strength of not kill

「イオリちゃん! 元気そうで何よりだ!」
 ベポちゃんとネリアさんの会話に混ざり談笑していると、コックさんがそう言いながら近づいてきて、私の前にお粥の入った器の載ったトレーを置いた。
 ほかほかと湯気を立ち昇らせるのは、卵粥だ。
「卵は栄養あるからなァ! 二日分しっかり食えよ」
「はい、ありがとうございます」
 お粥を掬って、息を吹きかけて冷まし口へ運ぶ。コックさんは私の好みをよく理解してくれていて、とてもおいしい。
「船長のはこっちです」
「あァ」
「…………」
 ローさんの食事を見て、ふと気になったことがあった。なんだ、と視線に気がついたローさんに訊かれたので、素直に尋ねてみることにする。
「いえ、ローさんはいつもお米食べてるな、って……」
「船長はパン嫌いなんだよ。食糧に余裕ない時は我慢して食ってくれるから、これぐらいなんてことないんだけどな」
「そうなんですか。……焼き魚とか、お好きですか?」
「よくわかったな」
「塩焼きもいいですが、お醤油をかけて食べるのもごはんと合います」
 魚はあまりきれいに食べられないし、調理する人によって生臭さが残ってしまうことがあるので苦手なものに入ってしまっているけれど、ごはんに合うから出されればきちんと食べる。
「なんだ、イオリちゃん。もしかしてワノ国の出身なのか?」
「わのくに……?」
 この世界にも、ジャポンや私が育った場所のような国がある……? もしかして、私は今まずいことを言ってしまったのではないだろうか。和食の文化がその"わのくに"にしかないものだったら、わざわざ細かい事情をローさんが隠していた意味がなくなる。
「あァ、ごめん、イオリちゃんは記憶喪失なんだったよな」
「い、いえ……」
「ワノ国に限らず、そういう文化が成り立ってる島もあるだろうしな。出身がそことは限らねェだろ。今は輸送も楽になったしな」
「それもそうですね!」
 コックさんは"ゆっくり食えよー"と笑いながら言って、宿の人がしてくれる給仕を手伝いに戻って行った。
「ローさん、すみません……迂闊でした」
 ベポちゃんには聞こえてしまうだろうけど、とそれは仕方なく思いながら謝ると、頭を撫でられた。
「問題ねェよ。イオリ、お前料理はできるか?」
「多少は……」
「和食がわかるんなら、出汁巻き卵とやらが食ってみてェ。前に文献で読んでな。ただ、おれの記憶も曖昧なんでコックも作れねェんだ」
 それぐらいなら、私にもできる。一昨日コックさんに頼まれていたことを思い出し、ちょうど良かったな、と思いながら返事をする。
「コックさんと買い出しに行く予定があるので……、材料が手に入れば」
「わ、わたしも食べたいっ」
「おれもおれもー!」
 ネリアさんが遠慮がちに言い、ベポちゃんもローさんが食べるなら、という感じで手を挙げた。
「あ、あの……、作るのはかまいませんけれど、そんなに期待できるものではないと思いますよ……?」
「まァ、お前に端から期待はしてねェよ」
「それはそれでへこみます……」
 結局お粥は半分ほど残してしまったけれど、ベポちゃんがきれいに平らげてくれた。
「コックから買い出しの話は聞いてる。ペンギンを連れてけ。このガキはベポに監視させる」
「だーかーらっ、わたしは何もしないわよ!」
「念のためだ」
 遠慮なしに噛みついていくネリアさんを、ローさんは軽くあしらう。私が眠っている間に何があったのかわからないけれど、しばらく一緒にいるのなら険悪な関係でないだけ良いのかな、と思った。
「イオリちゃん、出られるかい?」
「あ、はいっ。それでは、いってきます」
「あァ。……そうだ、ちょっと後ろ向いて目ェ瞑れ」
 言われるがまま後ろを向いて、目を瞑る。首にひんやりとした細いものが当たるのがわかった。ローさんにもういいと言われて目を開け、その冷たさの正体を見る。
「! これって……」
 私の首に提げられているのは、間違いなく目印にと無理矢理引きちぎって落としたペンダントのチャームだ。ローさんはブレスレットも持っていて、私の手を取り填めてくれる。
「ベポが全部拾ってきてくれたんでな。お前も気に入ってただろ」
「はい……! ありがとうございますっ」
 食器を下げて、先に外で待っていると言ったコックさんとペンギンさんの元へ急ぎ足で向かった。
 コックさんはすぐに私の首にある物に気づいてにかっと笑う。
「お、イオリちゃん。それちゃんと船長から受け取ったのか」
「はいっ」
 ひとまず街へ行こうということになり、歩きながらペンギンさんが地図を開いた。
「……さて、どこから行くんだ?」
「ここにリヤカーを貸してくれる店があるんだ。イオリちゃんが荷物持ちをしやすいように借りて、できるだけたくさん買って回数を少なくしようと思う」
「わかった。……なら、次の道を右か」
 道行く人は私の足元を見て、コックさんやペンギンさんに非難めいた目を向ける。私が奴隷として見られる分には特に何も思わないのだけれど、こうして私と一緒にいる人が冷たい目を向けられるのは、やっぱり居心地が悪い。
「イオリ、視線は気にしなくていいぞ」
「そうだそうだ。元々海賊なんだ、普通は世間の嫌われ者だぜ! 昨日は地主の家で暴れ回ったしなァ」
「視線を集めるのも当然、というわけだ」
 二人は私の心配を軽く笑い飛ばしてくれて、それがとても嬉しかった。
 次の島までは長期の航海を覚悟しなければならないとのことで、たくさん買うため大き目のリヤカーを借りて、朝も早かったため市場に出向くことになった。ローさんが出汁巻き卵を食べたがっていたことを伝えて、必要な材料も伝えておく。この島の貿易が盛んなため、手に入れるのに苦労はしないだろうと言われた。
 市場は経営者や主婦、同時期に停泊しているのであろう海賊らしき人もいて、賑やかだ。
「とりあえず主食だな。小麦粉と米! あとは大豆もあると便利だな」
「早速重くなるが、大丈夫か?」
「はい、平気です」
 この島に来るまでも何回か力仕事は手伝っているし、そこで限界を感じたこともない。
 穀物を扱うお店に行くと、コックさんは早速大量に買い込んだ。荷物の積み方は私にはさっぱりなので、ペンギンさんとコックさんにバランス良く積んでもらう。
「ほ、ほんとに平気か……?」
「はい、この通り」
 心配げに訊いてくるペンギンさん。確かに今まで酒樽だとかを運んでいたぐらいだから、その何倍もの重さのものを運ぶのは無理があるのではと思うのも仕方がない。けれど私が何の苦労も見せることなく引いてみせると、杞憂だったかと苦笑していた。
 コックさんはいろいろなお店で足を止めて、よく吟味すると大量に注文する。中には配達を請け負ってくれるところもあって、できるだけそれを利用して荷物を少なくしながら、午前いっぱいかけて市場を回った。
「よしっ! とりあえず今日はここまでだな。あとは配達がなくて積めなかった分を明日、酒を明後日に買いに来よう。頼むな、イオリちゃん」
「はい、お任せください」
 配達を利用しても、リヤカーはいっぱいいっぱいで。私が引く分にはまったく問題ないのだけれど、バランスを崩しては元も子もないので、日を分けることになった。
 コックさんは宿の主人にキッチンを出入りする許可を貰いおやつを作ってくれるそうで、出汁巻き卵の材料も含めてすぐ使うものは持ってくれている。
 市場を抜けて帰る途中、街の端にある広場で休憩した。
「しかし、イオリのおかげで買い出しがかなり楽になるな」
「だよなァ。何人も使って出るところをイオリちゃんと用心棒連れるだけで済むんだもんなァ」
「まだ戦えませんが……、こんな風にでもお役に立てるのなら良かったです」
「イオリは十分役に立ってくれてる。ゆっくりでいいさ」
「はい、……?」
 ざり、ざり、と周囲で石畳と靴が擦れる音がいくつもした。耳を澄ませると、それはよりはっきりと聴こえてきて。
 私が表情を変えたことに気がついたペンギンさんが、リヤカーに積んだ荷物の紐の緩みがないかチェックしながら私を近くに呼び寄せた。
「どうかしたか?」
「……周りに、たくさん人がいます」
「やっぱりな……。なんとなく気がついてはいた。さて、狙いは荷物かおれたちか……」
 ひそひそと話していた私たちに、コックさんがどうかしたのか、と朗らかに尋ねてくる。
「追手がいる。市場を出たあたりからつけられてた」
「! ……そうか。それじゃ、ペンギン、任せた!」
「戦闘がからっきしなのも問題だな……」
 一瞬表情を険しくしたコックさんだけれど、またにかりと笑った。ペンギンさんも苦笑して、荷物の傍にいるようにと言う。それから、どこともとれない方向へ向けて声を張り上げた。
「――おい、隠れてないで出てきたらどうだ?」
 少しの時間、周りの足音が消えて静かになる。
「ばれてたか……」
 物陰から出てきた十数人の武器を持った男の人たち。銃を持っている人は見当たらない。
「狙いはなんだ?」
「お前らの船長、フダツキのトラファルガー・ローだろ……! 部下のお前らとっ捕まえて、人質にしてやろうと思ってなァ」
 にたにたと笑いながら言う集団のリーダーらしき男だけれど、ペンギンさんは顔色一つ変えない。
「賞金稼ぎか?」
「あァ、そうだ。大人しく捕まってもらうぜェ……?」
「人質にする為に買い出しをしているところを狙う……、ペンギンさん、賞金稼ぎの方々にはプライドというものはないのですか?」
「あったらこんなことしてないだろう。……しかしまァ、おれも舐められたもんだよなァ。仮にもあの人の船のクルーだ、そう簡単にやられるわけにはいかない」
 冷静な私たちのやりとりに、賞金稼ぎたちが顔を赤くし始めた。もちろん、怒りで。
「舐めてンのはてめェらの方だろうがァ!! おい野郎共、やっちまえ!!」
「イオリ、挑発してるが平気か?」
 動き出しやすいように軽く腰を落とす。ここ数日の間にも記憶は少しずつ戻っていて、その中で思い出した相手の重心の移動を利用した戦い方なら、オーラが上手く扱えなくてもできそうだ。最低限自衛はできた方が良いのだし、ペンギンさんにとっても足手まといにさえならなければプラスではあるはず。
「あの程度の動きなら、今の私でも見切れます」
「この人数じゃ骨が折れるからな、助かる。無理はしなくていい、できる範囲で頑張ってくれ」
「はいっ」
 一人だけ構えなかったコックさんが非戦闘員だと気がつかれ、狙いが集中する。ペンギンさんが大半をあしらってくれる中で、それを掻い潜った一人が剣を振りかざしてきた。
 大雑把な動き。懐ががら空きで、簡単に潜り込める。勢いのまま振り下ろされた剣を握る手首を掴んで捻り、敵の体をくるりと回転させる。受け身も取れずに地面に背中を打ちつけ咳き込む敵の手首を握る手に、めいっぱい力を入れた。ぼきぼき、と骨が折れる感触が伝わってきて、苦痛による悲鳴が上がる。構わずに痛みで蹲ろうとするお腹に足を当て、後から攻めてくる賞金稼ぎに向けて蹴り飛ばした。
 隙のない構えを取ってくる相手でも、見切りさえできれば止めるのに苦労はしない。攻撃を受け流しながら手や足を折り、攻撃ができないようにしてまだ元気な敵に向かい蹴り飛ばす。二人には随分と足癖が悪く見えているのだろうな、と思うと複雑な気持ちもしたけれど、記憶の中でのように戦えない以上、こうする他ない。
 十数人いた敵は、ペンギンさんと私の手で着実に数を減らされて、あっという間に初めの勢いがなくなっていった。
「クソッ……! 船長以外は雑魚だと思ったのによォ……!! 手負いの女にすら傷一つ負わせられねェなんて……!」
「残念だったな。うちには船長に頼りきりのクルーはいない」
「ちくしょう……!」
 自棄になって斬りかかってきた賞金稼ぎのリーダーを、ペンギンさんは事もなげに伸し、また狙われると面倒だから、彼らを放置してさっさと船に荷物を置きに行こうと言った。
 私もそれには賛成だったので、コックさんを促してリヤカーを引いて早々に広場を抜けた。
「ははは……、敵ながら気の毒だったな……。特にペンギンの攻撃掻い潜っちまった奴……」
「イオリに骨粉砕されてたもんな……、痛そ……」
 先程の戦闘を思い返しながら、顔を引き攣らせる二人。
 今できる精いっぱいをやったのだけれど、やっぱりえげつなかっただろうか。
「その、すみません……」
「いやいや、なんで謝るんだよ! イオリちゃんはおれを守るためにやってくれたんだ、驚いたが頼もしいと思ったぞ!」
「あァ。船長にも自衛ができるぐらいにはなった、と報告しとかないとな」
 本来はもっと非道なことをしていたのだけれど……。
 ローさんもクルーの皆も、敵を生かす強さを持っている。私が基本的に"復讐をされるのが面倒だから"という理由で敵となった人たちを殺していたのに対して、だ。復讐をされても、それをまた打ち払える力がある。きっと、記憶を取り戻して一番変えなければならない考えはこれだ。
 そう思ってしまうと骨を粉砕した感触がいやに鮮明になって、それを掻き消すようにリヤカーを引く手に力を込めた。
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