蝶の口付け


その日は酷く吹雪いていた。
政宗はふと、外から呼ぶ声が聞こえたような気がして、縁側へと出た。
吹雪の中、声など聞こえる筈はないのに。

(気のせいか・・・)

聞こえた声は穏やかで、そんな風に呼ばれたことなど一度もない。
願望なのだろうかと、屋敷に生えた木を見つめた。
ばさばさと枝から雪が風に揺られ、落ちてきた。

「・・・!?」

落ちている雪の間から、人影が見えた。
幻聴に続き、幻覚でも見ているのだろうかとも思ったが、落ち終えた雪の後に見えたのは、兼続の姿であった。

「兼続!!」

草鞋も履かず、裸足のまま政宗は兼続の元へと駆け寄った。
冷たい雪が足を刺す、そんなことが気にならないくらい感情が昂る。
政宗は兼続を愛しいと思っていた。
だが、伊達の名がそれを阻止する。惹かれてはいけない相手。
そんな状況が益々、政宗を掻き立てた。
勝手に燃え上がる熱情。

手を伸ばせば触れられる場所で、政宗は立ち止まった。
兼続からは手を伸ばすことはなく、何も言わず政宗を見ていた。

白い雪が兼続を暈す。
そのまま、溶けていく雪のように消えてしまいそうで、怖かった。
そこにいる兼続を確かめたくて、手を伸ばして抱き締めたいのに、それすら出来ない。
行き場のない手を強く握り締めた。

二人は見つめ合う。
表情で、兼続もまた政宗を想っていることを知る。
言葉にすら出来ない感情。
互いに慰め合うことすら出来ず、儚いものでしかない。
泡のように恋は揺れ動く。ゆらゆらと漂い、いつかは消えてしまうのだろうか。

「……」

兼続が政宗に近付いて、目の前で立ち止まる。
頬が僅かに触れ合う程度のところに身を屈めた。瞼と瞼が触れ合う。
ぱたぱたと兼続は二度、瞬きをした。
兼続の瞼が政宗の瞼に口付ける。蝶が羽を閉じ、互いの羽が重なり合う様子に似ていた。

「兼続!!」

がばっと政宗は顔を上げた。
せめて、この感情だけは言葉にしたいと思った。兼続に伝えたかった、心の中を。想いを全て。

その時、ぶわっと吹雪が再び勢いを増した。
兼続の身体を抱くように吹雪は舞う。傍にいる筈の兼続の姿はそれに消えていく。

「わしは…わしは…」

唇が震え、言葉が出ない。
次に逢うのは戦場だろう。二人にはそれが解っていた。
耳に届く吹雪の音は悲しい歌のようだった。

手を伸ばすが、既にそこには誰もいなく。
ただ、触れた瞼の柔らかな感触だけが濡れる瞼に残るだけであった。









- - - - - - - - -
後記

切ない政兼もいいかなと思ってみたのですが、どうでしょうか?







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -