僕が彼女を好きになってしまったんだ


「新年、あけましておめでとう。そっちは寒くないかい?」
「日本の一番南にいるから。ダウンコートも必要ないよ」
「そうかい。美味しいもの食べて、ゆっくり過ごしなさいよ」
「ありがとう。母ちゃんも、温かくして、体を大事にな。あんま雪はね、無理すんなよ」
「大丈夫だよ。ありがとね。したっけね」

 通話が途切れる。

 例年であれば。年末年始は実家に帰省して、還暦を過ぎた父と母と三人で重箱に詰められたお節をつついたり、具だくさんの雑煮の餅をすすっていた。
 今年はそうにもいかなくなったのは、週刊誌に掲載されたスキャンダルが原因だ。
 俗に言うところの、不倫報道。
 自分は独身だが、相手は家庭のある人で、しかもかなりの有名人だった。
 駆け出しのバンドマンの自分とは、経済面でも著名度でも、相当な格差があった。
 なので、彼女の不倫騒動の謝罪会見からはじまり、彼女の配偶者がワイドショーへの独占インタビュー、バンド仲間からの生電話告白など。それはそれは、自分はどこか別次元に迷いこんだのではないか? と錯覚しそうなパパラッチの猛襲が続いた。

 これは言い訳になると思うが、自分は彼女が家庭持ちのことを知らなかった。
 遊び慣れている感はあったし、バンド仲間にも『あの人と関わらない方が』と忠告もされていた。
 でも、僕は彼女を好きになってしまったんだ。
 思春期の中学生みたいな言葉しか出てこなくて、これは誰にも話していない。

 自分と彼女の不倫騒動で、誰かが言った言葉が今年の流行語になってしまった。
 騒動から数ヶ月経っても、何度も何度も蒸し返される報道に本当に嫌気がさして、彼女とは別れ、バンド活動は休止して、自分のことを誰も知らなそうな南の島へひとりで逃げた。

 元国営放送以外のテレビをあまり見ることのない、自給自足に近い農業をして暮らしている高齢者ばかりの限界集落で、自分は家出少年のような扱いで島民に受け入れられた。
 初めての草取り。有機農薬散布。収穫。発送準備作業。
 実家は農家なのに、家の仕事はギターと出会ってから全くしていなかった。
 筋が良いからうちの後継ぎになれ、と誘われたが、返事を濁したまま。

 十二月になると、流行語大賞が発表される。
 まさかまさかの連続だが。
 自分と彼女の不倫騒動で生まれた流行語が、大賞を取ってしまった。

 こんなに嬉しくない大賞を受賞してしまって。
 実家に帰ることも叶わない、こんな孤独な正月を迎えてしまって。
 後悔先立たず、という言葉が頭の中をグルグル回っているのに。

 どうしようもない。僕が、彼女を好きになってしまったんだ。

 この想いが濃いままで。
 発表するあてはなくとも、頭の中で作詩作曲を続けている。

【おわり】

**100のお題〜5.グランプリ**

(2017.12.10)即興小説トレーニングの『孤独な正月』というお題も追加して。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -