change slave nature
商船の中に入って衣類のあるエリアに来ると、女性の船員さんは早速何着か服を見繕ってくれた。試着してみて、動きやすいものを選んで取り置いてもらう。ローさんには手元にあるもので十分だと伝えたのだけれど、少しぐらい自分で選べと言われてしまったのだ。結局動きやすさで選んでいるから、彼の希望通りにとはいっていないのだろうけれど。
ローさんは暇そうに、ペンギンさんはどこか微笑ましげに私たちのやりとりを見ていた。
けれど、楽しかったのも最初の数十分。段々と船員さんの方が楽しくなってきたようで、私はもはや着せ替え人形と化していた。
「あら、これもいいわね! とりあえず着てみてちょうだい!」
「は、はい……」
助けを求めて二人に視線を向けても、ローさんは知らん振りだし、ペンギンさんは困ったように首を傾げるだけ。
そうこうしているうちに、少しずつ、船員さんのチャレンジ精神が増してきたというか。初めはシンプルなデザインのものを選んでくれていたのに、今は凝ったデザインのものも混じり始めている。
船員さんは気にせず姿見を見せてくれるけれど、可愛らしいデザインの服にはどうしても、足枷が不釣り合いに見えてしまう。
奴隷は奴隷らしく、人を不快にさせない身なりでいればいい。やっぱり、私にはこんな素敵なもの、似合わない。
下唇を噛むと、それに気がついた船員さんが気遣うような表情で覗き込んでくる。
「どうかした? これは気に入らなかったかしら?」
「いえ、どれも素敵です……、でも、私には過ぎたものだから……」
カシャ、と小さく鎖が鳴る。
船員さんは困ったように笑って、ローさんを振り返った。
「とってもかわいいのに……、ねぇ、そう思いません? 船長さん」
ローさんは少しだけ考えるように視線を巡らせた後、口角を上げてどこか愉しげに返事をした。
「……二つ前に着たやつ。あれもだ」
彼の言葉に、船員さんは試着が終わって軽く畳んで積まれた衣類の中から一着を手に取る。
「えぇと、これだったかしら」
「そうだ」
「うんうん、確かによく似合ってたわ! 買っていきます?」
「あァ。あんたが気に入ったのは勘定に含めてくれていい」
「かしこまりました! やーん、迷っちゃうわ! これも良かったと思うのよね! ほら、あなたは何か気に入ったのないの?」
そんなことを言われても。
長い間大して興味も持たずに過ごしてきたし、どうにも傍から見たら身の丈に合わない格好をしているようにしか見えないのではないか、と考えてしまうのだ。
ローさんは戸惑う私を見て、はぁ、と溜め息をついた。
「お前はまず自分でものを選ぶことを覚えた方がいい」
「う……」
「他人の目も気にするな。ちゃんと合うモンを選んでくれてんだ、素直に気に入ったのは買っておけ」
「……は、はい」
勢いに気圧されて思わず返事をした。言いたいことは言ったとばかりに、くるりと踵を返して他の船員の買出しの様子を見てくるから、とペンギンさんを伴って部屋を出て行ってしまう。
船員さんはそれを見送ると、手に持っていた服を私の肩に合わせながら楽しそうに笑った。
「船長さん、恥ずかしくなったのね。さっきからあなたに似合ってるとしか言ってないもの」
「え? あ……、そうなんですか?」
「えぇ、そうよ。私のセンスも褒められたみたいで嬉しいわ。女の子なんだから、もっとたくさんおしゃれしていいって言ってくれてるようだし。……気を悪くするかもしれないけど、あなた、奴隷だったの?」
申し訳なさそうな表情で問いかけてくる船員さん。この人は別に悪意を持って訊いているわけじゃないのだと判断して、素直に頷く。
「今はあまり、記憶がないんですが……」
「……そう。だから船長さんも自分の意志を持ちなさいって言ってるのね。一生奴隷根性染みついたままで過ごすのも良くないし。海賊やってるんだから先もわからない身だし、やりたいことはやっておくべきだわ」
船に乗る前も、そんな状態だったような気がするけど……。ぼんやりとそう思い、また少しだけ思い出せていることに気がつく。
「それは……、わかってはいるんですけど」
「なら、船長さんの言うとおりに自分で少しぐらい選びなさいな」
諭すように言われて、その言葉に背を押されるようにして少しだけ気になっていたものを手に取る。
