my fetters show my hearts

 目を覚ましたら朝。ベッドの上で、いつも通りにローさんの抱き枕にされていた。ベッドに入った覚えも、眠りに落ちた記憶もない。覚えている一番最後の出来事といえば、ローさんに勧められてお酒を飲んだことで、そう、確か"強い"と文句を言って……その後、少量しか注がれていないし、残すのも申し訳ないと思って飲んだのだ。そこからのことを覚えていない。……と、いうことは。
「まさか……」
「ん……どうした」
 私の独り言で起こしてしまったのか、ローさんが掠れた声で訊いてくる。
「あの、ローさん」
 身を起こして、座った状態で寝転がるローさんの顔を見下ろすと、眠気でぼんやりした目に見返された。
「私、昨日……お酒を飲みましたよね」
「? ……あァ」
「途中から記憶がないんですが……、その、何か粗相をしたりはしていませんよね……?」
 恐る恐る尋ねると、ローさんは少し考えた後にやりと口角を上げた。
「別に粗相はなかったが……、随分と甘えてきたなァ」
「うっ……」
「おれに抱きついて、薬品のにおいの方が落ち着くだとか言ってただろ? 覚えてねェのか?」
「す、すみません、まったく……!」
 あまりの恥ずかしさに、両手で顔を覆って俯く。
 しかしその手首を取って、顔を隠す手段を奪われてしまった。あぁ、今、絶対に私の顔は赤い。
 ローさんは身を起こしていて、必死で視線から逃れようとする私の顔を至極愉しそうに見ている。
「ちなみにあれはブランデーだ」
「ど、どうして強くないだとか言ったんですか……!?」
「前に話していたことが気になってな。酔ったらどうなるか見てみたくなった」
「な……っ」
 間違って飲んだ時に迷惑になるだろうと思って言っておいたのに、それがローさんの興味を引いてしまったようだった。
「おれがしたことだ、気にするな」
「恥ずかしいんですよ……!」
「お前の本音も聞けたからな、おれとしては満足できる結果になった」
「!! え、わ、私、何を言って……」
「覚えてないならいい」
 髪を撫でられてその手に甘んじていると、ふ、とローさんが小さく笑う声が聴こえた。またからかっているのだろうかと思い見上げたのだけれど、その顔は予想に反してとても優しいもので。何かを言おうという気も削がれてしまった。
 ローさんはベッドから足を下ろして、ひとつ大きな欠伸をした。
「先に顔洗ってこい。今日明日はきっちり働いてもらうからな」
「は、はい……!」
 昨日は一日寝て過ごしてしまった。最近は午前と午後で大体起きていられる時間が決まってきている、と思っていたのだけれど……。眠る度に少しずつ記憶は戻っているから、それならば起きていられる時間が長くなるはず。
 不思議に思いながら、冷たい水で多少残っていた眠気を飛ばした。
 ローさんと一緒に食堂に行くと、シャチさんとバンダナさんが眠そうな顔で朝食を摂っていた。今日はローさんも私も遅い方だから、他の人はもう朝ご飯を食べて部屋でのんびりしたり、出掛けたりしている頃だろう。シャチさんもバンダナさんもこの時間に食べているのは珍しい。
「あ、船長。おはようございます。イオリもおはよう」
「あァ。どうだった?」
 ローさんが食事の手を止めた二人とよくわからない話を始めたので、会釈をするに留めてその会話を聞きながら、コックさんからトレーに載せられた二人分の食事を受け取る。
「なんとかばれないように見てきましたけど、まずおれらの出航までには間に合わないと思いますよ。地主の方も……、とりあえずくっつければ問題ないことには気がついたみたいですが、船長が細かくしちゃったもんだからなかなか戻せないらしくて、今やっと半分ってとこらしいです」
 なんとなく、話がつかめた。あの地主のお屋敷の様子を見てきたらしい。
「あのガキはどうした?」
「ベポと一緒に寝てますよ。一回起きたんですけど、まだ眠いって言って部屋に引っ込みました」
 シャチさんとバンダナさんと向き合う形で席についていたローさんの前にトレーを置くと、ローさんはシャチさんたちの方に顔を向けながらも自分の目の前に置かれたトレーの横を指先でとんとんと叩いた。
