色彩


「謙信公は色がどのように見えているのですか?」

兼続から唐突に投げられた言葉。謙信は瞬きを一度すると、兼続を真っ直ぐ見据えた。

「気づいていたのか?」
「薄々は、です。確信はありませんでしたが・・・・申し訳ありません、試させていただきました。目の前の紅葉は、まだ藤黄色です」

謙信と兼続は時間があれば、"合戦"をした。それは合戦という名の戯れ。まず、攻められる相手の領地のものが自国の様子を紙に書き、それに120もの升目を上から書き込む。その上を木で出来た駒を戦略を口にしていきながら進めていき、相手の領地を占領したり、死守したりする。駒には強さなど他に約束事などもあり、それで倒せるかそうでないかが決まる。最終的に領地のものは敵を撤退させられたらか、半数を倒すか大将を倒せれば勝ち。攻めているものもは半数を倒すか、大将を倒せば勝ちになる。

この日も縁側で二人、それをしていた。

その途中、兼続は駒より見事に葉を大きな腕のように広げている紅葉に眼を移し、それの話をした。
「紅葉が見事な真紅に染まっていますね」と。だが、実際には紅葉は染まりきっていなかった。それでも謙信は「そうだな」とだけ答えた。色が異なるというのにも関わらず。

「我の瞳で見た世界は『黒』と『白』・・・・・・そして『灰』」

生を受けたときより、瞳は暗い世しか映さなかった。謙信の世は常に冬。成長していく内に、世には『色』がついているのだと知ったが、それを嘆くことは一度たりとも無い。これは毘沙門の与えられた試練の一つに過ぎぬと、色を物を対にして覚え、他の皆と変わらぬ生活をした。誰にも話したことはなく、誰からも気付かれたことはなかった。
姉でさえ知りえないことだろう。だからこそ、兼続の言葉に驚駭した。それと共に観察力も然ることながら、己の推測した考えを謙信相手にもたじろぐこともなく試し、それを確信へと変えた兼続をすばらしいと思った。

見つめていた兼続の表情が曇った。

「兼続・・・」
「この美しき世が・・・謙信公は見えぬのですか・・・?」

太陽が沈みかけ、峰々から淡い光が後光のように差し、世を黄金に染めている。先ほどとは違った景色を魅せていた。
自然の美しさは何にも変え難い。その自然の美しさは戦で傷ついた心を癒してくれた。この瞬間は、命の駆引きのことさえ忘れられ、ただ美しさに酔い痴れことが出来る。兼続にもこの自然の美は心の支えでもあった。

「そうだ」

だが、多少の光の強弱の変化はあるものの、謙信の心には響くことはない。

「兼続。何故、泣く」

兼続の頬にひとすじの涙が伝った。
謙信が指を伸ばし、頬の流れる涙を拭う。兼続の瞳からは次々と涙が流れ、指を濡らした。

「謙信公にも……この景色を…」

感じ方は違うといえど、兼続は謙信と同じものを見ていると思っていた。それが違っていた今、兼続の胸は景色を見ても痛むばかりであった。

「兼続が我の代わりに見てくれればいい」

おいでと兼続を腕の中へと誘った。背を向けさせると、後ろから腰へと手を回した。

「兼続の瞳で見たこの景色は美しいのだな?」
「はい、とても美景で心が洗われるようです」

黒い雁が黄金の空を切り、通り過ぎていく。
庭に植えられた木々は紅、黄、茶に染まっている。そして、それも濃さや淡さがあり、段階的な変化を見せていた。地では緑の草が揺られ、踊る。

兼続はそれの光景を色の印象を加え、話した。

「空の黄金は快活さを感じます。見ていると、此処が温かくなってきます」

謙信の手に手を重ねると、己の胸にその手を運んだ。

「それが『黄金』の色か・・・」
「はい」

兼続は一つ伝えると、また一つ色を謙信に伝えた。
謙信は聞いた色を一つ、一つ、唇に乗せた。
言葉にすると、映す世は変化していった。

(これが兼続の世・・・)

まるで春の息吹に触れたようだった。

「美しい・・・」

歓喜の声が口から零れ落ちた。全く生命を感じぬ景色だったはずが、今では生命の躍動感を感じている。
今の謙信は兼続と同じ世界を感じていた。

「これからも私がお伝えしてもいいでしょうか?」
「頼む」

兼続は謙信に寄り添い、口付けると、兼続は満足そうに笑った。









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後記

色覚異常に萌えを感じてくださる方がいらっしゃったことがあまりにも嬉しく、勢いだけで書きました。
こんな作品・・・大丈夫なのかな?;






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