savage marauder

 馬車で街の入り口まで送ってもらい、ベポが昼間イオリと共に通った道を辿った。グラープ・マールへ行く時は馬車で悠々と進んでいたため、大分時間がかかっていたのだろう。帰ってきた時にはもう昼を過ぎていた。ちらほらと路地の向こうでクルーのつなぎが走るのが見え、もう動いているのだとわかった。
「ここで休憩して、あっちから声が聞こえてきたんだ」
 街の中央の広場でベポが隅にあるベンチを指差し、更にその奥の路地を示しながら言った。
「それで戻ってきたら、こっちの路地の入り口にブレスレットが落ちてたんだよ」
 地図と照らし合わせながらアクセサリーが落ちていた場所を確認し、それが正しいとわかりその先へ進む。大まかな方角を頼りに進んでみると、住宅街に出た。
 通りがかる住民に声をかけ、イオリの特徴を伝え尋ねてみても、視線を泳がせて、この島に滞在する適当な海賊の名前を言うばかり。
 わかりきった嘘に乗る気もなく、とにかく聞いて回ったが、収穫はゼロだった。
「チッ……、口止めされてやがるな。ベポ、もう日も暮れる。一旦宿に戻ってクルーからも情報を聞くぞ」
「うん……」
 元気のないベポを連れて宿に戻ると、ロビーではシャチが怪我をしたクルーの手当をしていた。
「いってェ……! おいシャチ、もっと優しく!」
「我慢しろ、男だろ!」
「いやおまえの手当は荒々しすぎ!」
「何やってんだ……」
 クルーの何人かが怪我をしていたので、太刀をベポに預け、まだ診られていないクルーの怪我を診て、手当する。
「何があった?」
 包帯を巻きながら訊くと、クルーは申し訳なさそうに答えた。
「街にいた人に聞いた海賊を訪ねたら、ありもしないことで突っかかってきやがってって攻撃されちまいまして……」
「おい、住民の証言が嘘だと気づけ」
「え、あれ嘘だったんですか!?」
 こいつらは……。思わず溜め息が漏れた。ベポもそうだが、ペンギン以外のクルーは大概が騙されやすい。とりあえず負けてはいないようだから、今回のことを咎めたりはしないが。
「おそらく住民は口止めされてる。生活を左右することのできる地主にな。だが、こっちも確信が持てない以上乗り込めねェんだ。確実に地主が連れ去ったとわかるまで、絶対に動くな」
「わかりました……。すみません、勝手に動いて」
「あァ、おれも何も言わなかったからな。乗り込んだ相手が海賊で、負けなかったのなら何も言わねェ。とりあえず、今日は一旦休むぞ。イオリを連れ去ったのが地主なら、イオリを欲しがっているのはあのガキ。変なことはされてねェはずだ」
「船長、生々しいこと言わないでくださいよ!」
「オブラートに包んだだろ」
「それでもです!」
 欲の捌け口にされているかもしれないという可能性は減ったが、怪我をしている可能性は高い。イオリは頭は悪いが賢明ではあるから、下手に治してあのガキ以外に執着心を持たせることはしないはずだ。
「イオリ、大丈夫かな……」
 未だにしょげているベポに近づき、シャチが背をぽんと叩く。
「イオリなら大丈夫だって! きっと待ってるだろうから、早く助けてやろうぜ」
「シャチ……、うん、そうだね」
「わかったらさっさと休む! ほら部屋戻って体拭くぞ」
 シャチはベポをロビーから追い出すと、去り際に振り返って無理矢理に見える笑顔を浮かべた。
「それじゃ船長、ベポはおれに任せてください」
「……あァ」
 あいつもおそらく、懸念を抱きながらも二人についていかなかったことを後悔しているのだろう。イオリはどうやらおれが思う以上に受け入れられているようで、クルーにも冷静さを欠いて突っ走るほど心配されているようだ。
「イオリ、船長が思うより心配されてますね」
「みてェだな。……もうくだらねェことは訊かねェよ」
「そうしてください。おれももう休みます。船長も早く休んでくださいね」
