ちかなり | ナノ


ふ、と溜め息をつくと目前の椅子に腰掛けた男が大口を開けてばくんと何かを食べるそぶりをした。何だ。ついに気でも狂ったか。読み進めていた本から3ミリだけ視線を上げて前を見遣る。男は目敏くそれに気付き、片目でにやりと笑った。

「溜め息つくと幸せ逃げちまうぜぇ」

常々のことではあるが馬鹿げたことばかり言う男だ。再度、今度はわざとらしく溜め息を吐き出せば男はぱふんと両手でそれを捕まえる真似。そしてそのままぽいと口に放り込み飲み込む仕種。一体何のつもりだと眉をひそめる行為で問うてみれば

「だって逃がしちまったら勿体ないじゃねぇか」

と酷く間の抜けた返答をする。午後17時の図書室は夕闇に染まる静謐で、じりじりと焦げ付くような静寂が耳に心地良い。この男を除けば、の話だが。嗚呼、欝陶しい。付き合うだけ無駄だ、百も千も承知。にやにやと次を待ち構える男に一瞥をくれてから意識を本に沈めた。沈めて、沈めようとして、けれども無性に癪に障る。――空言と言えども貴様に何かくれてやる義理なぞ無い。返せ。低く呟くと間抜け面が一時沈黙し、次にゆるゆると笑みを浮かべた。何が可笑しい。何が可笑しいというのだ。嗚呼、つくづく欝陶しい、苛立たしい男だ。貴様のその視線を向けてくる片目が、無遠慮に頬に触れる手が、半月を描く口元が。口元が、唇、何故こんなにも近い、



 



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