【現代パロディです】
「私はあまり東京の雪は好きではないです」
いつだったか、兼続は慶次にそう言ったことがあった。きっと、故郷の冬の季節を思い出しているのだろう。
その目はどこか寂しそうだった。
仕事のために東京へ出てきてからは忙しく、中々故郷に帰れないでいる兼続。
この日もクリスマスイブだというのに仕事に追われていた。
仕事を終えれば、24日もあと数分で終わるところであった。兼続自身はそんなことなど忘れていたのだが、プレゼントを持ち、幸せそうに家路を急いでいる人を見て、クリスマスイブなのだと気付く。
「今日はクリスマスイブだったのか」
ふーと息を吐く。吐いた息は白く濁ると、闇に消えた。
雪が降りそうだなと思った。
空を見て、一人苦笑いをする。
東京の雪は生まれ故郷の雪とは違って、べたべたしている。さらさらした雪ではない。
それが好きではなかった。東京の目まぐるしさには慣れたが、これだけはどうしても慣れない。
単に、それは故郷に帰りたいという一種のホームシックのようなものかも知れない。
綺麗に輝く、ふんわりとしたあの雪を触りたかった。
また深い息を吐いた。
「兼続!」
急に後ろから声を掛けられた。聞き覚えがある声。慶次だ。
「慶次さん」
振り返ればやはり慶次で、隣に松風を連れていた。松風はラブラドールレトリーバー。
「散歩ですか?」
慶次たちは兼続の家から近くの家に住んでいる。
散歩途中に時々、逢うこともあった。
「散歩は散歩だが、兼続を迎えに来た」
「私を?」
聞けば、見せたいものがあると言う。
兼続は慶次の家へと向かった。慶次の家は家というよりも屋敷に近い。
目を見張る大きさだ。元々、おじの土地だったが、東京に来た際にこの屋敷を借り、そちらで生活している。
門を潜ると、兼続は「あ」と声を出した。
雪が降っている。
しかも、屋敷にだけ。
門を潜れば見える庭は一面の雪景色だった。
門かから手前は雪すら降っていない。だが、門の中は雪。真っ白だった。
庭へと踏み入ると、さくさくと音がした。
東京で降る雪とは違う。さらさらとしていた。生まれ故郷の雪と似ていた。
兼続は慶次の顔を見た。
慶次はただ、にこりと笑っただけだ。
兼続ははっとした。慶次はわざわざ兼続に故郷に似た雪を見せたいが為だけに、屋敷に雪を降らせた。
人工のものかも知れないが、東京に降る雪よりも優しい。
兼続はきっと、喜んでくれるだろう、そう思って。
さらさらとした雪が星の光りに煌めく。幼い頃に見た、あの景色が浮かび上がる。
綺麗で、でもどこか寂しげな情景。
強く胸を打った、あの日の感情。
そこは東京であり、東京ではなくなった。
帰りたくても帰れない故郷に似た場所。
兼続は鞄を端に置くと、雪を掴み丸く形にした。少し小さい玉をもう一つ作ると、雪だるまの形にする。ぎゅぎゅと手で握る感触はまさに幼き頃によく親しんだ感触だった。
「よく、こうして遊びました。懐かしいです」
手が赤くなった。それでも不思議と冷たくはない。
一つが出来上がると、もう一つを作り始める。
「どれ、俺も作ってみようか」
二人で童心に帰り、雪だるまを作った。その横で松風は雪の玉をボールのようにじゃれている。
最後に一つ、大きなものを作った。
慶次がそれに家の中から風呂敷などを持って来て飾り立てた。兼続はそれを見て、笑った。慶次も笑った。
「こんなに笑ったのは久しぶりです」
それだけ兼続は仕事に追われている。心もどこか余裕がなかった。
慶次はそれは良かったと笑った。
「ありがとうございます・・・今日は呼んでいただけて」
慶次はにこりと笑う。
「今日はクリスマスだ。きっと奇跡が起こったんでしょうな」
さらりとそう言った。自分がしたとは言わない。
兼続ははにかんで、雪だるまへと目を移した。それはきらきらと輝いて、今まで見たどんな雪よりも美しかった。
終