uncommon newbie

「シャチ、こいつに合ったつなぎを仕立ててくれ」
「へ?」

 いきなり部屋に来たかと思えば、何なんだいきなり。
 船長は自分の背に隠れる女の子を指差して、そう言った。女の子に、つなぎ。つなぎはクルーの証で、え?

「……その子が新しいクルーなんですか?」

 昨日、皆が変わった新入りがきたと噂していたような。
 そんな曖昧な材料と混乱する頭で、ようやく搾り出せたのはその一言だった。

「あぁ、話が早いな。足枷が邪魔でズボンは履けないから、うまく直してやってくれ」

 そうじゃなくて!! そうじゃないんですよ船長!

「女の子乗せるんですか?」
「あァ。今は記憶喪失で何もできねェが、元々強いからこれから先役に立ってくれる」
「なるほど。……いやでも、無理につなぎ着せることないんじゃ……」
「戦いやすい服があった方が良いだろ。新しいクルーにつなぎをやることの何が悪い」
「確かに仲間はずれは良くないけど! 女の子なんだしもっとおしゃれなもの身につけさせるとか……!」

 別につなぎを仕立てるのが苦なんじゃない。ここまで来る途中に新入りが入ってきた時も一着一着頼むと時間も金もかかるからとおれが作ることはたまにあった。だからそれはいいのだが、まだ少女と言って差し支えない子につなぎって。
 流石にかわいそうじゃないかと反論したのだが船長に敵うわけもなく、結局いきなり船長に連れてこられた女の子のつなぎを仕立てることになったのだった。
 とりあえず、おれの部屋だとしょっちゅう人が来るから女の子の採寸などしているところを見られたら確実にやばい。明日からおれにセクハラ野郎の称号がつく。それは船長もわかってくれているようで、船長室を使っていいと言ってくれた。
 船長のあとについて部屋へ向かう間に、自己紹介ぐらいは済ませてしまおうと横を歩く女の子に話しかける。

「おれはシャチっていうんだけど。えーっと、名前は?」
「イオリです。よろしくお願いします、シャチさん」

 礼儀正しくぺこり、と頭を下げるイオリ。本当に強いのか、と疑ってしまうほど華奢だし、どこかぼんやりしている気がする。もしかしたら能力者なのかもしれないけど、それにしたって隙がありすぎる。記憶喪失のせいかと納得して、よろしくな、と返した。
 歩き出してわかったことだが、イオリの足には銀色といって差し支えない綺麗な色の足枷が填められている。カシャン、カシャン、とイオリが足を進めるたびに鎖が鳴って、人のあまりいない船長室の傍では、ずいぶんと大きな音に聞こえた。その足枷は鎖で結ばれていて、この子は奴隷だったのだと一目でわかってしまった。鎖は脚を限界まで伸ばしても足りそうな長さで、行動を縛るのではなく身分の証明のために着けられたものだとわかる。世界共通の奴隷の証といえば爆弾つきの首輪だが、この子はまたどこか遠くの国のそういう制度の下で生きてきたのだろうか。船長は別にそんな風に扱うつもりはないらしいから、それに従うまでではあるのだが。
 船長室に着いて、船長が本を読み始める傍で採寸の準備を始める。

「んー、なんとかうまくやってみるけど……」

 今はワンピースを着ているからいいが、つなぎとなると難しい。

「ま、とりあえずは採寸だな」

 セクハラもいいところな仕事は、早々に終わらせてしまおう。
 幸いにもイオリは恥ずかしがって躊躇うとかそういうこともなく、大人しく測らせてくれた。自我のない子供のようだとも思ったが、それともまた少し違う気もする。子ども特有の純粋さがないというか。