「あァ」
 部屋に戻り、シャワーを浴びて髪を乾かし布団に潜り込む。前の島からずっと寝る時にあった抱き枕がないことに、少しだけ違和感を覚えた。しかし街中を歩き回った疲れはあったようで、考え事をせずに目を閉じていればすぐに意識が闇に沈んだ。



「キャプテン、朝だよ! 起きてー」
 ベポに揺り起こされ、上がらない瞼を無理矢理持ち上げて目を覚ます。起きた時にイオリがいないのは時々あることなので今更驚きはしないが、すぐ見つけられる場所にいないのは初めてのことだ。おれたちから離れることを極度に恐れるイオリが今どんな思いでいるのか、それが少しだけ気になった。
「早くご飯食べて、イオリ探しに行こう!」
「あァ……。先に食ってろ」
 壁に据え付けられた時計を見れば、早朝とは言えないまでもまだ早い時間だった。
 身支度を軽く整えて宿にある食堂に行ってみれば、クルーたちが既に朝食を食べ始めていた。
「おはようございます、船長!」
「あァ。早いな」
「いや、なんかイオリが心配であんまり眠れなくって! 早く連れ戻して快眠したいです」
「おまえらは連れて帰ってきたら宴会、だろ」
「あ、それもありか!」
「どうせ帰ってきたら眠気なんざ忘れてるだろ」
「確かに!」
 どっと笑い出す周囲に呆れの混じった溜め息を零すが、食堂の賑やかな空気に溶けただけだった。
「今日はとにかく地主が連れ去ったって確証を得られればいいんですよね?」
「あァ。間違っても目を泳がせた奴の証言を信じるんじゃねェぞ」
「昨日学習しました!」
 がさつに巻き直された包帯を指差しながら一頻り笑い、もう食べ終えたのか早々に食器を下げて出ていくクルーを見送る。
 隣に座るベポはあまり食が進まないらしい。どうやらまだ落ち込んでいるようだ。
「ベポ。もしかしたら今日戦闘になるかもしれねェんだ。しっかり食っておけ」
「うん……」
 コックが横を通るのに気がつき、すぐに呼び止めた。
「なんですか、船長?」
「これを修理に出してこい」
 出された掌に載せたのは、昨日ベポが持ち帰ってきて、ポケットに忍ばせておいたペンダントだ。あいつも気に入っていたようだから、たかだかチェーンが壊れたぐらいなら直してやればいいと考えてのことだった。
 コックはペンダントがどんな物なのかわかると、大事そうに握りしめて頷く。
「アイアイ、キャプテン。おれは少しずつ買い出し進めておきますが、いいですか?」
「あァ。補給は怠るな」
 イオリを心配しながらも仕事を忘れないコックに指示を出しておき、ベポが食器を片づけてくるのを待って席を立った。
 ペンギンとシャチにも同行するように言い、昨日聞き込みをして回った住宅街へ向かう。
 朝となれば観光地へ仕事に向かう住民が歩いていて、おれたちに気がつくとそそくさとすれ違っていった。
「チッ」
「完全に口止めされてますね……」
 気の弱そうなのを捕まえて問い詰めても、答えはしない。
 しかしこちらもグラープ・マールの社長との取り決めがあるため、下手に力に訴えるわけにもいかなかった。
「……その辺の物陰にいる部下を引きずり出して訊いてもいいんだがな」
 聞こえるように言ってみれば、慌てたように引っ込んでいく気配がした。
 やはり、住民が見張られていた。なんとかその見張りを掻い潜れないか試すも、住民が怯えるばかりで一向に成果が出ない。
 昼食を摂ってまた聞き込みを再開したが、住宅街のほとんどを当たっても確実な情報は得られなかった。日中の一番気温が高い時間帯にもなると、シャチだけでなくペンギンにも焦りや苛立ちの色が顔に浮かび始める。
 陽が傾きだした頃、こちらにも生活があるのだと声を荒げた中年の男に対して、とうとうシャチが切れた。
「シャチ! 落ち着け……」
「こっちだって大事な仲間が懸かってんだよ!」
