pledge allegiance

 リビングに戻ると、イオリは何かを思い起こすかのように目を閉じて静かにソファに座っていた。最後だからと、今までのことを考えているのだろう。
 おれたちの気配に気がつくと、すっと目を開けてこちらを向き、その目が姿を認識すると慌てて立ち上がる。

「あの、どうでしたか……?」
「問題ないってよ。記憶も撃ち込んだ。あとはおまえの記憶を消すだけ」
「! ……はい」

 イオリは伏し目がちになって、泣きそうな表情をする。忘れてしまえばもう旅団のことを考えることもなくなり楽にはなれるのだろうが、やはり忘れてしまうという事実は悲しいのだろう。

「……ローさん」

 意を決したように、イオリがおれの顔を見上げて名前を呼ぶ。

「なんだ?」
「忘れてしまう前に、伝えておきます」

 それだけ言うと、イオリはすとん、と腰を落として片膝をつき、頭を垂れた。どこの世界でも共通なのだろうか、忠誠を示す動作だ。

「約束します、記憶を取り戻したらあなたに尽くすと。私は戦うことしかできませんが、その力はあなたの為だけに使います」
「……なら、おれも約束してやる。お前がおれについてくるなら、おれがお前に世界を見せてやる。お前の力は、仲間を護るために使え」

 イオリは顔を上げると、嬉しそうに目を細めた。

「しばらくご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「あァ」

 手を取って立ち上がらせると、イオリは少しだけ考え込むように俯き、おれの手をきゅっと握る。覚悟を、したようだ。

「カデットさん。……お願いします」

 おれたちのやり取りを黙って見つめていたカデットが、銃に弾を込めてあぁ、と頷いた。その表情は、イオリの綯い交ぜになった感情が理解できるのだろう、辛そうだ。
 おれに記憶を撃ち込んだ時と同じように、ソファに座らせて目を瞑らせ、銃口を向ける。

「じゃあ、撃つぞ」
「……はい」

 膝の上に置かれた手に、力が込められるのがわかった。閉じた目からつ、と頬を伝って雫が落ちるのと同時、火薬が弾ける音がリビングに響いた。
 弾が肉を破らずにしゅんと額に溶け込んでいくのを見るのは、不思議な感覚だ。
 ぼんやりとそんなことを思いながら、イオリの様子に注意する。イオリは弾が頭の中に入ると、気を失ったのかどさりと音を立ててソファに沈みこんだ。

「……どうなった」

 イオリの傍に屈み、息や脈を確認する。正常だ。

「多分、記憶を消したから気を失ったんだ。何しろ消される量が多いからな、脳がまずいと判断して意識をシャットアウトしたんだろう」

 しばらくは眠気に悩まされるかもな、とカデットは続けて、ブランケットを出してきてイオリの腹にかけた。
 たった今まで思考の大半を占めていた内容が急に記憶から消えたら、確かに脳も驚くだろう。科学的には証明もできないが、なんとなくそれはわかる。

「ロー、イオリのこと見ててくれ。オレはイオリの荷物つくってくる。……それから、あの宝もあんたが持っていってくれ」
「! いいのか?」
「オレはイオリが選んで持ち帰ってきた古書と骨董品で十分儲けられるんでな」

 見事に価値のあるものだけ選んできたんだぜ、と愉しげに笑う。

「イオリの身の回り整えるのにも金は要るだろうし、ここはまだ"偉大なる航路(グランドライン)"の最初の方だ。資金は多い方がいいだろ?」
「……あァ、その方が助かる」
「なら、遠慮しないで持ってけ」

 にこにこと子どものように笑って言ったカデットは、イオリの荷物をまとめるべく部屋を出て行った。
 イオリが寝ているのとは別のソファに座り、様子を観察する。体調が悪いということもなさそうで、本当に念能力の影響で気を失っているだけなのだろう。
 手持ち無沙汰になり、リビングのテーブルに積まれたままだった本に手を伸ばす。
 結局、イオリが目を覚ましたのは夕飯を食べ終えた時分だった。