「これで終わり。大人しくしてくれてありがとな」

 笑いかけて言ってやると、こくりと頷かれる。

「船長、色とか希望あります? イオリは肌白いし、多分白じゃ似合わないっつーか、病人みたいになりますよ」

 試しにおれのつなぎとイオリの腕を重ねてみたけれど、とてもじゃないが病的すぎて見ていられない。船長もそれを見て、顎に指を添えて眉間にしわを寄せた。

「……それもそうだな。ベポと同じ……も、あまり合わねェな」

 ベポは熊で白いから、白いつなぎじゃあ駄目だなということで、あの色だ。イオリはベポほど真っ白なわけではないが、むしろそうだったら怖すぎるが、とにかく全身白だとあまり健康的に見えないのだ。オレンジもなんだかイオリの雰囲気に合わない。

「まぁ、無難に黒だろ。イオリ、お前が動きやすいように作ってもらえ」
「え、あの」
「そうだな! まず一番の問題は足だろ」

 あ、う、とためらう様子を見せたので、切り出しやすいように口を閉じて待ってみる。

「……短くしてもらうことはできますか?」

 不安そうな表情で訊くのは、きっとなかなか自分の望みを言えなかったからなのだろう。

「いいけど、冬島とか行くと寒いぞ?」
「大丈夫です」
 船長も何も言わない。彼女の言うとおり、本当に大丈夫なんだろう。
「じゃあ一応、紐で寄せ上げて長さ調節できるようにしとくな。あとは履き方だよなー……。今までワンピースとかしか着てなかったんだよな?」
「はい」

 こくりと頷きながら言われる。さて、どうするか。
 考え込むおれを見て、イオリがしょんぼりと眉を下げて俯く。あ、やばい。へこませた。

「大丈夫大丈夫! なんとかするって!」
「できなきゃバラす」
「船長怖ッッ!!」

 イオリはおろおろとおれと船長を交互に見ていて、悪い子じゃあないんだな、というのはよく分かった。

 どうするかな、とソファを借りてイオリと少し相談しながら悩んでいると、しばらくしてイオリがうとうとし始めた。頻りに目を擦って、なんとか寝ないように耐えているようで、見兼ねて声をかけてみる。

「どうした? 眠いか?」
「すみません……」

 心底申し訳なさそうな顔をするから、嫌な気もせず。むしろこちらが不安な顔をさせているような気分にさえなった。

「あぁ、いいっていいって。大体どうしたらいいのかわかったし、昼寝しろよ」

 頭を撫でて諭すように言ってやると、イオリはすぅ、と引き込まれるように眠りに落ちてしまった。ぽふんとソファに体を沈めてしまったが、船長が読書を中断してベッドへ運ぶ。お腹を冷やさないように布団をかけて、おれの向かいに腰を下ろした。

「気を悪くすんなよ」
「大丈夫ですよ。なんか原因があるんですよね?」

 船長の言い方が、イオリに悪気があるわけじゃないと言っているようで、なんとなく他に原因があるのだとわかった。

「あァ。あいつには今ほとんど記憶がないと言っただろう。おそらく考える材料が足りねェっつうのが一番の原因だ。そのうち良くなる」
「それなら良かった」
「最初はただの足手纏いにしかならねェが、これから先役に立つことはおれが保証する」
「いや、そもそも船長に反対なんてしませんけど……。困ってる時に力貸してやればいいんですね!」

 船長はあんまりそういうことをはっきり言いたがらない。多分、イオリ本人にはペンギンあたりを頼るように言ってはあるんだろうけど。

「そういうことだ」

 どう強いのか聞きそびれて船長室を出てきてしまったが、それはイオリ本人が戦えるようになってから知るのでも悪くない。
 イオリも割と乗り気だったし、おれたちと揃いのものを喜んで身につけてくれるのが嬉しい。当番制の仕事との両立で少し時間はかかりそうだが、できるだけ早く作ってやりたいと、そう考えるようになっていた。
 少し変わった新入りだというのは本当だったようだが、それは立場の話。少しばかりやっかみを買いそうではあるけれど、船長の言葉通りに、本当に仲間といえるようになるまでしっかり守ってやろうと思った。
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