confidential talk

「キャプテン、イオリはどこの部屋?」
「あァ、言ってなかったか。おれの部屋だ」
「!?」
 様子でも見に行く気なのだろう、尋ねてきたベポに答えてやると、イオリの年齢が発覚した時のように周囲がざわついた。
「キャプテンが女の子を……」
「同じ部屋に……?」
「おい、言っておくがやましいことは一切ねェからな」
 囁き合う声を威圧で押し潰すように遮る。
「え!? むしろ何もない方に驚くんですけど……!」
「バラされてェのか」
「ひいっ! すいません口が過ぎました!!」
 降参のポーズを取るクルーは十分怯えたようなので、それで気が済んで太刀にかけた手を離す。
 クルーの言うことも一理あるといえばそれはそうなのだが、こいつらはあのぼけっとした面を見てなおそれが言えるというのか。
 理解に苦しんで眉を寄せると、隣のテーブルにいたシャチが口を挟んできた。
「でも船長、他に空き部屋あるのに、なんでわざわざ船長室にしたんですか? 心配っていったって眠い以外は問題なさそうでしたし。そもそも隣に医務室あるんですから、そんなに不便もないでしょう」
「……さァな」
 おれの正面にある空の皿だけが載ったトレーを見て、ベポが"片付けていい?"と問うてきた。頷くと、ベポは自分の分と合わせてそれをカウンターに戻す。
 これ以上生産性のない話をしていても仕方がない、とベポが戻ってくるのを待って立ち上がった。
「船長、宴の準備はこっちでやっちゃっていいですか?」
「あァ。多分あいつは酒が飲めねェから、何か代わりを用意しとけ」
「わかりました!」
 初めはイオリとの付き合い方に戸惑っていたようだが、ペンギンもシャチも話してみればなんてことはないとわかったようで、船内で会うたびに様子はどうだと気にかけてくる。ベポも自分のことを気味悪く思わないイオリに随分と懐いたようだし、クルーとも打ち解けることはできるだろう。時々話が噛み合わなくなるが、それもこちらが上手く聞き返してやればきちんと繋がるものとして返ってくる。
「初めは上手いこと会話が成り立たないかもしれねェが、大目に見てやれよ。そのうち話し方もわかってくる」
「どういう意味ですか?」
「あいつはあまり頭の回転が速くねェ」
「あぁ、そういう……」
 しかし一生懸命に答えていることは先程のやりとりからも窺えたはずだ。
 シャチがフォローしだしたので、この場はもういいか、と太刀を預けたベポを連れて食堂を出る。
「キャプテン、イオリの傍にいてもいい?」
「あァ、静かにしてればな」
「うん!」
 部屋に着いて扉を開ける。ソファかベッドにでもいるのかと思いきや、その二ヶ所のどちらにも姿はなく。
「……?」
「きゃ、キャプテン、足元!」
 焦った声でベポに言われ足元を見てみれば、視界に入る見慣れた鎖。それを追うと、扉の横の床でイオリが丸くなっているのを見つけた。
 すぐにイオリをベッドに運び、様子を見てみる。脈も体温も正常、顔色が悪いということもない。
「キャプテン、イオリどうしたの?」
 布団をかけてやりながら、ベポの問いに答える。
「部屋に来てすぐ寝ちまったんだろ。至って正常だ」
「そっか、良かった……」
「他に考えられるのは、以前の癖だろうな……」
「くせ?」
「あァ……、おまえにも少し話しておくか」
 これだけ懐いているのなら、イオリへの理解を深めておいた方がいい。そう考え、首を傾げるベポをソファに座らせた。
「イオリが奴隷だったことは、本人から聞いたか?」
「うん……」
「前は護衛の仕事をしていたらしい。なら、さっきみてェに入り口の傍で寝てたというのも頷ける」
 島で過ごした最初の夜にも、"ベッドが落ち着かない"と言っていた。あれは、床で寝るのが当たり前だったからこその言葉なのだろう。一昨日もベッドで寝ていいと言ったのに、買い出しに行くと呼びに戻ってみればソファに座って舟を漕いでいた。
「まずは普通の生活を覚えさせなきゃならねェな……」
「おれもそう思う……」
 今は記憶もほとんどなく、あっても新しい記憶ばかりだから、まだイオリは自分の境遇を悲観せずにいる。しかし、旅団に仕えるまでの仕事を聞く限り、古い記憶が戻ってきたらカデットの言うとおり自分を"奴隷である"としか考えなくなってしまうだろうことは想像に難くなかった。