「そうそう、それでいいのよ」
染みついた感性というものが邪魔をしてどうしてもむず痒いような思いをしたけれど、それが普通なのだと思い直して、ためらいながらではあるけれど私がいいなと思い選んだものも買ってもらった。
途中で戻ってきた二人は私が自分でいくつか選んでいるのを見てどこか安心したような表情をしていたから、自分の意見を言えない私を相当心配してくれたのだと思う。自分でも多少卑屈になっているのはわかっていたし、やっぱり自分が抜け出そうとしなければ何も変わらないのだ。
「船長さん、他に何か要る物はあります?」
「いや、他の日用品は持たせられていたから平気だ」
「そうですか、それなら良かった」
「他も買い出しが終わってもう出航になるが」
「あら、もうそんな時間なのね」
壁にかけられた時計を見ると、正午を回った頃だ。
「女の買い物が長いってのは覚悟してた」
「うーん、反論の余地なし」
ローさんの言葉に苦笑した船員さんは、私の目を覗き込んで今度は穏やかに笑む。
「イオリちゃん、この船には同年代の子があまりいないから、お話できてとても楽しかったわ」
「いえ、こちらこそ……。いろいろと気にかけてくださって、ありがとうございました」
頭を下げると、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「どういたしまして。良い旅になることを願うわ」
船員さんとお別れをして、それから商船の船長さんに挨拶をして。
買い出しを終えて全員が戻っていることを確認すると、ハートの海賊団は陽が高いうちに出航した。
船長室に戻ってきてソファに落ち着くと、途端に眠気が襲ってくる。うとうとしていると、それを見たローさんが小さく笑った。
「慣れねェことして疲れたんだろ。寝とけ」
ローさんは医学書を手に取って読み始める。その言葉のまま、ソファに横になって大人しく目を閉じた。
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「ん……」
眩しさが瞼越しにも伝わってきて、目が覚めた。どうやら朝みたい。一体どれぐらいの間寝ていたのだろうか。正午を回った頃から朝だから、……とりあえず十二時間は悠に越えているということだけはわかった。
お腹にある重みから逃れようと少しだけ身動ぎをすると、頭の上の方で不機嫌そうな掠れた声が聴こえてきた。
「……起きたのか」
声のした方を見ると、やっぱり声色通りの表情をしたローさんが。眠気と不機嫌さが混じったような表情だ。
「……え? あれ? ローさん……? おはようございます……?」
周囲をよく見れば視界に入る、昨日眠りに就いたはずのソファ。それなら自分は一体どこで寝ているのか。
答えはすぐに出たのだけれど、理解はできてもうまく飲み込めない。そんな私を見て、ローさんはくつくつと笑った。
「混乱しすぎだ。もう少し寝たい。大人しくしてろ」
ぎゅ、と抱き寄せられて、お腹にあった重みはローさんの腕だったのだと理解する。
「え、あの、でも……」
「大人しく抱き枕になってろ……。おれは眠いんだよ」
「う、はい……」
だめだ、寝惚けてしまっている。眠い所為かどこか不機嫌だからと、大人しく言葉に従うことにした。
すぐに寝息が聴こえてきて、本当に眠かったのだとわかる。あの島で二日連続でソファで寝させてしまったし、普段はベッドで寝ているというのなら多少寝不足になってしまっているのも頷ける。私の所為でもあるのかと思うと、どうにも抜け出す気にはなれなかった。
しばらくすると私も眠くなってきてしまって、睡魔に身を預けて。次に目を覚ましたのはお昼過ぎ。
ローさんはベッドにはいなくて、ソファで医学書を読んでいた。
身を起こすと、衣擦れの音に顔を上げたローさんが起きたか、と言う。
「すみません、寝てしまいました……」
「あァ、別にいい。先に顔洗ってこい。クルーに頼みごとがあるから、一緒に来てもらう」
「? ……はい、わかりました」
何をするのかわからないけれど、私がいないと話が始まらないのだろう。
不思議に思いながら、言うとおりに身だしなみを整えた。
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