 素直に隣に座ると、何故だかわからないけれど頭を撫でられる。起きた時からからかったり、かと思えば優しくしたり、と私の反応を見て楽しんでいるようだけれど。シャチさんが私を見てなんだかこう、にやにやと笑んでいるし。
「イオリ、顔赤いぞー?」
「い、言わないでください……!」
 指摘されたとおり赤くなっているであろう頬を隠そうと掌を当てる。バンダナさんはそんな私を見て、苦笑しながらシャチさんを窘めた。
「おいシャチ、あんまりからかうなって。船長も、いきなりどうしたんですか」
「ククッ、昨夜、酒を飲ませたらえらく甘えてきたんでな」
「えっ、マジすか! 見たかったなァ」
「うぅ……っ」
 注いでもらった以上飲まなければ失礼だろうか、と思って飲んだ昨夜の自分を恨みたい。
「結局昨日の朝のあれも、おれに匂いがついたのが嫌だったらしい」
「へェ……?」
「シャチさん、どうしてそんなににやにやと……っ。ローさんも言いふらさないでください……!」
 恥ずかしさで泣きそうだ。確かに、ローさんには薬品のにおいが一番強く染みついているし、落ち着くと思っているけれど……。あの時は本当に泣くようなことも思わなかったのだし、そもそもローさんは私が昨日何を言ったのかまったく教えてくれない。
「ま、まァほら、イオリも記憶喪失だっていうんならなんかそういうのが嫌だったとかあったかもしれないし! からかうのやめてやってくださいよ! イオリ泣きそうなんですけど!」
 バンダナさんが焦ったように二人を止めてくれるけれど、二人とも悪い笑みを浮かべるばかりだ。
 私たちで最後だったらしく、給仕も終わって自分の分の食事を持ってきたコックさんが、笑いながらローさんとは反対の私の隣に座った。
「よしよしイオリちゃん、今日の買い出しは何か甘いもの食おうな」
「コックさん……」
「大丈夫だ、別に船長もイオリちゃんに嫌なことされたとは思ってない。ですよね、船長」
「わかってて飲ませたしな。……お前も早く食え。今日はおれが買い出しについて行く」
「お、こりゃァありがてェや! 船長が一緒なら何も怖くねェな!」
 買い出しは私が起きている間に済ませなければならない。昨日すぐに寝てしまったこともあるし、急いだ方が良いのは確実だ。二人にからかわれたことへの恥ずかしさは消えなかったけれど、今の私が唯一できる仕事なのだから、きちんとやらないと。そんな使命感の方が強くて、急いで朝ご飯を食べ終えた。
 シャチさんとバンダナさんはまだ眠いようで、食器をカウンターに戻すと寝るためにお部屋に戻った。
 コックさんが残っている食器を洗って片づけるのを待っていると、ローさんは背凭れに立てかけてあった刀の柄にひっかけていた帽子を手に取り弄び始めた。
「まァ、今日も雑魚の賞金稼ぎ集団ぐれェしか襲ってはこねェだろうな」
「そうですね……。一昨日もローさん本人ではなく部下の私たちに照準を合わせての奇襲でしたし」
 部下の誰かを人質にでもしなければ、ローさんの首を取れない。そんな人たちが直接本人に挑んでくるとは考えにくい。
「その程度の奴らなら余程のバカでもねェ限り行動には出ねェ。新しく上陸した奴がいなければまず平気だろ。襲撃があればお前はコックと荷物を守るのに専念しとけ」
「はい、わかりました」
 仕事の打ち合わせみたいで、少しだけ懐かしい。
「……どうした?」
 少しだけ頬が緩んだのに気づかれてしまった。
「い、いえ! こういうお話するのが、懐かしいと思って」
「あァ、そういうことか。仕事は何をしてたのか思い出せてんのか?」
「……はい」
 私の体は盾にするのにとても便利だから、護衛の依頼が多かった。けれど私の能力自体、戦闘能力そのものを高められるもの。護衛だけではなくて、殺し、盗み、賭け事の対象――……、そんな生活に変わる前の私には考えられなかったことをしてきた。色を売るようなことをせずに済んだことを本当に良かったと思う。……自分を犠牲にする必要を感じなくて、良かったと。
