revealed secret

 屋敷に襲撃してから、真っ先にイオリの居場所を問い質した。使用人をバラし、心臓を抜き取って訊けば、地主への忠誠心はどこへやら、生への執着によってあっさりと聞き出すことができた。
「ペンギン、シャチ。お前らはおれと来い。ベポは他の奴らと暴れ回れ」
「アイアイ、キャプテン!」
 ベポたちと別れ、尋問した使用人の生首を持ち、道案内をさせる。
 地下牢へと続く階段。服従させるためにここへ連れてきたのだろう。生首を投げ捨てて、階段を下りた。
 階下からは地主が怒鳴り散らす声が聞こえる。だが、その怒声の中でもおれの足音が混じって聴こえたのだろう、イオリがおれを呼ぶ声がした。止む怒声、代わりにおれの足音がいやに響く。
 最後の段差を下りて檻の中に目をやれば、恐怖に顔を引き攣らせ震える地主と、その後ろで頭上で手を括り壁に吊り下げられ、足も留められ身動きのできない状態で、傷を負ったイオリが視界に映った。白い肌を埋め尽くす、裂傷、殴打の痕。鞭やナイフも使われたのか、ワンピースの布地も裂かれ、見える肌から溢れた血で染まっているのがわかる。
 ふつふつと湧き上がる、怒りの感情。
「……ほう? ウチのクルーの良心につけ込んで盗んでいった挙句、傷までつけやがったか」
 地下であるためランプの明かりしか頼りにならないが、それでも、イオリの頬を滴が滑ったのが見えた。イオリは恐怖心とはほとんど無縁。おそらく、安堵によるものだろう。
「"ROOM"」
 円(サークル)を展開し、イオリの手を拘束する鎖へ向けて太刀を振るう。情報源を断っただけで満足し、予想外の展開に恐怖を覚え動けないでいる貴族なんざどうでもいい。
 滅茶苦茶に巻きつけられた鎖がばらばらになり、重力に従うようにイオリの腕が下ろされた。がちゃん、とイオリの足枷からはしないような、重たく汚い音が響く。
 地主の横を通り過ぎ、満身創痍のイオリの前に片膝をついた。
 手に引っかかったままの鎖を払い、長時間高い位置にあった所為で血の巡りが悪くなったらしく、体温の低いその手を取り解すように撫でる。
「イオリ……!」
 後から降りてきたシャチとペンギンがイオリの姿を見て、辛そうに名前を呼んだ。イオリはおれの背後に視線をやり、柔らかく笑む。
「シャチさん、ペンギンさん……」
 足首を止める板を外すために、抜身の刃を突き立てる。板で押さえつけられていた足首を見てみれば、拘束具の痕が痛々しく残っていた。
 地主がはっと息を呑み、手に持っていたナイフを振りかざす気配がする。しかし同時に別の足音も聴こえたので、任せておけばいいと特に動くこともしなかった。
 ナイフが石の床に落ちる音がして、振り返って見ればペンギンが地主の手首を掴んでいた。
「……ウチの船長にも、傷を負ったクルーにも、指一本触れさせはしない」
「船長、イオリの怪我は?」
 後から来た使用人を伸しながら、シャチが訊いてくる。
 ひどいのは左肩と太腿の傷ぐらいで、あとは数が多いために殊更ひどく見えるだけの傷のようだった。口元についた血から、少し吐いたのだとわかる。
「大したことはねェ……。ただ、殴られた衝撃で血を吐いたみてェだな」
「……はい」
 立ち上がってイオリを背に庇いながら、地主に向き直り睨みつける。
「イオリ、ひとまず自分で肩と腿の傷を治しておけ。他の傷の手当は後でだ。おれは今、腸が煮えくり返っているんでな……」
「あ、あの……!」
 焦ったように声をかけられ、顔だけ向けると、切り裂かれた肩の肉がゆっくりとくっついていくのが目に入った。打撲の時とは違う治り方に驚きながらも、イオリの声に答える。
「なんだ、イオリ。この期に及んで甘いことは言わねェよな?」
「いえ、他の、皆は……?」
「屋敷の中で暴れ回ってる。金品奪うのは流石に問題になりそうなんでな、屋敷のあちこちぶっ壊してこいと言ってある。お前に傷までつけられたんだ、おれたちが奪い返すだけで満足するわけねェだろ」
「……そう、ですか」
 少しだけ緩んだイオリの表情。だがそれも一瞬で、すっと階段の方に視線を向けた。
