parting

「クロロさんッ、パクノダさんッ!!」

 必死で手を伸ばしても、届かない。彼が出した命令には逆らえなくて、命令で強制的に絶をさせられた体に力が入らない。

「……それじゃあ、行くぜ」
「あぁ。報酬を払うまでは生き延びるから、頼んだぞ」

 二人とも、どうして笑っているの。ここまで追い詰められて、皆ばらばらになってしまったというのに。

「手は抜かねぇよ」

 クロロさんが依頼をしたらしいその男は、私の腕を掴んで自分の血で陣を描き始める。

「何をするんですか!?」

 睨みつけて威嚇しても、彼は動じずに陣を描き続ける。

「クロロ=ルシルフルからの依頼を遂行する。おまえは何も考えずに、ただオレについてくればいい」
「でもっ、でも……!!」
「イオリ」

 食い下がる私を咎めるように、クロロさんが私の名前を呼ぶ。

「……命令だ、大人しくそいつの言うことを聞け」
「なん、で」

 護りながらここまで来たはずだった。それなのに、私は血塗れでいながら無傷で、対してここまで一緒に来た二人は傷だらけ。ぽたり、頬を伝った血が地面に落ちる。

「イオリ、さよならよ。その人にイオリのことは事細かに頼んであるから、大丈夫。きっと次の世界でもきちんと生きられるわ。あなたはとても強いもの、大丈夫よ」
「もう、私は、いらない、ですか……?」

 ゆっくりと、言い聞かせるように頭を振るパクノダさん。そうして伏せた目を上げ
て、優しく、温かく笑って見せる。

「そうじゃないわ。ただ、生きて欲しいだけ。こうすることは皆決めていたのよ」
「いや、いやです……! だって、皆がいないなら、私……ッ」

 直接的な言葉を使わないけれど、頭の回らない私でもわかる。皆は私を逃がそうとしているのだ。最後まで傍にいたのが、クロロさんとパクノダさん。それでもここがもう最後の場所だとわかっている。もう、あとがない。

「イオリ、おまえには感謝してる。だからオレたちの居ない場所でもいいから、もっと長く生きて欲しい」
「……だめです、だって、皆さんが、死んじゃう……!」
「これくらい、どうってことない。オレたちが死ぬ? 馬鹿を言うな。……いいから、笑え」

 無茶なことを言う。溢れる涙の止め方なんてわからない。こんな別れ方で、笑え?

「もう行くぞ?」
「あぁ、頼む」

 もう時間がない。お別れは避けられない?
 彼らの嘘を否定したって時間の無駄。もう皆は決めてしまって、私だけがそれに抗おうとしているのだ。不可能なことなのに。
 抗えないなら、せめて後悔のないように。覚悟を決めて、一生懸命に笑ってみせる。

「クロロ、さん、パクノダさん……っ、わたし、皆さんと居られて、楽しかったです……!」

 しゅん、と地面が溶けるような感覚。最後に見えたのは、笑う二人の口元。私はちゃんと、笑えていただろうか……。



 一瞬の浮遊感の後、ふ、と地面に叩きつけられる。……かと思いきや。

「ぐえっ」
「……すみません」
「いや、いいけどよ……」

 クロロさんが依頼をした念能力者を下敷きにしてしまった。すぐに退くと、身を起こして困ったような笑顔を浮かべられる。
 ここはどこなのか、と辺りを見回してみた。足元は土、左手には青々とした葉を茂らせる木の集う林。右手からは、ざぱん、ざぱんと波が岩を打つ音が聴こえる。それから肌に感じる少しべたついた風と潮のにおいに、海が近いのだとわかった。

「とりあえず、押さえてある建物に行くぞ。……あぁほら、泣くな泣くな!」
 差し出された手を取りながら、どうしてか溢れてくる涙を指の背で拭う。
「す、すみません……っ」

 ぼろぼろと落ちる涙を止める方法がどうしてもわからずに、涙をそのままに歩き出す彼の後を追う。
 彼の話によると、私の記憶を消して信頼できる人間に預けるまでが依頼された仕事なのだそうだ。パクノダさんが記憶を読むことができるから、元の世界に戻って私をきちんと他の人に預けたことを確認できたら、報酬を受け取ることができる。
 私が彼を帰さなければ、皆は、少なくとも二人は、生きてくれるのだろうか。

