connect memories

 目が覚めると、自分がいたのは昨日も寝ていたベッドの上。ひとつ昨日と違うのは、初日のようにローさんが私を抱き枕にしているということだ。
 身じろいでも反応がないことから、ぐっすり眠っているのだろうと思いお腹に巻きつく腕からそっと抜け出して身を起こす。
 服は昨日のままだけれど、身に着けていたアクセサリーは流石に危ないと思って外してくれたらしく、テーブルの上に無造作に置かれていた。
 耳に意識を集中させて、船の音を拾う。甲板では寝言やいびきが、船内ではおそらくは見張り番の人の活動する音が、厨房らしい場所からは食器を洗う音がしている。
 とりあえずシャワーを浴びて服も着替えてしまおう、と昨日から私のために部屋に置いてもらったバスタオルと、荷物の中から服を手に取ってシャワールームに入った。船長室の部屋の片隅に置かれた荷物は、邪魔にこそなってはいないようだけれど、結構大きくスペースを取っていると思う。どうにかしないとなぁ、と思いつつ、服を脱いで簡易な脱衣所と浴室を仕切る扉を閉めて、熱めにしたシャワーを被る。
 タイル張りの浴室では少し動くだけでも鎖の音が響いて、この音でローさんが起きてしまうことがなければいいのだけれど、とできるだけ音を響かせないようにしながらシャワーを浴びた。
 昨日ベポちゃんに散々怒られてしまったので、丁寧に髪の水分を拭って服を着る。
 部屋に戻ってみるとローさんはまだぐっすりと眠っているようで、することもなく暇だったので甲板に出てみることにした。
 何度か出入りはしているので、しっかり覚えている道を辿り甲板へ出る。船の構造上それほど広くはない甲板には、クルーが散り散りになって雑魚寝していた。ひときわ大きな体は、オレンジ色のつなぎを着たベポちゃんだ。シャチさんの枕になっているけれど、苦しそうな様子もない。
 あたりには食器が散らばっていて、昨日のままなのだろうと推察。大半が酔い潰れて寝ているようだし、寝返りで食器を割って怪我でもしたら大変そうだ。宴が大好きだと言っていたから、慣れているのかもしれないけれど……。片づけをしているのはコックさんだけのようなので、これも運んだ方がいいのかも。
 できるだけ汚れていないお皿を下にして、バランスを崩さないように重ねる。けれど記憶にあるとおり、腕には限界がきそうもない。視界の邪魔にならない高さで切り上げて、それを食堂に持っていった。
「あれ、イオリちゃん!?」
 食堂に入ると、すぐに気がついたコックさんが顔を上げこちらを見て、驚いた表情をする。
「おはようございます。あの、甲板が片付いていなかったので……」
「おはようさん。いや、それはすごく助かるんだが……。何その皿の塔!」
「? 落とさない範囲でできるだけ持ってきたのですが……。あ、これだけあると追いつかなくて置き場に困りますよね……」
「あ、それはテーブルに置いといてくれればいいさ。いやそうじゃなくて! 重くなかったのかい?」
 言われたとおりにテーブルにお皿を置きながら答える。
「はい、平気です。私、力は強いんですよ」
「ははっ、頼もしいねェ。そんじゃあ、甲板から食器を全部運んできてくれるかい? 人数少ない割に皆食うわ食うわ。結構散らかってただろ」
「そうですね……」
 コックさんに釣られて苦笑してしまう。確かに、散らかっていたから危ないと思って食器を下げてきたのだ。
「持ってきたものはテーブルに置いておけばいいですか?」
「あァ。それから、終わったら使ってた木箱を甲板の隅に二つか三つずつ重ねて置いて、酒瓶も集めて寄せておいて欲しい。後はあいつらが片付けるから、とりあえずそれだけ頼むな」
「わかりました」
 食器を食堂に運んで、木箱と酒瓶を甲板の隅に寄せておく。難しくはない仕事に、しっかりと頷いて食堂を出る。
 甲板に行く途中で、通路の角から声をかけられた。
「あぁ、おはようイオリ」
 ついさっき、音を拾った時に活動していたのはこの人だろうか。起きたばかりというわけではなさそうだ。
「ペンギンさん。おはようございます」
「今日は早いな」
 その言葉に、思わず困ったような笑みを浮かべてしまう。今日はたまたまというだけで、どう頑張っても起きていられる時間は短いから。
「多分、またお昼前には眠くなってしまいますよ。だから朝のうちに、お手伝いしておこうかと思って」
「勤勉だな」
 無理はしないようにな、とだけ言って、私の頭をぽんぽんと軽く撫でてから、何か用事でもあるのだろう方向へ歩いていくペンギンさんの後姿を見送る。
 本当に、この船の人たちは優しい。
 じわりと温かくなる目の奥、滲みそうな雫。瞬きをすることでごまかして、眠くなる前に頼まれたことを終わらせてしまおうと早足で甲板に出た。
 相変わらず眠ったままのクルーたちを見て自分の口が緩やかに弧を描くのを感じたまま、それを抑えることはせずに食器を拾い集める。サンドイッチでも入れていたのだろうバスケットを見つけて、グラスやジョッキはその中に入れた。最初に結構な量を持っていったから、これで終わりそうだ。拾い忘れがないのを確認して、食堂に持っていった。
「コックさん、これで全部のはずです」
「やっぱり一度で持ってきたのか……。それじゃあ、あとは木箱だけか?」
「はい、そうなりますね」
「じゃあ、よろしくな。終わったら後は好きにしてていいからな」
「わかりました」
 食器を置いて、もう一度甲板へ戻る。相変わらず船の中は静かで、廊下には鎖の音が響いた。
 ぽかぽかと暖まりだした空の下、大人の腰ほどの高さのある木箱を持ち上げて、甲板の隅に持っていく。足首を結ぶ長い鎖を腕にかけて、寝ている人たちに引っ掛けてしまわないようにしながら、言われたとおりに重ねあげた。あちこちに散らかる数の多い酒瓶を拾っていると、シャチさんが呻き声を上げる。そちらを見れば、ベポちゃんの腕にお腹を締められて苦しそうだった。
「……ふふっ」
 抱えていた瓶を隅に置いてから、ベポちゃんの傍に行き、シャチさんのお腹に巻きついた腕を外す。
「うぅー……、あ、れ……? イオリ?」
 シャチさんは呻き声を上げつつも、薄らと目を開けてぼんやりと私に焦点を合わせた。
「あ、起こしてしまいましたか? おはようございます、シャチさん」
「おぅ……おはよう……って、え!?」
「あ、あの、皆さん起きてしまいますから……っ」
 人差し指を口の前で立てて見せると、慌てて自分の手で口を塞ぐ。
 皆が起きていないかと辺りを見回して、誰も起きていないのを確認するとシャチさんは声を潜めて尋ねてきた。
「イオリは朝から何してんだ?」
「コックさんに頼まれてお片づけを……。途中でシャチさんが苦しそうだったので、ベポちゃんの腕を外してたんです」
 シャチさんは少し考える様子を見せてから、合点がいったとでも言うようにベポちゃんに目を向ける。
「あぁ、苦しかったのはベポの仕業か……。つーか、主役が何張り切って片づけしてんだ」
「え? いえ、でも……。私も一応クルーですから、眠くなる前に何かお手伝いでもと思って……」
 苦笑しながら、溜め息を吐かれる。そんなに悪いことをしただろうか……。
「ったくもー。そんなに気張らなくてもいいっていうのによ。そんじゃおれも一緒にやるよ」
「す……、いえ、……ありがとうございます」
 一瞬"すみません"と言いかけたけれど、それよりもいい言葉があると思い直して、言い直す。シャチさんもそれに気づいたのか、くしゃ、と髪を撫でてきた。
「それでよし」
 よしやるか、という言葉に頷いて、酒瓶を集めて隅に寄せる、という作業を再開する。案の定、シャチさんには私の腕力に驚かれてしまった。私もどうしてこんなに力があるのかはわからないから、どういう原理だと訊かれても答えることはできなかったけれど、"強い"のだという証拠には、なったと思う。
 シャチさんの協力のおかげで、予想していたより早く瓶集めが終わった。
「これの片づけは他のやつら叩き起こしてやっとくから。ありがとな」
「いえ。私はもうお部屋に戻りますね」
