girl like chick

「ペンギン、今日からこいつを乗せる」
「……わかり……、は?」

 扉が開いていた自室の入り口から船長にそう声をかけられ、海図に落としていた視線を上げて振り返る。船長がクルーをスカウトして連れてくるのは珍しいことではない。だから、特に考えず返事をしようとしたのだが……。

「なんだ」
「いえ……、え?」

 船長の横に立つのは、ワンピースを着た少女とも女性とも取れる女。
 新しいクルー、と聞いて浮かんだのは男だったのだが、振り返って見てみればそこにいたのは戦いも知らなそうな女だった。戸惑わない方がどうかしている。
 船長がそんな物資の無駄になるような選択はしないとわかってはいるが、予想外の事態に頭がついていかない。とりあえずと目を向けたその女の足には鎖で結ばれた足枷が填められていて、動きを制限するものではないにしろそれが奴隷の証であるということだけはわかった。何やら鎖の音がするとは思ったが、彼女のものだったのか。まさか、買ってきたわけじゃないだろうな。いや、そもそも今居るのは無人島だから、買うなどということができるわけもない。

「新しいクルー……ですよね?」
「多少特殊な立場にはなるがな。イオリ、こいつはペンギンだ。おれがいない時に何かあったらこいつを頼れ」

 イオリと呼ばれた女はこくりと頷いておれに向き直る。

「よろしくお願いします、ペンギンさん」

 礼儀正しくお辞儀をして言うイオリ。その丁寧さがうつり、思わず"あぁ、よろしく"と返事をしてしまった。理解すらしていないのに、納得して受け入れたみたいじゃないか。
 船長はそんなおれを見て、溜め息をつく。鋭いこの人の前なので顔にも出さないしはっきり言うこともしないが、正直溜め息をつきたいのはこちらだ。

「……はァ。イオリ、おれの部屋には戻れるか?」
「大丈夫です」
「少しこいつと話があるから、先に戻ってろ。なんならベッド使って昼寝してても構わねェ」
「はい、わかりました」

 イオリは船長の言葉に返事をしてもう一度おれに頭を下げると、鎖の音を鳴らしながら廊下を歩いて戻っていった。
 船長はそれを見送ってまた溜め息を吐き、で、とおれに視線を向ける。

「聞きたいことはあるか?」
「ありすぎてどうしようもないんですが……」
「言っておくが、あいつは買ったんじゃねェからな。主人がいなくなって身の振り方が決まってなかったところを拾っただけだ」

 おそらく、この一言の中に複雑な事情が詰まっている。知らなくてもいいことなので言わないだけだろう。

「心得ておいてもらいてェのは、今のあいつがほぼ記憶喪失状態だってことだ。大分ぼんやりしてるし、すぐ眠気を訴えてくる。そのうち戻るだろうが、それまではあいつはあまり使えねェし、こっちのフォローが必要だ」
「それまでは……ってことは、記憶が戻ったら使えるってことなんですね」
「あぁ。あいつは強い」
「……わかりました。そもそも、船長の言う事に異論なんてありませんよ」

 船長はおれの言葉を聞いて、当たり前だとでも言いたげに喉の奥で笑う。

「くくっ、そういうわけだ、頼んだぞ」
「はい」

 事情はともかく、船長が言うのならそれが正しいのだろう。"偉大なる航路(グランドライン)"に入ったばかりで、まだ皆めちゃくちゃな気候に慣れていない。そんな中、ただの足手纏いを連れてくるような人についてきたわけではないのだ。

「あァ、それと。あいつのおかげで資金に余裕ができた。商船で"永久指針(エターナルポース)"を扱っているらしいから、それを買って準備ができ次第出航するぞ」
「!?」

 どういうことだ、一体。
 船長はいまいち飲み込みきれていないおれを見て小さく溜め息を吐き、ついてこい、と甲板を指で示した。今日のおれは、船長に溜め息をつかせすぎだと思う。
 言われるがままついていくと、なにやら甲板はクルーたちで賑やかになっているのがわかった。
 クルーたちの間から中心にある物を覗き見ると、それは大きな麻袋に詰まった財宝で。資金に余裕ができたというのは、そういうことか。
 シャチが船長に気がついて、冷めやらぬテンションのまま問いかけてきた。

「あ、船長! 買い出しどうしますか?」
「おれとペンギンで"永久指針(エターナルポース)"を買ってくる。食料と日用品の二手に分かれて調達して来い。自分の仕事で必要なモンも買ってきていい。シャチはベポを連れていって、医療関係の物を補充しておけ」
「アイアイ、キャプテン!」