「変なことは考えんなよ?」
「…………」
「そもそも、クロロ=ルシルフルの命令は生きてるからな。それ、アメリアの足枷だろ。おまえはオレに従うよう命令されているはずだ」
「……そう、ですね」

 アメリア様の念能力で生み出された足枷は、主人の命令に対して絶対服従を強制するものだ。彼からの命令が解かれていない以上、私はこの人に攻撃することなんてできない。

「オレもビジネスなんでな。んー、まずはその血まみれをなんとかしなきゃなんねぇか……。一応商船が来た時に買い込んではあるから、まずそれに着替えてくれ」
「はい、わかりました」
「自己紹介が遅れたな。オレはカデット=リンク。さっきも見せたとおり、異世界に渡る能力を持ってる」
「カデットさん」
「おう、それでいいぜ」

 こっちだ、と先を行くカデットさんの後を追いかける。押さえてある建物、というのは林の中にあるらしい。
 落ちた枝を踏むと足の裏に枝が刺さる感覚がしたけれど、気にしてなんていられない。制約のおかげで痛くはないから、気にする必要もない。止まらない涙で悪くなっている視界を円でカバーしながら、ただ歩く。

「目、腫れそうだな」
「……別に、構いません」
「女の子がそういうこと言うなって。ちゃんと冷やそうな」

 私はこれから、どうなるのだろうか。
 カデットさんは仕事なのだと言っているし、きっと私の面倒をしばらく見た後、帰ってしまうのだろう。旅団は、顔を見られすぎた。当然私もその一人として見られてしまっているから、きっと他国の干渉や世界の協定の制約を受けないNGLにでも入らない限り追いかけられてしまう。もっとも、人工物を受け入れないNGLには足枷をつけた私は入れないのだけれど。だから、クロロさんたちは私を逃がすためにそれに向いた能力を持った彼を雇ったのだ。でも、どうして私一人だけ。制約の所為か、そこまでで考えが堂々巡りし始めてしまった。

「難しいことは考えんな。どうせ記憶もなくなるんだから、考えたって仕方がない」
「……!」
「パクノダっつったっけ、あのスーツの姉ちゃん。サイコメトラーらしいな。そんで、オレにこれを預けてきた」

 歩きながら見せられたのは、パクノダさんの銃と、三つの弾丸。

「これはおまえを預ける相手に撃ち込む分だ。おそらくクロロとパクノダの記憶が入ってる。残りはおまえの記憶。ひとつはおまえに撃って記憶を消すためのもの。もうひとつはおまえを理解してもらうために使うものだ」
「記憶なんて、もうとっくに……」

 パクノダさんにお願いして、前の世界にいた時の記憶はすべて消してもらった。知識や性格は残るけれど、もう家族も友人も思い出せない。制約の為に文字も読めなくなってしまい、私はもう身一つのはずなのだ。

「あぁ、おまえがここの前の世界に居たのは六年間、だったな。そのうち、二年分ほど旅団に関わる記憶がある。……もう、四年分しか残らねぇのか」
「……いっそのこと、」
「死ぬってのはナシ。これも命令追加な」

 ぐ、と奥歯を噛む。どうしたら、私は楽になれるのだろうか。……もう、記憶を消してもらってしまえばいい?
 そして、もうひとつわかってしまった。銃を他人に預けられるようにしたということは、それに伴った制約があるはず。本当に、あの人は覚悟を決めてしまったのだ。

