境にいたイオリが、普段はそれを見せてくれていたということだからだ。
 結局嘘をつくのも見破るのも巧いイオリが一番に上がった。次いで手札が少なかったのはおれで、ネリア、ベポと続き、シャチが最下位。順番が回ってくるのがネリアの次だったということがシャチの一番の不幸だな、と思う。
 イオリが小さく欠伸を漏らしたので、これでお開きになった。
「で、最後は何の命令だ? イオリなら無茶言わないから安心できるけど」
「んー……」
 眠気が強くなったのか、思考もままならなくなってきたようだ。
「お片づけ、お願いしても……?」
「あァ、昨日のネリアに比べてもうイオリが天使に見えてきた……。わかった、全部ちゃんと片づけとくな!」
 イオリが寝るのならおれも一緒に部屋に戻るかと考え、グラスを空けて、ネリアがシャチに買ってこさせた酒の残りが入ったビンををシャチに渡す。
「え、いいんですか船長?」
「元々お前の小遣いで買った酒だろ。おれはもういい、あとは好きに処分しろ」
「船長ー!! ありがとうございます!」
 ハートマークでも語尾についていそうな声を出すシャチを尻目に、眠さにぐらぐらと揺れるイオリの体を受け止める。
 イオリの膝の裏に手を回し片腕で抱きかかえ、太刀を担いだ。
「明日はイオリが起きて朝食を食ったら船に戻るからな」
「アイアーイ!」
「わかったわ」
「おれは寝る。シャチ、罰ゲームはしっかりやっとけよ」
「大丈夫です! 喜んでやります!」
 イオリの"お願い"とおれが渡した酒の効果は絶大だったようだ。
 食堂をあとにして部屋まで向かっていると、揺れが気になったのかイオリがこてんとおれの肩に頭を預け服を摘まんできた。
「起きてんのか?」
「はい……。あの、ローさん、不機嫌でした……?」
「いつのことだ?」
「大富豪した後……です」
 あぁ、あの時か。罰ゲームと称したイオリの小さな"お願い"の時のことだろう。
「まァ……そうだったかもしれねェな」
「どうして……?」
 自分に粗相があったとでも思っているのだろう、その声は眠気でとろんとしているが不安げだ。
 理由に心当たりはある。あの可愛がるような手つきで頭を撫でてやるのは、おれだけでいい。そう思ってしまっているのだ。だからそんな特権が取られたような気がして、小さな独占欲が先走って、先を催促した。イオリはきっとその時もオーラを気にしていたのだ、揺らぎに気がついたのだろう。
「お前が悪いワケじゃねェよ」
「本当に……?」
「あァ」
 部屋に着き、太刀をベッドの傍の壁に立てかけ、イオリをベッドに下ろす。腹を冷やさないように布団をかけ、いつものようにイオリを抱き枕にして髪を撫でてやると、眠気であまり気にならないのか遠慮なく甘えるように擦り寄ってきた。この時間が、嫌いじゃない。
「ほら、もう寝ろ……」
「……はい」
 自覚は、している。これほどまでに甘やかす理由が、単に女だから、カデットに言われたからというようなものではないことを。
 だが、これ以上踏み込むわけにはいかない。クルーを縛っていながら、縛られるのが嫌いで比較的自由に振る舞っているおれだが、これ以上はだめだということぐらいわかっている。
 明確に自分の中で言葉にして自覚してしまえば、おれはそれを行動で表したくなるだろう。だから、気づかない振りをする。おれの中で、言葉にしない。
 "不安定なイオリから目を離さないため"という建前は、いつまで使えるだろうか。"使えるようになる"ことを前提に船に乗せたというのに、それを望まない自分が心のどこかにいることが、少し腹立たしかった。
 だがおれの傍で安心しきって眠るイオリに触れるだけで、その苛立ちも融けるのだ。
 酒が入ったこともあり、横になって落ち着くと瞼が重くなる。イオリを抱く腕の力を僅かに強くし、ゆっくりと目を閉じた。
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