「おー」
 ひらひらと手を振るシャチさんに会釈をして、船室に入った。
 船長室への道を歩いていたのだけれど、途中でふら、と体が傾ぐ。
「……?」
 思わず壁に手をついて、しゃがみこんだ。ぐらぐらと揺れるような感覚がして、気持ち悪い。
 落ち着くまで待とう、とそのままの体勢でいると、少しして足音が聴こえてきた。
「イオリ?」
「ローさん……?」
 足音の主はローさんで、私の傍に来て足を止めると、太刀を肩にかけたまま片膝をついた。
 俯いたままの私の視界には、ローさんの膝と長い太刀の先だけが入る。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「眩暈が、して……」
「そうか……。何か用事は?」
「いえ、終わって戻る途中で……」
 屈んでも治まらない平衡感覚の狂いに、米神を押さえる。
「とりあえず、部屋に戻るぞ。大人しくしてろ」
 それだけ言うと、ローさんは器用にも太刀を持ったまま私を抱え上げた。
 自分で歩ける、と虚勢を張りそうになったけれど、少し動くだけでぐらりと揺れる感覚には、抗えそうもない。
 彼が足を進めるたびに揺れる感覚。仕方のないことだとはわかっていても、不快感は拭えない。そのことに悩まされ、革靴の底が床を踏む音と、私の足で鳴る鎖の音に耳を傾けながら、大人しく船長室に運んでもらった。
 ベッドに寝かされて少しすると、揺れていた感覚が治まる。はぁ、と詰めていた息を吐き出すと、落ち着いたとわかったのかローさんが口を開いた。
「楽になったか?」
「はい……」
 お腹を冷やさないようにと、布団をかけられる。ローさんはそのままベッドの縁に腰掛けて、私の顔を見下ろした。
「何か思い出したのか?」
 訊かれて、自分の中にある未だに少ない記憶を探る。
「……あ」
 確かにある、切れたままわからなかった記憶の続き。けれどやっぱり繋がりはわからない。死ぬと思ったあの瞬間と、こちらの世界へ来るまでの間が少しだけ埋められた、というのが正しい気がする。
 ハンター試験、ヨークシンシティでのオークション、G・I、会長選挙。つらつらと浮かんだ単語に、何があっただろうかとひとつひとつ思い起こす。ハンター試験でゴンとキルアに出会って、ヨークシンシティでも一緒に掘り出し物探しをした。残念ながら、ヨークシンでの記憶は虫食い状態。G・Iにも、どういう経緯で挑んだのかわからない。わかるのは、途中でヒソカと会ってゴンとキルア、それから二人の師匠であるビスケ様に誘われてドッジボールをやったこと。会長選挙では、アルカちゃんを守りたいというキルアの願いに応えて少しだけ援護して……。一連の流れとして思い出せるのはそこまでで、どう頑張ってもそこから繋がる記憶はわからなかった。
 新しいことから思い出すはずだったけれど、私が思い出したのは一番新しい、強く強く印象に残った記憶だった。その間が突然埋められて、眩暈がしたのだろう。どうやって生き延びたのか、どこで私の考え方が変わったのか、それはやっぱりわからないけれど。とにかく、自分がどう戦っていたのかは、客観的にでしかないけれどなんとなくわかった。それだけでも、こちらで役に立つ情報だ。
「私……、夢で見た記憶の後にも、残っていて平気な記憶があったみたいです」
「そうか……。また眠くならないとも限らねェし、今日は休んでろ。手伝いは朝してきたんだろ?」
 船長室の窓からは、甲板の様子が見える。起きた時に、甲板で片づけをしているところを見たのだと思う。私が役に立ちたいと思っていることもわかって、汲んでくれている。
「……そうします」
「あァ。何か食うか?」
「いえ……」
 段々と眠くなってきて、眠気には逆らえずゆっくりと瞼を閉じる。
「……ゆっくり寝てろ」
 髪を撫でる手に安堵しながら聴いた、耳に馴染んだその声に、すぐに眠気に任せて意識を手放した。
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