「つってもこの島もなー、無人島なんだよな。誰か立ち寄るまで待たなきゃならないんだよ」
「え……?」
「あ、でもここは誰かしら通る島だから問題なし。この世界はさ、海賊がかなり幅きかせてんだよ。ゴールド・ロジャーっていう海賊王がいてな、そいつが処刑間際に残した言葉が"おれの財宝が欲しけりゃ、くれてやるから自分で探せ"ってなやつで。それでその財宝見つけて海賊王になるぞーってやつらがたくさんいるんだよ」
「……そう、なんですか」
「そ。あ、でも普通に航海は許可得ないとだめだし、海軍っていうめちゃくちゃでかい軍隊もあるから、やっぱり賊は賊。懸賞金とかかけられるんだぜー。ただ、こっちではそれがステータスだな。能力も公開されちまうし。……話が逸れた。それで、そのロジャーの遺した財宝に辿り着くには、島が引き合う磁場を辿ってく必要があるんだよ。ここは"偉大なる航路(グランドライン)"っていって、七本ある航路のうちのひとつの、最初の方にある島だ」

 カデットさんは林の中を歩きながら、この世界の地理や、悪魔の実というものの存在などを教えてくれた。

「……お、着いた着いた。あれだよ」

 拓けた場所に出て、カデットさんに促されるままそちらを見る。木造の温かみのある一軒家が建っていた。

「誰か住んでたみたいなんだが、近くに墓があるし、埋葬した後出てっちまったんだろうな。使っても問題なさそうだから管理しといた」
「……割と自由に行き来できるんですね」
「ん? まぁ制約はいろいろあるんだけどな。ほら、入った入った。……ってあー、足の裏傷だらけじゃねぇか。しょうがねぇな」

 カデットさんはひょい、と私を抱え上げると、廊下を通り抜けて浴室に行き、白いタイルの敷き詰められた床に降ろした。

「別に処置はしなくていいんだろ? 時間かかってもいいから、しっかり傷治して、血も洗い流して来い」
「……はい」
「オレはバスタオルとおまえの服持ってくる」
「わかりました」
「あ、もし海賊がここに来て、"記録(ログ)はどれぐらいで貯まるのか"って聞いてきたら"1ヶ月"って答えてやってくれな。あと、二週間に一回海賊相手に商売してる商船が来るっていうのも伝えてやって。ここまでくると話の通じる奴の方が多いから、きちんと答えれば何にも問題ないからな」
「はい、ログは1ヶ月で貯まることと、二週間に一度商船が通ることを伝えればいいのですね」
「その通り。よし、理解したな」

 満足げに頷いた彼は、私の頭を一度撫でて浴室を出ていった。
 シャワーからぬるま湯を出し、ワンピースを脱いで血を洗い流していく。髪にこびりついた血も、ぬるま湯につけて濯ぐとゆっくりと溶けて流れて行った。綺麗な白いタイルが赤くなってはしまわないか、と気にしつつも身体を洗い、傷があれば治していく。

「……クロロ、さん。パクノダさん……っ」

 二人は大丈夫だろうか。まだ、ちゃんと生きてくれている? 私だけが生き残って、本当にいいの?
 きゅ、とシャワーを止めて、鏡で血が残っていないか確かめる。きれいに洗い流せてはいたけれど、案の定、目がひどく腫れていた。
 注意を怠ってしまっていたのか、気づかないうちに置かれていたワンピースとバスタオル。身体についた水分を拭い、ワンピースを着る。
 バスタオルと一緒に置かれていたタオルを首にかけ、浴室に入る前に見かけたリビングに入る。改めて見渡してみると、落ち着いた色合いの家具で統一されていて、あまり生活感というものはないながらも、どこか温かみのある部屋だった。ダイニングテーブルの上に、水とそれに浸かるタオルが入った洗面器が置かれていて、それを重石に紙が置かれていた。何やら文章を途中まで書いたあとぐしゃぐしゃと消し、そのそばに動物と、それにナイフを突き立てる棒人間を描いたようだった。たぶん、私が文字を読めないということを途中で思い出して、わかりやすく絵にしてくれたのだろう。食料調達に行っている、という意味だと思う。
 冷たい水に浸かったタオルを絞り、目に当てる。ひんやりと気持ちが良くて、ふぅ、と息を吐いた。
 考えても仕方がない。けれども、それしか考えられることがない。
 外に出ても今の私はまた足を傷つけてしまうだろう。かといって、靴もないし、そもそも足枷のあるこの足には似合わないし。
 それでもなんとなく外の空気が吸いたくなって、水で濡れたタオルを絞りそれを持ってテラスに出た。
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