海鳥が呼んでいる 4

 暑さ寒さも彼岸まで、という言葉があるように、お盆が終わると急に涼しくなり過ごしやすくなった。
 サンライズは両日とも快晴の真夏日で、熱中症注意報が発令されていたが、姉と俺は体調を崩すことなく2日間を乗り切った。
 3日間休んだ後、俺は朝シフトのバイトに行った。

「ウサギちゃん、ウサギちゃん」

 午後1時過ぎ。バイトの休憩に入って2階の事務所でお弁当を食べていると、同じく休憩に入った緑川さんが話しかけてきた。

「ねえ、どうだったサンライズ?」
「なまら楽しかったですよ! 2日間で、20組くらい見れましたし。マジすごかったです」

 ロッカーからお弁当と水筒を持ち出して、緑川さんはテーブルを挟んだ俺の向かいの席に座った。

「ウサギちゃんの大好きな、ピリカちゃんも見れた?」
「もちろん会ってきましたよ、生ピリカ!」
「いやん。何かその言い方、ヤラシ〜」
「あれ? なんでそう聞こえちゃいました?」

 休憩時間は1時間しかないので、ご飯を食べながら俺はサンライズでの感動を身振り手振りで話した。あと、フジモンさんとのことも、話した。

「あー。《うさみみ》って名前じゃ、女の子と間違われても仕方ないかもね〜」
「そうなんスね。ほぼ本名なんだけど……なんか、自分の性別なんかわざわざ言わなくても、ツイート見てたらわかるんじゃないかな、って思ってたんですけど」
「どうかな。ウサギちゃんってほら、話し方が優しいし?」
「そうッスか?」
「そうそう。たまにあたしがもらうメールでも、ウサギちゃんは顔文字や絵文字を結構使ってるじゃない? 文字だけ見て、男か女か判断するのって、簡単じゃないと私は思うなあ」
「はい……なんか今まで、、自分はフジモンさんにそんな感じで、女と思われて話しかけられていたのかなって思うと、なんか微妙で。別にブロックしたり、リムったりしないけど、でも前みたいに簡単にリプしたり出来ないなあって……」
「ごめんね、ウサギちゃん。あたしツイッターやってないから、専門用語わかんない!」

 ブロックとは相互フォローを解除すること、リムはフォローをやめること、リプはコメントを送ること、と俺は緑川さんに補足説明をした。

「オッケー! わかった。うん、いいんじゃないの別に?」
「いいんですか?」
「ウサギちゃんが嫌だったら、その、ブロック? お互いのツイッターが見られないようにしたらいいけど、そこまでするほどのことじゃないんでしょ?」
「まあ、そうッスね」
「じゃあいいじゃな〜い。気にしなきゃ。ウサギちゃんがフォローしている人がフジモンさんだけ、っていうなら話が別だけど。他にもフォローしている人って、きっといっぱいいるんでしょ?」
「そうですね。他にも芸能人の公式とか、ピリカ好きの人とか、フォローしてます」
「たくさん人がいたら、中には出会い目的の人もいるって。けど純粋に、好きな物を好き! って言い合って共感したい人たちも、結構いると思うよ」
「ぼくもそう思いたいです」
「もしかして、フジモンさんもそうだったのかもしれないよ? たまたまウサギちゃんと実際に会うってなったから、ちょっとその域を超えてウサギちゃんのことを意識しちゃっただけかもしれないしね!」
「緑川さんって、前向きですね」
「やだ、褒めてるの? ありがとー」

 うふっ、と笑いながら、水筒のフタに注いだお茶を緑川さんは飲んだ。
 緑川さんと話していると、姉と手を繋いだ時のように息苦しさが和らぐ感じがした。

「話し聞いてくれて、ありがとうございました」
「全然いいのよ〜あ、そうだ。今度また息子の竜仁(りゅうじ)の家庭教師に来る時に、サンライズの話、してあげてね。あの子もウサギちゃんの話、楽しみに待ってるから」
「わかりました。竜仁くんにお土産のTシャツ買ってあるので、それ持って行きますね」
「えー竜仁にはお土産あるんだ〜いいな〜あたしの分は無いの、ウサギちゃん?」
「今したじゃないッスか。お土産話」
「もう、いけず〜」

 緑川さんと話していると、休憩時間はあっという間になくなった。俺はお弁当の容器を捨てて、はずしていた黒いエプロンをつけ直す。まだ休憩時間の残っている緑川さんに挨拶をすると、裏の階段から1階の売り場へと戻った。

「休憩ありがとうございましたー」
「おかえりなさいませー」
 カウンターにいるスタッフみんなに声をかけ、社員さんに仕事をもらう。指示されたダンボール箱とラベラーを持って、奥の2番レジで文具の検品と値段付けを始めた。
 そこは天井が高い吹き抜けの下で、1階と2階の店内BGMを両方聞くことができる。するとちょうど、2階の方から聞き慣れた音が聞こえていた。休憩から上がった緑川さんが、俺に気遣ってくれたのかもしれない。心の中で緑川さんにお礼を言って、俺はその音を、ピリカの歌を聞きながら、テンポ良く作業を進めた。