「ネリアさん、あの子が来ます」
「イオリ? 何を言って……」
「大丈夫よ! わたしがもう憑依してるわ!」
 あのガキが階段を駆け下りてきてそう言ったが、突然の女らしい言葉遣いに思わず面食らった。
「え、は……?」
 シャチもそれに驚いたようで、まんまと横をすり抜けられる。
 駆け寄ってくるガキの目をよく見れば、時々見せていた色をしていた。
「……お前、ガキ本人じゃねェな」
 ガキはイオリの傍に寄り、にんまりと子どもらしくない笑みを浮かべた。
「このお姉さんといい、あなたといい、とっても鋭いのね」
「アベル! 何をしているんだ、こっちに来なさい!」
 父親の必死な声を無視し、アベルと呼ばれたガキはイオリの顔を心配そうに覗きこむ。
「お姉さん、傷は平気? 立てる?」
「これくらい、どうってことありません。……脚は、もう少し時間がかかりそうですが」
「なら、その間にカタをつけるだけだ」
 刀を振りかぶると、ペンギンが地主の手を離し入り口まで退がる。すかさず太刀を振るい、腰を境に二つにバラした。
「う、うわああああああ!!」
 額に玉のような汗を浮かべ、分かれた下半身を見る地主。父親としての威厳も、貴族としての高尚さも、まったく窺えない。
「ペンギン、シャチ。ここはもういい、上に加勢しろ」
「アイアイ、キャプテン!」
 二人が威勢よく返事をし階段を駆け上がるのを見送り、逃げようと腕だけで這う地主の背を踏みつけた。腕があるから逃げようとするのだ、太刀を振るって、両腕を斬り離した。
「イオリ、さっき言った"ネリア"っつーのは……」
「この子に憑依している女の子です」
「……なるほどな」
 何か、イオリが必要な理由があってあれほどまでに執着を見せていたのだ。
 "ネリア"はイオリの肩に寄り添い、守るようにして立つ。
「予定が大幅に狂ったけど……。この父親に痛い目見せてくれるっていうんなら、結果的にはわたしが望む結果を得られるわ。だから、船長さんの邪魔はしない」
「アベル……、いや、ネリアなのか……!?」
 首だけをなんとか向け、驚愕の表情で問う地主に対し、"ネリア"はどこまでも余裕のある笑みを浮かべその情けない顔を見下ろす。
「その通りよ、"お父様"! 船長さんにも説明しておくわ。このお姉さんを見つけた時、"カトライヤ島の魔力でネリアが甦った"と思わせるためにこの人を利用するしかないと思ったわ……。だからアベルの振りをしてお姉さんを攫うようにお願いして、憑依の条件、"自分に向けて名乗ってもらう"ことを満たすために、こんなことをしたの。でも、そんなことしなくても、"お父様"には十分伝わったみたいね。お姉さんには、怪我をしただけの結果になって申し訳ないけれど」
「……おい、イオリを狙ったそもそもの元凶はお前だってことだろうが」
「言われてみれば、確かにそうね。ごめんなさい」
 けろりとして謝る"ネリア"に、怒りが削がれた気がした。
「でも、その人……。アベルの遊び相手で済まそうとはしていなかったわよ? ……わたしのお母さんと同じように、手を出すつもりだったのよね?」
「い、いや、そんなことは……断じて……!」
 父親の顔の前にしゃがみ、子どもらしい無邪気な笑みを浮かべながら言う"ネリア"と、必死に言い逃れようとする父親。どちらが本当のことを言っているかなど、火を見るより明らかだった。
 足を細切れにバラすと、また情けない悲鳴が上がる。
「ふふ、カトライヤの魔力の話は本当だった……! 現にこの地主が災厄に見舞われている!」
 "ネリア"が言っているのは、この島の言い伝えか何かのことだろうか。
 イオリが傷を治し終えたらしく立ち上がるが、ふら、と体が傾いだ。手を伸ばし受け止め、膝裏に手を差し入れて軽い体を抱き上げる。
「飯は?」
「お姉さん、ご飯を食べるどころか水も飲んでないわよ」
 ぐったりとしておれに寄りかかるイオリの代わりに、"ネリア"が淡々と答える。イオリといえど、水分すら摂らずにいていくつも怪我を負えば、相当の負担になるらしかった。
