fortune encounter

「うーん……、"記録(ログ)"が貯まるのに必要な時間っていうのはわかりませんね……。そもそも人がいないんで」
「だな……。おれは島の中を見て回るが……、おまえらも船番と掃除立てて好きにしていいぞ」
「わかりました」

 "偉大なる航路(グランドライン)"に入って早々、呑気なもんだと思う。しかし人の居ない長閑な無人島に着いてしまったのでは、緊張感も薄れるというもので。ペンギンを通じて警戒はするようクルーに言っておいたが、あまり意味を成さないだろう。
 かなり大きな島のようだから、中心部に人でも居ればいいが。そう思いつつ、愛用の太刀を抱えて船を降りた。
 当てもなく歩いていると、ぽつりぽつりと青い草の上に赤い液体が落ちているのが見え出す。

「……?」

 屈んでそれをよく見てみれば、やはり見慣れたもので。
 人間か、動物か。できれば前者が良い、と思いながら、点々と続くそれを追うことにした。
 血の痕を辿っていると、次第にそれが人の足の形をとってくる。どうやら裸足でここを歩き、足を傷つけてしまったらしい。林に入れば枝も落ちており、危険なはずなのだが。遭難者だろうか、と考えつつ、辿り続ける。しばらく歩くと、木造の一軒家のある拓けた場所にぶつかった。
 人が住んでるかどうかという判断に迷う雰囲気の家だ。
 誰か住んでいれば"記録(ログ)"について聞けるかも知れないし、遭難者なら電伝虫の一つぐらい貸してやってもいい。誰もいなければ引き返せばいいだけだ。
 いきなり襲い掛かられるかもしれないことだけに警戒して、ゆっくりと家の玄関の扉を開けた。

「……?」

 どうやら、人はいるようだ。落ち着きのあるインテリア。ダイニングテーブルの上に置かれた、水の入った洗面器と書き置き。
 周囲に注意を払いつつ、テーブルに近づいて書き置きを手に取る。読めない文字らしきもののうえにぐちゃぐちゃと線が引っ張られていて、そのあとに動物にナイフを突き刺す人間という、らくがき同然の絵が描いてあった。文章を間違えたのか、それとも文字の読めない誰かのために伝達方法を変えたのか。おそらく後者だろうが、何にせよ、ここに少なくとも二人は人がいることがわかった。洗面器に入った水には埃も浮かんでおらず、触れるとそれはまだ冷たい。つまり、出て行って間もないはずだ。

「どうするか……」

 カシャン、不意に耳に入った鉄のぶつかる音。

「誰だ!?」

 音が聞こえてきたのはテラスの方。鋭い声を向けると、少ししてそろ、と女が顔を覗かせた。

「どちらさまでしょうか……?」

 首にタオルをかけて、手にも濡れたタオルを持っている。目が腫れぼったいところから察するに、泣いていたのだろう。

「ついさっきこの島に着いた、海賊だ。お前はここの住人か?」
「いえ、私も少し前にここに連れてこられたばかり、ですけど……。あ……海賊、もしかして、ろぐ、ですか?」

 おろおろとしながら返答する女は、"海賊"という単語に反応を示し、そしておれが一番知りたい情報に関わる単語を言った。

「! ……あァ、どれくらいで貯まるのか知ってるか?」
「1ヶ月、です」
「な……、そんなにかかるのか」

 そういう島もあるのは知っていたが、如何せんここはほぼ無人島だ。ここで1ヶ月も過ごし、それからまた次の島まで航海するなど厳しいにもほどがある。
 どうすべきか、と考えていると、女がでも、と口を開いた。

「二週間に一度、商船がここに来るんです。海賊相手に商売するって、言ってました」
「そうか……。最後に来たのはいつだ?」

 女は眉を八の字にして、申し訳なさそうに答える。

「すみません……、それはカデットさんが帰ってこないと……」
「……そうか。とりあえず入ってきたらどうだ? 別に何もしねェよ」
「いえ……」

 困ったように視線を逸らし、俯かれてしまった。
 どうしたものかと次の行動を迷い始めたとき、盛大な音を立てて扉が開いた。

「イオリ! 大丈夫か!? 何もされてねぇか!?」

 焦った表情で入ってきた男。こいつがカデットか、と思うのと同時、あまりの気迫に一瞬言葉を失う。

「いや、海岸に黄色い潜水艦がいてな? 船長がこっち向かったっつーから"記録(ログ)"と商船のことだけ伝えて慌てて戻ってきたんだが……、あんたがその船長だな」

 イオリと呼ばれた女に向けていた視線が一転、おれに向くと途端に冷たいものになった。

「危害を加えるつもりはねェよ。今も"記録(ログ)"について聞いてただけだ」
「本当か? イオリ」
「はい、本当です」

 それを聞いた男は、額を押さえてはぁぁ、と大きな溜め息を吐く。

「あー、良かった……、これで何かあったら報酬ゼロどころかぶっ殺されんだもんな多分……」
「カデットさん、あの、この人が最後に商船が来たのはいつか知りたいって……」
「ん? あぁ、次に来るのは明後日だ。この島にはおれたち以外いないから、探索するなり食料獲るなり好きにしていいぜ。あんたの仲間にも伝えてある」
「あァ、わかった。で、お前はいつまでそこにいるつもりだ?」

 テラスから顔だけ出してこちらを見ている女に問いかけると、また視線を逸らされる。なんなんだ、一体。

「いやいやいや、船長さんこそまだここに居座る気なのか? 用事が済んだんなら出てってほしいんだが」
「おれに命令するんじゃねェよ。……"ROOM"」
「やっべ怒らせた! 意外と短気だった! イオリヘルプ! オレ今制約であんまり戦えない!」
「えっ!?」

 別に死ぬわけじゃなし、ここにいることを認めさせるには実力をわからせるのが一番いい。
 円(サークル)を広げて、太刀を抜き放ちそのまま振るう。範囲は部屋の中に留めたので、建物が斬れることはない。

「伏せてっ!」

 太刀筋に入るとまずいことがわかったのか、女はすぐにそう叫んだ。男もすぐに反応し、素早く伏せる。
 後ろから蹴りを放ってくる女の足を鞘で受け止める。キィン、と人の肌とぶつかったのでは出るはずもない音。一瞬遅れて、女の足首にある足枷とそれを結ぶ鎖を認識する。その意味を考えるより先に、すぐさま能力で斬ろうとしたが、驚くべき反応の良さでおれの腕を支えにして避けられた。

「……チッ」
「!」

 男の方に目を向けたのは一瞬だった。しかしそれに目敏く気がついた女は即座に男の元へ飛び退る。
 踏み台にされてふらつく体にも構わずに太刀を振るうと、目を眇めた後、太刀筋に腕を合わせた。

「!?」

 能力が効かなかった。
 おれが外したのかと一瞬思ったが、それはない。
 女は後ろ手に男を庇ったまま、ワンピースの裾に手を入れ太腿に締めたベルトからナイフを抜き取り投げてきた。顔すれすれに猛スピードで飛んでくるそれをシャンブルズでかわす暇さえなく避けるのに気を取られてしまい、一気に距離を詰めてきた女に対する反応が遅れてしまった。

「っぐ……!」

 首を捕まれ、細い指先からは想像できない力で締め上げられる。苦し紛れに太刀を振るったが、手刀で叩き落とされた。
 おれより遥かに背の低い女を見下ろすと、感情を灯さない冷たい目と視線がかち合う。ぞくり、背筋が凍るような感覚がした。

「……武器を収めていただけますか?」

 問う形にはしているが、これは明らかな命令。断れば、この細い指が遠慮なくおれの首に食い込むだろう。この力なら、皮膚を突き破って殺すことだって詮無いことかもしれない。
 歯噛みしながら、太刀の鞘を掴んでいた手を離す。がたん、と重厚な音が部屋に響いた。

「カデットさん、怪我は?」
「あぁ、平気だ。悪いな」
「いえ」

 簡潔に答えると、女はすぐにおれの首から手を離した。そのままおれの横を通り過ぎ、壁に突き刺さったナイフを引き抜く。背を向けられてはいるが、しかしもう攻撃しようなどとは思えない。手首も痺れているし、指の食い込んだ首が痛い。