「ん……」

 小さく漏れた声、その声の主に視線を向ける。
 イオリはぼんやりとはしているようだが目を開けていて、ゆっくりと身を起こした。

「カデット! イオリの目が覚めた」

 キッチンに向かい声をかけると、がちゃがちゃと慌しい物音がした後、カデットが戻ってくる。

「イオリ!」
「……カデットさん、ローさん……?」

 カデットはぴくりと反応して、イオリの正面に屈み顔を覗きこむ。

「そっか、オレたちのことはわかるのか。なら良かった。他にわかることは?」
「?」

 いまいち飲みこめないらしく、不思議そうに首を傾げる。制約とやらは変わらず発動しているのだろう、思考力が追いつかないようだ。
 カデットはそんなイオリを見て、頭を掻く。

「えっと、あー……、イオリ、"纏"はできるか?」
「テン……?」
「念能力のことは覚えてないか。じゃあ、おまえはこれからどうするのかわかってるか?」
「ローさんの船に乗る、って……」
「それは覚えてるんだな」
「必要だから記憶を消した、のも……」
「! なら、上出来だ。事情がわかってるなら話は早い」

 カデットは立ち上がり、おれの方を振り返った。
 再びうとうとしだしたイオリを寝かしつけると、起こさないようにと壁の向こうのダイニングルームに移る。

「近い記憶は残ってる。多分、最近のことから順に思い出していく。ただ、念能力はしばらく意識しては使えないだろうな。身につけたのが一番昔だ、それを思い出さなきゃそこから続く記憶があっても意味はない」
「……なら、役に立てるようになるのは記憶が全部戻ってからか」
「あぁ。それと多分、旅団の記憶がなければ、イオリは自分のことを奴隷としか思わない。できるだけそれを拭って、クルーとして扱って欲しい」
「それは重々承知だ。旅団の願いもそうだろう」
「よくわかってくれてるじゃんか」

 これでオレも無事に仕事が終わりそうだ、とカデットは息を吐いた。

「本当は長期戦覚悟してたんだよ。イオリを受け入れる覚悟のできそうな奴って探すの大変そうだったからな。まさか二日でお役御免とは思わなかった。……ロー、あとは任せた」
「……あァ」

 カデットはそれからイオリの為の準備に忙しく、おれはイオリの様子を見ながら、昨日と同じようにソファで寝ることになるのだった。


 目が覚めると、既に部屋の中は差し込む太陽の光で明るくなっていた。身体を伸ばすと、軽くなる感覚がする。
 イオリはぐっすりと眠っていて、起こすことはせずに物音のするキッチンへ向かった。

「カデット」

 朝食を作る背に向けて声をかけると、一度振り返ってまた手元に視線を戻す。

「ローか、おはよう。今日は商船が来るな」
「あァ、イオリも連れて行く」

 カデットは一瞬だけ朝食を作る手を止めたが、すぐにまた動かし始めた。

「……そうか。あの船、確か"永久指針(エターナルポース)"も扱ってたな。ちょうど金になるものはあるし、買ってったらどうだ?」
「! ……そうだな、あいつらもこんな無人島で一ヶ月はつまらねェだろうからな」
「あぁ、そうするといい」

 カデットと今日のことを打ち合わせてリビングに戻ると、イオリが起きてぼんやりと宙を見つめていた。

「イオリ」

 名前を呼ぶと、すぐにこちらに視線が向く。おれの姿を認めると、ふんわりと笑んだ。

「あ……、おはようございます、ローさん」
「体調はどうだ?」
「? 特にはなにも……」
「そうか、ならいい。今日、ここを出る。"永久指針(エターナルポース)"が手に入りそうだから、補給が終わり次第出航する」
「はい」

 返事はするが、あまりよくわかっていないだろう。"偉大なる航路(グランドライン)"での航海の仕方をこいつは知らない。
 ひとまずこれからの予定だけ理解してくれればかまわないので、それが理解できているかだけ確認した。