 銃弾から得た情報では、イオリ自身にも取引をするだけの能力はあった。時間で考えると、一度旅団に捕まってから手放され、それから次に拾われるまでの間のことだ。あくまで仕事なので報酬はきちんと取る、そのための取引ぐらいはできていた。しかし、その取引が多少複雑になったり、契約の内容を書面に起こされたりすると、懇意にしている人間の力を借りていた。そんな状態だったために、イオリにとって契約をするためのアドバンテージは実力だけであり、その上足枷があるというだけで雇い主はイオリを見下す。庇う過程で服を汚してしまうという仕方のないことですら執拗に咎めていた。"わざわざ奴隷のお前に高い金を払っているのに完璧に仕事をこなすこともできないのか"と。"奴隷である"というだけで、イオリを雇う奴は皆強気に出ていた。
 食事をまともに摂らなくとも平気だし、寝床も与えずに済むうえ、文句はひとつも言わない。それでいて戦闘能力には文句のつけどころがないのだから、扱き使うにはさぞかしちょうど良かったことだろう。イオリは短期で単発の仕事しか請け負わなかったが、それでも頻繁に依頼が舞い込んでいた。金持ち同士、情報のパイプでもあったのだと簡単に予想がつく。休む暇もなくなって、今の感覚ができあがってしまったのだ。
「イオリね、"大好きな人が傷つくようなことを言わないなら、それでいいと思う"って言ってた。だから誰に何を言われても、悲しいけど気にしないんだと思う」
「今朝、そんなことを話してたのか?」
「うん。熊が人みたいに動いてるのは気持ち悪くないか、って訊いたんだ。そしたら、キャプテンや皆のこと好きかって聞かれて、好きだよって言ったらそう返されたんだよ。でもそっか、癖ならしょうがないね……。ちょっとずつなら覚えてくれるかな」
「無理にでもそうする」
「おれも手伝う!」
「あァ」
 ふと目を遣ると、イオリは相変わらずすやすやと穏やかな寝息を立てているが、床で寝ていた時と同様に、胎児のように丸くなっていた。仰向けに寝かせたのだが、自分で寝やすいように体勢を変えたのだろう。
「キャプテン、イオリがどれくらい強いのか知ってるの?」
 ベポが思い出したように尋ねてくる。
 訊かれて思い出すのは、初めて会った時の苦々しい敗北だ。
「……あァ。能力も効かねェ、剣術も何もかも敵わねェ。万全の状態のあいつは、相当強ェ。おれと戦った時も、底なんか見せていなかった」
「能力も!? そうなんだ……」
「だが、記憶が戻ったらその力はすべておれのために使うと約束してきた。イオリの記憶が戻れば、その約束も当然思い出す。あいつの圧倒的な力は、おれのモンだ。囲いこんででも、絶対に誰にも渡さねェ」
 最悪のパターンは、記憶の戻ったイオリがおれの手を離れることだ。悪魔の実の能力を無効化するかのようなあの力が他所に行くと非常に厄介である上、こちらの骨折り損だ。そのうえ敵に回るとなると、どれだけ楽観的に見ても面倒になることは間違いないのだ。
「……うん、それならキャプテンを信じるよ。それにやっぱり、イオリは裏切ったりするような子じゃないって思うもん」
「そうだな……」
 イオリは口上だけで誓うことができるほど器用じゃない。戦いに身を置いて感情を隠すのは得意なくせに、嘘はつけないのだ。
「それにまだ偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりだもんね! キャプテンだってもっと強くなるでしょ?」
「当然だ」
 イオリは死と隣り合わせの厳しい世界の中で、六年間も身を削りながらほとんどの時間を一人で生きてきた。経験の差とでも、言えばいいのか。そういえば、海に出てから初めて死を間近に感じたのはイオリと対峙した時だったと、そう思った。偉大なる航路(グランドライン)に入ってからも、未だに強敵とは巡りあっていなかったのだ。
 そうして、命を握る能力を持っていながら、イオリに命を握られた。完全に、おれの力不足だった。
「ベポ、士気に関わることは口外すんなよ」
「うん、わかってる。キャプテンはもっと強くなるんだもん、絶対言わないよ」
「あァ」
 おれに全幅の信頼を寄せるベポの頭を撫で、話をやめにした。
 ベポはイオリが眠るベッドに寄りかかって昼寝を始める。読みかけの医学書があったのを思い出し、夜までに読みきってしまおうとそれを手にソファに落ち着いた。
 自然と目が向くのは、ベッドで穏やかに眠るイオリだ。今はまだただの足手纏いでしかない、しかし絶大な力となり得る女。
「……絶対に手放さねェ」
 その決意に、イオリを船に乗せてもいいと言った時のあのわけのわからない感情も含められていることに気づいて、手元の文字を追いながらあの日と同じように自分の口元に自嘲気味な笑みが浮かぶのを感じた。
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