 これ以上は社長との取り決めを破るだけだ、とベポに預けた太刀を手に取り、柄の部分を住民の胸倉を掴むシャチの頭に落とした。
「って……!」
「シャチ、一般人に手ェ出すな。わからねェなら他を当たるだけだ」
「……っ。すみません……」
 帽子を深く被り表情を隠したシャチの肩を、ペンギンが慰めるように叩く。
 次を当たるか、と歩き出すと、少し先にある家から母親と昨日の貴族より幼いガキが出てきて、おれたちを見てあっと声を上げた。おれたち、というよりは、向かう視線がおれより高いのだ、ベポを見てのことだろう。
「昨日のしろくまさん!」
「あ……」
 たたたっ、と駆け寄ってきたガキはベポに飛びつく。ベポはその体を受け止めると、地面に立たせて屈んで視線を合わせた。
「怪我は大丈夫だった?」
「うん! お医者さまにもみてもらったよ! きれいに治るって!」
「そっか、……良かった」
 そのやりとりで、昨日イオリが連れ去られるタイミングで襲われていたガキなのだと察しがついた。……この母親なら、あるいは。
 シャチに目配せすると、ひとつ頷いて一歩進み出る。
「あんた、この子の母親だよな?」
「えぇ、そうですけど……」
「この白熊と一緒にいた、ワンピース着て足枷つけた女の子、誰に攫われたのか知らねェか?」
 はっとした様子で口元に手をやった母親は、視線を泳がせた。
「頼む、何か知ってるなら教えてくれ」
 ペンギンが静かに言うも、母親の顔色は悪くなるばかり。ガキの方は何も知らなくて当然で、悲しそうな顔をするベポを不思議そうに見上げていた。
「! おいっ」
 突然蹲った母親に、シャチが慌てて駆け寄る。問い詰めたことで体調不良にさせてしまったのかと思い診てやろうと近づいて腰を屈めると、パーカーを掴まれた。
「!?」
「……この土地の地主です。彼の部下が広場で口止めをして、その子を連れて行くのをこの目で見ました」
 囁くような声だったが、はっきりと聞き取れた言葉。
「すみませんが、これ以上は……どうか」
 イオリを連れ去ったのが地主の部下だと、はっきりわかればそれで十分だった。
「……ただの眩暈だ。おれたちがストレスを与えたのが悪かったんだろ。もういい、悪かったな」
 見張りがいることも考えて、疑われないように演技をしておいた。
 ガキが母親の傍に戻ったのを確認して、来た道を戻る。
「街に出てるやつらを宿に集めろ。はっきりした証言を得られた」
「アイアイ、キャプテン!」
 クルーを集めて宿に戻る頃には、陽が完全に傾いて街が橙色に染め上げられていた。
 ロビーに集まったクルーに、昨日ベポが助けたガキの母親から情報を得られたことを伝える。今から乗り込む、とはっきり告げると、おぉ、と威勢のいい声が上がった。
「コック!」
「はいよ」
「おまえはここに残れ。あれは?」
「明日の朝には直るそうです。おれが取りに行きます」
「あァ、頼む」
 戦闘員ではないコックは、連れて行っても仕方がない。ここにも荷物があるのだ、その見張りも兼ねて置いていくことにした。
 太刀を担ぎ直すと音が鳴り、クルー全員が姿勢を正した。
「野郎共! これからウチのクルーを奪っていった奴らを潰しに行く。相手は金の力に頼って高を括った、世間知らずのお貴族様だ。――海賊のものに手ェ出したらどうなるか……、たっぷり思い知らせてやらねェとなァ?」
「アイアイ、キャプテン!」
 歓楽街を通り抜け、人の少ない地主の土地に差し掛かる。途中に屋敷を守るようにして高い鉄柵の壁があり、警備員も立っていたが、能力を使えばなんてことはない。体が切れたことに悲鳴のような声を上げる警備員の体を踏みつけ、イオリがいるであろう屋敷へ乗り込んだ。
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