「朝飯だぞー」

 カデットがひょこりとダイニングルームから現れた。
 イオリが起きているのを見ると、おはようと言い朝食を摂るよう促す。どうやら食習慣は感覚として残っているようで、イオリは相変わらずの少ない量で食事を終えたのだった。
 商船が来る時間が近づき、カデットが出かけるぞ、と言う。
 持って行くのは、イオリの荷物と昨日見つけた財宝だ。

「いやー、しっかしこれはきついわ。イオリ昨日どうやって持って帰ってきたのこれ」

 財宝の詰まったかなり大きい袋を見て、カデットが顔を引き攣らせる。一度持ち上げようとしたが、そのまま島の端まで下りるのは無理だと踏んだようだ。

「普通に持ち帰ってきたが」
「だよなー! いや、ほんと無理だって……」
「おれが運ぶ。能力使えばどうとでもなる」
「まじで? じゃあ頼むわ。イオリはオレが背負ってくからな」
「お願いします」

 来た時に点々とついていた血はやはり足枷のせいで靴を履けないイオリのものだったようだ。普段ならなんてことなく歩けるのだが、あの時は泣いていたために能力が弱まっていたらしい。今度は制約だなどと考えられる状態ではないので、カデットがイオリを背負っていくことになった。
 カデットもどうやらイオリを送り届けた後一度元の世界へ帰るようで、イオリが持ち帰ってきた古書や骨董品の入った袋を手に持っている。流石にイオリの荷物まで持たせるのは鬼かと、おれが持っていくことにした。
 円(サークル)を展開し、できるだけ遠くの落ちた枝に目をつけて、財宝と入れ替えながら坂を下りていく。来たときは気にもしなかったが、やはり距離がある。地下の通路があれだけ長かったのも、島の大きさを考えれば納得のいくことだった。

「それすげぇ便利だな! 悪魔の実だよな」
「あぁ、オペオペの実だ」
「なんだそれ医者っぽい!」

 確かに、自分に合った能力ではあると思う。
 イオリの様子を窺うとやはりまだうとうとしていて、垂れた鎖が邪魔になるからと持たされた手の力は、大分緩んでいるようだった。
 日誌によって先達の海賊たちが整備したことが発覚した砂浜にようやく着いた。潜水艦に近づくと、見張りが"船長!"と声を上げた。甲板で仕事やら暇潰しやらをしていたらしいクルーが船の端に集まってくる。

「これを船に載せとけ」
「なんですかそれ?」

 降りてきたクルーたちはおれが指した袋の中を覗き込んで、それから歓声を上げた。それはそうだろう、持ち上げるのに苦労する量の財宝だ。

「え、え、どうしたんすかこれ!?」
「島の地下にあった。この女が見つけた」
「え!?」

 砂浜なのでもう怪我することもないだろうと、下ろされたカデットの隣に立つイオリを指す。

「今日からこいつを船に乗せる。ペンギンは中か?」
「え、あぁ、中に居ますけど……、え!?」

 混乱するクルーを他所に、イオリの手を引いて甲板へ。好奇と困惑の視線に晒されて居心地悪そうにするイオリは、しっかりとおれの手を握りながらあとをついてきた。

「ペンギンっていう、おれの次に頼りになる奴に紹介しておく。……いや、先に部屋だな。ひとまずおれの部屋でいいか」

 おろおろと追いつかない思考に戸惑うイオリを連れ、船長室へ向かう。擦れ違うクルーはおれに挨拶をし、イオリを目に留めつつも通り過ぎて、必ずまた振り返る。打ち合わせでもしているのかと思うほどの同じ反応に、少し呆れを覚えた。
 船長室に着き、イオリの荷物を部屋に置く。

「ひとまずはここで過ごしてもらう。いいか?」
「はい、大丈夫です」
「なら、ペンギンのところに行くぞ。一応道は覚えろよ」

 ペンギンは自室で今まで描いた海図の確認でもしているだろう。
 どうせあいつも混乱はするんだろうが、事情の説明がめんどくせェ。
 大人しくついてくるイオリの足元で鳴る鎖の音に耳を傾けながら、説明の言葉を頭の中で纏めつつペンギンの部屋に向かった。
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