『et.PIRICA/証明』



**



 海底に沈む貝殻の下から
 ぷかりと浮き上がる小さな泡

 光を求めるのに遮られることはない
 ふわりと舞い上がる無数の澱

 初めて見るそれは強すぎて
 じわりと焼かれるの燃え尽きようとしても

 それが本望 確かな証明
 追いついたなら答えてあげるよ

 溢れる本能 魂の昇華
 追いかけるなら叶えてみせてよ



**



「いらっしゃいませー」

 同い年くらいの女性が、音楽雑誌をカウンターに置いた。それを受け取り、レジに通して袋詰めをする。

「780円です」

 受け皿に出された千円札を受け取り、おつりとレシートを渡す。
 ありがとうございましたー、と言った後も、彼女はすぐにレジを離れなかった。特に混んでるわけでもないから、いいんだけど。
 どうしたんだろう、と思って見ていると、彼女は視線を合わせずに俺に問いかけてきた。

「すみません、この歌のタイトルってわかりますか?」
「この歌? ですか?」
「たぶん、上のどっから流れてるんだと思うんですけど。歌ってるのは女の人で、ターララーって音の。なんか、気になっちゃって」

 音を注意深く聞いている彼女の顔は、なんとなく、ピリカに似ているような気がした。

「その歌なら、et.PIRICAの『証明』です」
「へーそうなんですね。この歌が入ったCDって、レンタル出来るんですか?」
「出来ますよ。2階の緑川というスタッフに訊いたら、すぐに探してくれると思います」
「わかりました。ありがとうございました」

 彼女はレジから離れると、そのまま階段を上がって、2階のレンタルコーナーへ行った。
 もしかしたら、今のお客さん。今日ピリカのCDをレンタルして、そのままファンになって、いつかツイッター上で再会するかもしれないなあ……
 なんて、甘い妄想をしながら、俺は次に来た男性客の対応をした。


 沈んだり、浮かんだり。ちょっとした人との関わりで、最近の俺の気持ちは簡単に動いている。
 けど、そんなものなのかな。そんなものなのかもしれない。
 自分と誰かが同じものを好きならば、俺たちの意識は繋がっているかもしれないが、実際の結びつきは何もないのかもしれない。俺とピリカ、俺とフジモンさんの関係を証明できるものが、何ひとつ無いように。
 でも『et.PIRICA』という唯一の共通点があるから、根幹で俺たちは繋がっているんだと信じたい。




 バイトが終わって、久しぶりにツイッターを起動した。サンライズでフジモンさんに会えなかった後から、1度も見ていなかった。
 まずは設定で、プロフィール欄を書き直す。名前は《うさみみ》から《兎耳(とーじ)》にした。自分の名前と全然関係無くなったけど、読み方がとーじなら、たぶん男ってわかるだろう。自己紹介のところも何か変えようか悩んだけど、そのままにした。
 設定を更新して、すぐにツイートする。

《兎耳(とーじ)
【フォロワーのみなさんへ】うさみみ、改め、兎耳(とーじ)です!サンライズではしゃぎ過ぎて、燃え尽き症候群になってました! ><; 今から生ピリカの感想をつぶやきますーなまら可愛いかったですよ☆》

 正直ぼんやりとしか覚えていないけど、思い出は自動修正(美化)されている。

《あのイエローガーデンで天使に会えたよ! ピリカは肉眼で見える女神様!》

 すると、フジモンさんからリプが来た。
《ごめんな》と、一言。

 それを最後に、フジモンさんは兎耳をリムした。その行為に俺は胸が痛くなったけど、自分の傍にいてくれた姉の千穂や、いいじゃな〜いと言った緑川さんの言葉が、それを緩和してくれる。
 深呼吸をして、俺はまたツイートした。

《et.PIRICAが大好きです!! 自分もピリカのことが大好きだよ! という人と、もっと繋がれたらいいな〜って思ってますo(>▽<)o よろしくね♪》

 140字に制限された世界でもet.PIRICAのファンが仲間を呼べることは、既に証明されている。彼女の歌が、俺たちを呼び集めているのだ。





【おわり】





 あなたが大切にしている海鳥も、今年の夏フェスであなたのことを呼んでいるかも。 




(この物語に登場する人物名や団体名は、実在するそれっぽいものと全く関係がございません)


あとがき。

 自分の好きな物を好き! というだけで、傷つく人もいます。なんでだろう。『好き嫌いをしない』ことを、幼い時から求められてきたからでしょうか。
 だからといって、好きに変わりはないという事で。ほんの些細なことで、好きだったものが急に嫌いになったり、興味が失われたりすることもありますが、一度身に染みたものはそう簡単に抜けない、と言いたかったんです。私が。
 働く。人と話す。写真を撮る。歌を聞いて、歌う。自転車に乗る。ドライブする。ライブへ行く。美味しいものを食べる。音に乗って踊る。人に甘える。それから詩を書いて、それにメロディーをつける。これらは全部、私の好きものでした。
 そんな懐古の念をこもっているので、万人が読んで楽しめるものでは無かったと思います。共通の経験を持つ人が、ちょっと共感するかしないかくらいの。粗が多い作品でした。でも書いて良かったです。元が無いと、加工することも出来ないので。
今は30%……そんなに無いかな。自分では書き切った! と満足しても、それくらいの完成度があるものしか書けない。もっと基礎知識や体力をつけることが目標です。反省と考察も交じりましたが、以上後書きでした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2013/06/15 春木のん
2014/03/14 up

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