silly question

 街へ行くベポたちと別れた後、シャチの案内で馬車の手配を請け負う店に来た。
 グラープ・マール本社へ行きたいのだと伝えると、店主はすぐに電伝虫で近場にいる馬車を呼び寄せた。
 料金を支払い、シャチとペンギンと共に馬車に乗り込む。御者が鞭を振るうと、舗装された石畳の上を多少の揺れを伴いながら進み出した。
「あいつら、今頃うまいもん食いまくってんだろうなァ」
 シャチが街の賑やかな方に目を向け、微笑ましげに言う。ベポがイオリに少しずつ分けながら店を梯子する姿が、容易に想像できる。
「いや、イオリは大して食べないだろう。船長の言いつけを破るとも考えにくい」
「言いつけ?」
「少しずつでいいから、三食食べるように気をつけろと言ってあるそうだ。……ですよね、船長」
「あァ。いつまでも不規則に食わせておくわけにもいかねェからな」
「はは、確かに。……んー」
 シャチは未だに二人のこと、というよりはあのガキのことが気になるようだ。
「やっぱおれもあっちについてけば良かったかな」
「まだ気にしているのか?」
「いや、おれも最初は気にしすぎかなって思ったけど、船長もベポも否定してくれねェし。余計に心配になってきたっつーか」
 自由行動だと言った手前、イオリたちに同行するよう頼むわけにもいかないと思って黙っていたが、杞憂に終わっていたようだ。おれも少しだが、この二人のうちどちらかを一緒に行かせた方が良かったのではないかと考え始めている。街から離れるほど、嫌な予感というものが募ってくるのだ。
 しかし今頃イオリたちもいろいろと食べ始めているだろうし、そうなれば今からシャチが追いかけたところで会えるかはわからない。それは本人も分かっているようで、僅かに後悔を見せながら大人しくしていた。
「あれだけイオリに懐いているベポがいるんだ、平気だろ」
「ま、そうだよな!」
 シャチは無理矢理自分を納得させたのだが、ペンギンがこちらを向き、見えている口元をへの字にした。
「三人は、一体何が気になっているんですか」
「……おれはシャチが珍しく鋭いことを言ったのに驚いたがな」
 くつりと笑い言うと、シャチが不満そうに唇を尖らせた。
「え、ちょ、船長ひどっ!!」
「あのガキ、時々何かに取り憑かれたように目の色を変えやがる。イオリを物扱いしていたのはあの家の"教育方針"とやらの賜物だろうが……、執着心の方は、あのガキのもんじゃねェな。もっと別の何か、だ」
「別の何か……って、幽霊とかですか?」
「さァな。……おれはあいつに何かあれば助けに行くつもりだが……、お前らは納得するか?」
 イオリの精神的な不安定さから、目が離せないでいるのは事実だ。必要以上に甘やかしている自覚もある。ただイオリを囲い込みたいだけなら、そこまでしなくてもいいはずなのに、だ。
 クルーが不満を持っても仕方がないとは思っていたが、今のところそんな様子はない。
「船長、おれたちが納得しないとでも? イオリをクルーだと言ったのはあなただし、おれたちも今までのイオリを見てそれに異論はない。大事な仲間が危険な目に遭っているのを見過ごすわけがないでしょう」
「船長がイオリを甘やかすのもあいつの雰囲気見てたらなんかわかるっていうか。それに……なァ?」
 変なところで言葉を切りペンギンに目配せをするシャチ。ペンギンも口元に柔らかい笑みを浮かべ、肩を竦めた。
「……なんだ」
 低い声で問いかけたが、ペンギンは緩く首を振るばかりだった。
「いえ、こればかりはおれたちからは何も。とにかく、少なくともおれたち二人はイオリを必ず助けますから、くだらない質問をしないでください」
「くだらない、ねェ……。確かにな。……悪かったよ」
 シャチはいえいえ、と明るく笑った後、だいぶ遠くなった街の方にまた目を向けた。
「一番は何も起こらないことだけど……、なんか、上手くいかない気がするんだよなァ」
「シャチもそう思うか?」
「はい、ものすごく」
 ペンギンはやはりその"嫌な予感"というものがしないようで、ただ首を傾げていた。
 しばらく長閑な公道を進んでいくと、黒く細身の鉄柵が囲む地域が見えてきた。
「あれがグラープ・マール本社に関わる施設がある中央の地域ですよ。本社の前までお送りします」
 御者は振り返ってそれだけ言い、また前に向き直った。
 鉄柵で検問を受け、名乗ると社員はすぐに案内を始めた。どうやら、あの商船から連絡が来ていたようだ。
 本社と思しき建物の前で降ろされ、そのまま社員が案内を引き継ぐ。応接間に通され太刀をシャチに預けてソファに落ち着くと、恭しく頭を下げられた。
「社長を呼んで参りますので、少々お待ちくださいませ」
 社長を待つ間、先ほどとは別の社員がコーヒーを淹れて持ってきた。
「海賊を迎えるにしては、随分と厚待遇ですね」
 ペンギンがコーヒーを啜りながら、ぼそりと言った。
「そうだな。それだけあの財宝が重要だったってことだ。返せとは言わねェだろうがな。別のところに意味がある」
「そういえば、商船でも言われましたね」
「こんだけ管理の行き届いた島があれば、あれもはした金だろ」
「あぁ、確かに」
 シャチは嫌味に対してけらけらと笑いながら便乗した。
 しばらく待っていると、社長が少し慌てた様子で応接間に入ってきた。
「遅くなってすまない」
「いや。ここに来てすぐに通されたが……、商船から連絡が来ていたのか?」
 老齢の社長は穏やかな笑みを浮かべ、ソファに腰を下ろしながら言った。
「あァ、きみについては手配書もあるからねェ。来たらすぐにわかるから、通すように言っておいたんだよ」
「なるほどな。まァ、何日も面会を待たされなくて良かったよ」
 社員がすぐに淹れてきたコーヒーを啜りながら、社長は苦笑を浮かべた。
「この島の記録(ログ)は一週間で貯まるからなァ。確かに、通常の面会手続きを取っていたら悠に超えて待たせてしまっていただろう。社員に言っておいて正解だった」
「フフ。おれもあまり待たされるようなら止めていただろうな」
「だろうね。……さて、本題に入ろうか。島に着いてから、どうやってあの洞窟に辿り着いたのか、それを聞きたい」
 商船で話したのと同じように、耳の良いクルーがいること、先に洞窟に着いたこと、それから航海日誌を頼りに部屋を見つけ、隠されていたものを持ち帰り通路をまた塞いだことを伝えた。
 一通り話を聞いた社長は穏やかに笑んだ。
「ふむ、きみは有能な仲間を連れているのだな。大事にするといい」
「あァ、そのつもりだ」
「今更あれを返せなどとは言わないから、安心してくれ。……きみたちは、"ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)"を目指しているのかね?」
「笑うか?」
 問い返すと、社長は今までの穏やかな所作から一変、豪快に笑った。
「まさか! いやァ、私もきみを気に入ったよ。これからも頑張ってくれ、応援しているよ」
「……あァ」
 社長の言葉に頷いて答える。商船の船長といい、揃いも揃ってお人好しな連中だ、と内心で笑ってしまった。後に続く海賊のために島の整備や物資の運送を行っているのだから、わかりきったことではあったが。
 偉大なる航路(グランドライン)での進み方についていくつかアドバイスをくれたので、それも素直に受け取っておいた。ちょうど航海士の一人であるペンギンもいる。ちらと見遣れば熱心にそれを聞いていたので、今後は気をつけてくれることだろう。
 しばらく話をしていると、廊下からばたばたと足音が聞こえてきた。
「……何事かな」
「あー、船長、もしかしてこの足音って……」
「ベポだろうな」
 がしがしと後頭部を掻きながら言うシャチに、おそらくあまり望んでいなかったのであろう答えを返す。
 ベポが慌てた様子でこんなところへ来たということは、危惧していた事態が起こったということだ。
「キャプテンッッ!」
 バァン、と扉を盛大な音を立てて開け、ここまで案内してきたのであろう社員が引き止めるのも気にせず踏み込んでくる。
「何があった?」
「イオリがいなくなっちゃった! これが目印みたいに落ちてたから、多分人攫い!」
 ベポがそう言って見せた手の上には、おれがイオリにやったアクセサリーが載っていた。ブレスレットはそのまま外せたようだが、ペンダントは無理だったのだろう、無理矢理引きちぎられている。
「くそっ……、やっぱり一緒に行っときゃよかった!」
「シャチ、後悔しても遅い。とにかく探し出すのが優先だ」
 歯噛みするシャチを宥めるペンギンの声にも、僅かに焦りが滲んでいる。
「トラファルガー君、一体何があったんだい。協力できるのであれば話しておくれ」
「……さっき話した、クルーが攫われた。あいつは今、事情があって碌に戦えない状態だ。ベポ、落ち着いて何があったのか話せ」
 二人が出かけた街の地図を用意してもらい、どこに落ちていたのか印をつけさせる。
「なんとなくイオリが動いた方角は掴めたな。島の中心部に向かってる」
「そうなると、この地域の地主の家しかないんだが……」
「その地主、10歳かそこらのガキがいるか?」
