「冷えただろう?風呂でも入るか?」
にこにこと笑顔で慶次が助右衛門に訊ねた。その笑顔がまた胡散臭い。
「氷でも入れてあるのか?」
冷やかな目で助右衛門は返した。それを慶次は大げさなまでに驚く。
「まさか!俺が助右衛門にそんなことをするとでも?」
するとは思えないが如何せん胡散臭くて仕方ない。
じとっと助右衛門は慶次を見る。慶次はにこりと笑い、早く入らねば冷めるぞと言った。
仕方なく、助右衛門は風呂に入ることにした。
檜の香りが鼻腔をくすぐる。助右衛門はあたたかい湯に身を深く沈めた。
風呂は少し熱かったが寒い今日には最適だった。ぬるいことも、氷が入って冷えていることもなかった。
己の勘違いだったのだろうかと思うのだが、やはり入る直前までの慶次の顔は何やら企んでいる顔だった。
むっと小さく唸ると、口まで湯に浸かる。湯のあたたかさに心まで解れてきた。助右衛門は、それ以上は考えるのを止めた。
「慶次!!」
助右衛門が着替えようとすると着物がなくなっていた。代わりに置かれていたのは真新しい、紺の色をした着物だった。
どう見ても、それは高級品だと判る。他に着るものもないので、着てみるとそれはもう、元々己のものだったように丁度良かった。
そして、やけにあたたかい。
慶次はそれを着た助右衛門を見るなり、破顔する。
「やはり似合うな!」
「どうしたんだ、これは」
「お前に似合うと思って買った。本当によく似合う。冬でもあたたかいそうだ。風邪を引く心配がなくなるな」
にこにこと笑う慶次に返すとは言えない。
「ありがとう・・・慶次」
礼を述べれば、にこりと笑顔で返してきた。
身体の心配までしていてくれた慶次に心まであたたかくなった。今年は寒さを知らずにすごせそうだなと、助右衛門は思った。
終