 そのために、随分人の道からは外れてしまった気もするけれど。今はもう善悪になんて捕らわれていなくて、やりたいことをやるだけだ。海賊だって、世間一般には懸賞金を出してでも捕まえたい悪者。けれど私は海賊であるローさんについていくと決めた。たとえローさんたちが一般人から略奪をすると言っても、私は何も感じないだろう。普通の人が思うような、"そこまですることはない"、"一般人に攻撃をすることはおかしい"、そんな思考はない。
「奴隷になる前も、なった後も。護衛、殺し、盗み……、そんな内容ばかりでした。奪うだけのお仕事はとてもわかりやすかったですから」
「傍目に見りゃ、とてもそんなことするような女には見えねェがな」
「ふふ、かもしれませんね。……ローさんたちは、一般人からも略奪はするんですか?」
「いや、滅多にねェな。まァ、こっちに手を出された時の報復ついでに奪うことはあるが。基本的には鉢合わせた海賊、海軍の船から奪う。あとはお前がいたあの島みてェに昔の財宝を見つけたり、だ。今のところそんな目に遭ったことはねェが、食糧も金も手頃な敵もねェ、って状態になった時の最終手段だ、それは。……なんだ、おれたちがそういう人間だったら嫌だったか?」
 淡々と答えたローさんだったけれど、最後の問いかけの時には意地悪く口の端を上げていた。
「まさか。もしそうだったら、仕事だってもっと選んでいたはずです」
「ククッ、そうだな」
 まだわからないけれど、多分、戦いを覚え始めた最初の頃は躊躇もしていただろう。けれど、思い出している範囲でも、私は生きるために仕事をしていて、実際に仕事をしなければ生きていくことはできなかった。得たお金は裏社会での仕事によるものということもあり莫大だったけれど、生活費や仕事での費用にしか使われていない。もう戻ることもない世界にあるものに未練はないから、あれがどうなろうと構わないのだけれど。少しぐらい娯楽に使っても良かったのかな、と今なら思う。
「カデットからお前のことは聞いているが、ほとんど仕事漬けだったんだろ。遊んだりはしなかったのか?」
「……そう、ですね。仕事をしては逃げて、の繰り返しでしたから。割と最近の記憶には、二人の男の子と一緒に行動していて、楽しかったこともあるのですが……、いずれにしても、何か目的があってのことだったみたいで」
 ヨークシンシティでの競りや、G・Iでの修行やドッジボール。楽しくはあったけれど、二人にも、そしてわからないけれど確かに私にも目的があった。結局は、仕事の延長線上での行動だった。
「なら、ただ遊ぶっていう経験がねェのか」
「そういうことになりますね」
「まァ、少しずつ覚えていけばいいだろ。ベポやシャチに嫌でも付き合わされるから、覚悟しとけ」
「……はい」
 緩む頬を気にせずに返事をすると、ローさんはまた髪を撫でてくれた。からかう時にされるのはなんだか嫌だけれど、やっぱりこうやって撫でてもらうのは好きだ。
「船長、イオリちゃん。片づけ終わったんで、出ましょうか」
 コックさんがそう言いながらキッチンから戻ってきた。ローさんはひとつ頷くと、席を立って弄んでいた帽子を被り、太刀の鞘の部分を持って肩にかける。追うように立ち上がって足を一歩進めると、慣れたはずの枷がとても重たく感じられた。"あくまでも奴隷であることを忘れるな"、と言われているようにすら思えた。もちろんそんなのは錯覚で、いつも通りに動き出した足は慣れた重さを確かに感じながら進む。
 なんとなくローさんの背中を見ていると、視線を感じ取ってしまったらしい彼がこちらを振り返った。
「どうした?」
 大丈夫、私は彼の背を追ってさえいれば、以前のようにはならない。
「……いえ、何でもありません」
「? そうか」
 きっと今の私は、安堵したような笑みを浮かべている。ローさんもそれをわかってくれたのだろう、追求はせずにまた前を向いた。
 慣れた重さの枷をつけているはずなのに、少しだけそれが軽くなったような気がした。
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