 クルーが声を揃えて返事をしたのを聞き、船長はおれを振り返る。

「ペンギン、金出してこい。おれはイオリを連れてくる。ついでにあいつの身の回りの物も揃えるから、多めにな」
「わかりました」

 あれだけの財宝なら、今回多少奮発しても問題はないだろう。折角だし、クルーたちもイオリが船に乗るというのなら宴をしたがるはずだ。それも考えて出してくるべきだな。
 一度船室に戻り、金庫から必要になるであろう金額を出して班ごとに分けておく。それから多少の小遣いと、船大工とコックが必要とするであろう分。それから永久指針(エターナルポース)とイオリの身の回りを整えられるだけの分。収穫があったからか、少しだけ財布の紐を緩めたような気がしたが、船長も気にしないだろう。節約は大事だが、切り詰めてもクルーの不満を高めるだけだ。
 準備を終えて甲板に戻り、それぞれに袋に分けたお金を配った。あとから甲板に出てきた船長はイオリを連れていて、イオリはといえば眠たそうでぼんやりしている。あのタイミングだ、昼寝しかけていたところを起こされたのかもしれない。

「ペンギン、クルーは全員ここにいんのか?」
「えぇ、いますよ。商船が来るから今日は船に居るようにと伝えてあります。ベポとシャチはまだ中で足りない物のチェックしてると思いますけど」
「ならいい。お前ら、聞け」

 船長のその一言に、クルーは口を閉じて次に発される言葉に耳を傾けた。視線は、自然と船長の隣に立つイオリにも移る。

「今日からこいつを船に乗せる。しばらくは仕事も任せられねェが、そのうち立派に戦闘員としてやってくれるようになる」

 クルーの顔には、男しか居ないむさ苦しい船に女が乗る喜びやら、船での役割についての船長のわけのわからない物言いへの困惑やら、そんな感情が綯い交ぜになって浮かんでいた。無理もないだろうと思う。
 そして、ちらちらとイオリの足元にいく視線。イオリにそれを気にする様子はないが、視線に晒されて居心地は悪そうだ。

「……ほらイオリ、挨拶しろ」

 船長にそう促されたイオリはこくりと頷いて、少しばかり緊張を顔に浮かべてクルーたちの顔を見回す。

「キサラギ・イオリです。しばらくはただの足手纏いで迷惑をかけてしまうけれど……、必ずお役に立てると約束します。よろしくお願いします」

 ぺこり、とおれにしたのと同じように、丁寧なお辞儀をする。正直信じ難い話だとは思うが、船長が言っているのだし、今更この人が意見を変えるわけもない。困惑気味に、しかしイオリの挨拶の印象は大分良かったのか、笑顔を浮かべてよろしくな、と口々に答えていた。
 船の外から、おーい、と呼ぶ声。クルーの一人が甲板の端に駆け寄り、声の主を確認する。

「商船のことを教えてくれた男です!」

 船長はそれを聞くと、クルーたちに早速買い物に向かうよう告げて、おれとイオリを連れてその男の元へ向かった。

「お、イオリも買い物行くのか?」

 客人はカデットと言うらしく、船長が近づいて声をかけると、すぐにイオリに目を留めた。

「あァ。一応荷物は確認してきたが、見て回れば欲しいものも出るだろうと思ってな」
「そっかそっか。商船がこっから少し北に歩いたとこに着いたぜ。クルーが向かってるから、もうわかってはいるんだろうけど。商船の旦那とは結構親しくなっててな、少し値引いてもらえるように交渉しておいた。高いもん買うなら今日にしとけよー」

 ありがたい話だ。クルーたちもそれを聞けば、いつもより少しばかり良い酒を買って帰ってくるだろう。
 カデットはイオリに近づくと、少しだけ身を屈めて視線を合わせ、頭にぽんと手を置いた。

「それじゃイオリ、オレはもう帰る。これからのことは不安だろうが、ローに遠慮せず頼っていけ。大丈夫、おまえは強いから生きていける」
「……はい。ありがとう、ございました」

 それから、手荷物らしい麻袋を持った手を少し上げて、にこりと笑った。

「これ、ありがとな。記憶を無くす前のおまえがやりたかったこと、お礼に少しぐらいはしておいてやる。何も心配しなくていい」

 頷くイオリの目から、雫が伝い落ちる。

「あぁほら、泣くなっつったろ。また目が腫れる……」

 カデットは苦笑して、イオリの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 それから船長に一度目配せをし、おれにも視線を向ける。

「普通に新人迎え入れるより苦労は多いと思うが、絶対に役に立つから。イオリのこと、あんたも頼むな」
「……あぁ、わかった」
「よし、じゃあなイオリ、達者でやれよ!」
「はい……っ!」

 イオリはこくこくと頷いて見送り、カデットは終始笑顔で島の中へ戻って行った。

「ペンギン、イオリ。行くぞ」
「はい。……あ、イオリ、少し待ってくれ」

 カデットに掻き回されてぼさぼさになった髪を手ぐしで申し訳ないが直してやる。

「……ありがとうございます」
「あぁ、どういたしまして」

 船長が言ったとおりぼんやりとしているし、感情の起伏もわかりづらい。けれど先程のように不安があればそれを表に出す術は知っているのだ。まだ付き合い方はよく理解できていないが、船長のあとをついて歩く姿が雛鳥のようで、なんとなく庇護欲が湧くのも事実。聞けば元は相当強いらしいから、それまでの間ぐらいなら面倒を被るのも悪くないか、と思い始めていた。
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