「あぁ、知っているのかい」
「知ってるも何も、今朝会った。宿に向かう途中で、イオリに目をつけてやがったんだよ。街中でも気をつけるよう言ったんだが……」
「ごめん、キャプテン……」
 しょんぼりと耳を垂れて謝るベポに、何があったのかを訊く。
「中央の噴水広場で休んでたんだけど、子どもがひどい目に遭ってるのに気がついたんだ。おれがその子を助けたいって言ったら、イオリが"一緒に行っても邪魔になるだけだから、ここで待ってる"って言って……。ちょっと手こずって、でも何か電伝虫で連絡を取ったらすぐにいなくなったんだ。それで子どもを連れて広場に戻ってきたらいなくなってて、親のところに送り届けてからにおいで追えるところまで探して、キャプテンがあげたのを集めてこっちに来たんだ。……キャプテン、悪いのはおれなんだよ、イオリのこと見捨てないよね!?」
 話を聞くに、その子どもを虐げていた奴らと誘拐犯はグルだ。連絡を取ったのが、誘拐できたという合図だったのだろう。賑やかな街中なら、手配書で顔の割れているおれと一緒にいなければベポが着ぐるみか何かと勘違いされることも珍しくない。ベポの性根が優しいことを知り、そこにつけ込んだのだと簡単に予想がついた。
「当たり前だ。だがベポ、お前もイオリも悪くねェ。あまり気に病むな」
 こくんと無言のまま頷いたベポの頭を撫で、地図を改めて見直す。
 確かに社長の言うとおり、イオリが落としたアクセサリーは順を追っていけば中心部に向かっていると考えられる。だが、街中で奴隷の女ということに目をつけた他の海賊が、街と地主の家の間の人の少ない適当なところに拠点を作り攫っていった可能性も否定できない。この島は広大で、随所に人のいない場所があるのだ。
「確信が持てないまま乗り込んでもな……。ペンギン、シャチ。全員に聞き込みに当たらせろ」
「アイアイ、キャプテン!」
 シャチから太刀を受け取りながら命じると、二人は返事をした後すぐに応接間を出ていった。何も言わずとも、今朝"何かあれば助ける"とクルーたちが言っていたのだ、すぐに動き出すはずだ。
 自分はベポと共にもう一度イオリの足跡を辿ろうと思い立ち上がり、協力を申し出てくれた社長を振り返った。
「アンタは何もしなくていい。地主との関係が悪くなっても困るだろ」
「あぁ、まァね……」
「ただ、もし犯人が地主ならそいつを潰すことに目を瞑ってくれ。……この地域に置いている武力を動かさないで欲しい、ということだ」
 海軍がここに常駐しないのは、グラープ・マールが独自に武力を持っているからだ。黒い鉄柵の中には武器庫や兵の駐屯所のようなものがあり、それで確信を持った。社長は随分な観察力だ、と溜め息交じりに笑いながら言うと、はっきりと頷いた。
「わかった、きみたちがこれから起こすいざこざには目を瞑ろう」
「こっちも確実にイオリがいるとわかる場所にしか乗り込まねェと約束する」
「あぁ、そうしてくれ。この島の人間は海軍より先に我々の武力を頼るから、海軍に追われる心配はしなくていい。きみの有能な仲間が、無事戻ることを祈っているよ」
「あァ、世話になったな。ベポ、イオリがいなくなった広場へ案内しろ」
「あ、アイアイ、キャプテン!」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら頷いたベポの背を追う。あれだけ警戒していたのに、たった一度の親切でイオリをまんまと連れ去られてしまったのだ、責任感の強いベポには辛いことかもしれなかった。連れ去られたのが懐いているイオリであれば尚更。
「ベポ、事が起こった以上泣こうが喚こうがイオリは帰ってこない。取り戻すために必要なことだけ考えろ」
「うん、ごめんキャプテン……! おれ、しっかりする!」
「それでいい」
 建物を出ると、馬車が待っていた。御者がおれたちに気がつき、早く乗るよう催促する。
「急ぎだと聞きましたので、街まで最速でお送りします。揺れますがよろしいですか」
「あァ、かまわねェ。急いでくれ」
「わかりました!」
 御者はおれとベポが乗ったのを確認すると、すぐに鞭を振るい馬を走らせ始めた。
 性質は悪いが、できれば攫ったのはガキの方であればいい。もし犯人が海賊なら、奴隷の女に対して求めることはひとつのはずだ。それを考えると苛立つ自分の感情が理解できず、行き場のない感情を逃がすように担いだ太刀を握る手に力を込めた。
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