「ローさん、すみません……。安心したら力が抜けてしまって……」
「虚勢張っていろいろ言ったものね」
「……ったく」
 はらはらと涙を零しながら謝るイオリを抱く手に力を込め、地主の頭だけを残して腕や上半身を細切れにする。生首状態の地主の頭を地下室の入り口に向けて置き、心臓を抜き取ってその視線の先に置いた。
「おい、ガキ。これ持ってろ」
 イオリを抱える手に持ったままだった鞘を"ネリア"に持たせ、刃を納める。太刀を引き取り、細切れになった地主を放置して出入り口に足を進めた。
「……あァ、そうだ」
 爪先を床に置いた心臓の上に乗せ、軽く体重をかける。悶絶する声が地下室に響き、痛みに悶えたため肉片が蠢いた。
「精々誰にも踏まれないよう、気をつけるこったな」
 絶望に染まった、地主の顔。おれの後をついてきた"ネリア"は冷たい表情で地主を見ていて、心臓を踏むのかと思いきや振り返ることもせず素通りし、階段を上っていった。
 その背を追うように階段を上がると、ベポを始め屋敷の中で暴れまわっていたクルーたちが待ち構えていた。ベポはおれに抱えられたまま寄りかかって目を閉じているイオリを見るや否や、飛びつくように駆け寄ってきた。
「キャプテン、イオリはっっ!?」
「大分弱ってはいるが、帰って安静にしてきちんと栄養を摂らせれば、何も問題はねェ」
「良かった……、イオリ、良かったぁ……!」
 イオリは力の入らない手でおれのパーカーをゆるりと握っていて、その手を剥がすのはどことなく憚られ、ベポに太刀を持たせて屋敷を後にすることにした。
「おい、お前はどうする?」
 両手でイオリを抱え直しながら問うと、"ネリア"は俯いていた顔を上げ、一緒に行くわ、と言った。
「ひとまずあなたが細切れにしたあの人が戻らないと、わたしはこの子から出るわけにいかない」
「……お前はそのガキの何なんだ」
「腹違いの、姉よ。言ったでしょ、わたしのお母さんはあの地主に手を出されたって。……その結果生まれたのが、わたしだったのよ。後で細かく事情は説明する。わたしにはその責任がある。今は早く宿に行って、お姉さんを休ませましょう」
 正論を言われてしまえば、言葉を返すわけにもいかず。舌打ちをすると、"ネリア"はおかしそうにくすくすと笑った。
 宿に戻ると、コックがロビーでソファに座り待っていた。おれの腕の中にいるイオリを見ると、安心したように顔を綻ばせる。
「ご苦労だったな、コック。イオリはこの通り戻ってきた。お前らも、今日は休め」
 各々返事をして部屋に引っ込んでいくクルーたちを見送り部屋へ向かうと、イオリを心配するベポと"ネリア"、"ネリア"を信じきっていないペンギンがついてきた。
 襲撃の時は傷があるのが腹だけだったために隠すべき場所は隠させて治癒させたが、今回はそうもいかない。イオリも見られるのは嫌だろうと思い、人間の女に興味のないベポにイオリを任せることにした。ほとんど血は止まっているようなので、ぬるま湯で固まった血を溶かして綺麗にし、服を替えさせるだけだ。
 その間に"ネリア"から話を聞いておこうと思い、ベッドに背を向けるようにしてペンギンと共に座った。"ネリア"はおれたちの正面に座り、何から切り出すか考えたのだろう、少し視線を宙に巡らせた後、口を開いた。自分の生い立ち、母娘の末路。それからカトライヤ島の言い伝え、それを利用したガキの思いつきとしか言えない復讐の計画について、訥々と語った。
「しょうもねェことに巻き込んでくれたな……」
「それは……、本当にごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる"ネリア"。昨日の狂気を孕んだ目とはかけ離れ、今は謝意しか見られない。本人だった時ですら生意気な目をしていたのだ、今目の前にいるガキの変貌ぶりには、驚くばかりだった。
「でも、その人……、イオリさん、でいいのよね。まさか、あんなことをするなんて……」
「何をしたんだ」
「そ、それは、もともとわたしだって、あの父親が勘違いしてめった刺しにすることを見越してイオリさんに憑依してやろうとは思ったけど……。まさか、自分からそうなってしまうような行動を取るとは思わないじゃない……!」
「……大体掴めた」
 穏やかに見えた地主があれほどまでに怒声を上げるようなスイッチを押したのは、イオリの言動だったのだ。おれと同じように、垣間見えたガキの違和感を指摘して、事情を知って、協力したらしい。
「イオリさん、あの人が何をするかわからないって言っても……大丈夫としか言わなかったわ……。助けが来るから、って」
「そうか……」
 金持ちと、その格差を理由に虐げられた使用人。イオリにも何か思うところがあったのだろう。
「キャプテーン、イオリの体きれいにしたよ!」
 ベポが洗面器とタオル、それからぼろぼろにされ使い物にならなくなったイオリのワンピースを手に持ち、仕事が終わったと報告してきた。
「あァ。ベポ、今日はこのガキと一緒にペンギンと同じ部屋で寝ろ。他の奴らには悪いが、部屋も交換しておけ」
「うん、わかった。えーと、名前は?」
「……今はネリアでいいわ」
 ペンギンに念の為に監視を任せることにし、遅くなり疲れもあるだろうと思い休ませる。"ネリア"はベポに驚くことも怖がることもなく、大人しくついていってくれたので楽だった。
 シャワーを浴びて着替え、自分も寝ようとベッドに近づく。血が出ていなくともやはりつけられた傷の数は布団から出された腕だけに限定しても夥しく、過去のイオリを見ているようでひどく気分が悪い。
「……早く良くなって、抱き枕の仕事に復帰してもらわねェとな」
 すやすやと眠るイオリの顔にかかる髪を除けてやると、寝顔がどことなく和らいだ気がした。



「キャプテン、ちょっといい?」
 早朝、普段より随分と早く目が覚め、顔を洗うなりして身支度を整えていると、ベポが部屋に来た。
 別段寝起きで機嫌が悪いということもなく、ベポを招き入れて太刀を手元に置き、ソファに落ち着く。
「どうした?」
「イオリのことで……」
 一昨日、街を回っている時に何かあったのだろうか。話すように促すと、こくりと頷いて言いにくそうに口を開く。
「あのね、イオリ、キャプテンが自分に優しいのはどうしてなのかって聞いてきたんだ」
「……そうか」
 囲い込むため、一クルーの精神的な健康を保つため以外に、何があるというのか。
 自分でそう言い聞かせているつもりでも、必要以上にイオリを甘やかす自分がいることに、気づいてはいる。
「イオリは、自分の力が欲しくて船に乗せられたのも、わかってると思う。でも、なんていうのかな……、面倒だって思いながら嘘で優しくするぐらいなら、最初から奴隷同然に扱ってくれればいいのに、って、そんな風に考えてた感じだったんだ……」
 うまく言葉にできないや、と落ち込むベポに、十分伝わったと返す。
 イオリが時々見せていた、戸惑うような表情。感情を表に出すのが下手なイオリの、ほんの僅かな変化でしかなかったため言及しないでいたのだが、おれが気にかけることに裏があるのではないかと勘繰ってしまうことへの戸惑いだったのだろう。好意は素直に受け取りたいのに、その裏を疑ってしまう。そんな癖が身についてしまった自分を嫌悪しているのもなんとなく気がついていた。
「キャプテン、イオリのことめんどくさいって思ってる?」
「そう思ってたら、とっくにイオリのことが大好きなお前に丸投げしているだろうな」
「えへへ、そうだよね!」
 ベポは嬉しそうに笑った。
「ちょっとでいいから、言葉にして伝えてあげてほしいな」
「…………あァ」
 おれとしても、純粋な厚意がそう疑われていたと知っては少し気分が悪い。おれの言葉を疑わないイオリだから、はっきり言ってやりさえすればその悩みも解消できるはずだ。
 ベポが部屋を出ていき、なんと言ったものかと考えていると、視界の端でもぞ、とベッドの上のイオリが身じろいだ。
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