「早まっちまったな、船長さん? イオリもあんたに殺す気がなかったから手加減したけど、次はこうはいかないぜ?」
「……チッ」

 実力差を、ほんの数回のやりとりで理解させられてしまった。
 己の機嫌が急降下するのを自覚しながら、取り落とした太刀と自ら手放した鞘を拾い、納める。

「イオリ、お疲れさん。もういいぜ」
「……はい」

 ふわり、と冷たくなっていた空気が和らいだ。女は多分、背を向けている間も殺気だけはこちらに送っていた。

「まぁ、別に部屋もあるんで居ても問題はないんだけどな。イオリの足のこともばれちまったし……」

 がしがしと後頭部を掻きながら、男は女の足に目を遣る。

「奴隷、か?」
「あぁ。もう違うけどな。……イオリ、ほら目ぇ冷やせ」

 男は女が落としたと思われるタオルを拾い、一度すすいで絞り、手渡す。
 タオルを受け取って目に押し当てるも、どうやら涙は止まらないようで困ったような顔をした。つい先程までは人との会話や、戦闘があったから止まっていただけなのだろう。

「……精神的なもんか?」
「! あぁ……、こればかりは決めること決めないとどうにもできねぇからな……。イオリ、ほらそこ座ってろ。で、船長さんはこっち。部屋用意するからついてきてくれ」
「あァ」

 部屋を出る間際に女を振り返ると、ぼんやりと宙を見つめて何か考えているようだった。


「……あいつ、大丈夫なのか?」
「ん? 何が?」

 部屋まで案内される途中、追っている背中に向けて問いを投げかける。

「この世の終わりみてェな顔してんだろ」

 振り返って苦笑いを浮かべ、頭を振られる。

「あー……、大丈夫。死ぬなって命令してあるから死なねぇよ」
「奴隷じゃねェっつった割には、とんでもねェこと言うな」
「オレの仕事はあいつを死なせねぇことだからな。それまでは使えるもんは使っておく。……さて、しばらくは一つ屋根の下ってわけだ、自己紹介してもいいか?」
「あァ」
「オレはリンク・カデット。あいつはキサラギ・イオリな。今は一応……、イオリの保護者、ってのが一番正しいか」

 少し迷ったような物言いに内心首を傾げつつも、先程から二人とも事情を曖昧に告げてくるところからして、触れないほうがいいのだろうと考える。

「カデットと、イオリか。おれはトラファルガー・ローだ」
「ローでいいか?」
「好きにしろ」
「おう。あ、ここでいいか? 裏口近いし」
「あァ」

 鍵なくて悪いな、という言葉とともに、カデットが部屋の扉を開ける。二人しか居らず、使っていない割に部屋はかなり綺麗だ。

「イオリ連れてくることになって、張り切って掃除したから綺麗なはずだぜ」
「張り切ったって……。この家全部やったのか?」
「あぁ!」

 いい笑顔で答えられ、結局無駄になるんじゃねェか、などとはとても言えなかった。

「それにしても、この世の終わり、ねぇ……。あながち間違っちゃいないけどな」

 どことなくイオリのいる方向に目を遣り、苦笑するカデット。

「事情、聞いてもいいか?」
「ん? あぁ、まぁ……。あいつが奴隷だったっていうのはわかったんだよな。……その主人にさ、頼まれたんだよ。自分はもう終わりだから、あいつだけでも逃がしてやってくれって。立場の上では"主人"と"奴隷"だったが、それもまぁ成り行きでだった。だから、互いに大事にしてたんだよ」
「……それであいつは涙腺が緩みきったままになってんのか」

 おそらく、唐突に別れさせられたんだろう。主人が黙ってカデットに依頼をし、何も知らないまま連れて来られた、そんなところだろうか。

「そういうこと。そんで、今はイオリの身の振り方を決めるために一時的にここに居るってわけ」
「なるほどな……。お前が引き取るんじゃねェのか?」
「オレのこの行動は全部ビジネス、金のためさ。一生あいつを連れ歩くのは無理。まぁでも、結構情も湧いてきたし、きちんと面倒は見てやるつもりだ。それが終わったら、オレは戻って報酬をもらう」

 そのときには、イオリは完全に誰かに預けられているのだと、言葉の裏にある真意は容易くわかった。カデット自身が、察しやすいような話し方をした。

「まぁ、あいつも今まで雁字搦めの生活で、どうしたらいいかわからないだろうしな。のんびりいくさ。……あぁそうだ、ロー」
「なんだ?」

 口元は笑っているが、どこか瞳には真剣さを映したまま、こちらを見られる。

「ここにいるんなら、イオリの様子に気をつけててくれな」
「…………、」

 面倒くせェ、とも、なんでおれが、とも、返せなかった。
 一度殺されかけておきながら、矛盾したものだと思う。それでもあの暗闇を崖の上から覗きこんでいるような危うい姿に、どこか嫌な予感がしたのは事実だった。
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