慶次に有無を言わせず松風の背に乗せられ、着いた先は遊郭だった。
怪訝な顔をすれば、見せたいものがあるだけだと笑った。

通された二階の一番奥にある部屋に案内され入ると、目を見張るような赤が飛び込んできた。
廓の前に植えられた紅葉が、今にも部屋へと入ってこようと枝を伸ばしている。伸ばせば手に触れられる赤。
誘われるようにそれへと兼続は近付いていった。
柵に手をかけ、外を見やれば赤々とした紅葉の先に山々が広がる。
少し高めの土地の端に作られたそこは、他の廓が見えることもなく、ただ広がる美しき景色を魅せた。
そんな美しき場所で遊女と遊べるこの部屋が、早々簡単に取れるものではないことくらい兼続にも判っている。ましてや、遊女と遊ばず部屋だけを使うことなど、そう易々と出来ることではなかっただろう。

「…慶次」

慶次の顔を見れば、兼続の姿を見て嬉しそうに笑っていた。あまりの破顔に、兼続の胸がぎゅうっと強く締め付けられる。
兼続は己でも判っていた。謙信が亡くなってからというものの、笑っていなかった事を。
実際、もう秋になっていた事すら気付いていなかった。笑うどころか、季節さえ味わうことすらしていない。
慶次は、そんな兼続の気持ちを少しでも晴らすためにも此処に連れて来てくれたのだった。

「そんな顔をするな、兼続。俺はあんたの笑う顔が見たいだけなんだ」

慶次の気遣いを思い、申し訳なさそうな顔をしている兼続を咎めて、笑う。
慶次が笑うと、太陽が照らしたように周りの空気が温かくなる。心がほんわりと温かくなった。
ん、と小さく返事をして、景色へと目を移す。
慶次の優しさを噛み締めながら、美しき景色を堪能した。

「慶次の隈取と同じ赤だな…」

真っ赤に染まっている紅葉を見てそんなことを呟けば、隣で慶次が嬉しそうに笑った。


どの位の時が経ったのだろうか。
景色から目を移し、横で酒を飲んでいる慶次を見た。視線が絡む。景色を見てるとばかり思っていた兼続は驚いた。
慶次があまりにも己を慈しむ眼で見ていたからだ。

「け、慶次は見ないのか?こんなにも美しいのに」

慶次の見たこともない表情に思わず、動揺してしまった。心臓がばくばくと音を立てて騒いだ。顔も赤面する。
慶次は男から見ても惚れ惚れするほど素晴らしい男だ。そんな男が己の顔を慈しみ見ていたのだから、動揺もする。

「隣にそれ以上の麗しき花が咲いていたら、其方のが気になるってもんだ」

恥ずかしげもなくそう言い、酒を煽った。

「……慶次」

「あんたが困るのは判っている。けどな、惚れちまった心ばかりは、どうしようもない」

はっ、はっ、と豪快に笑って、己の胸を叩いた。

「慶次は私を愛してくれるのか?」

兼続は頭を垂れた。髪の影で表情が見えない。

「謙信公に愛されていたと知っていても?」

兼続が惚れた男の事は知っている。どれほどの器量の男かも。
どれ程に兼続が愛されたかは判らないが、それでも慶次は兼続を愛して止まない。何があっても、この感情が揺らぐことはないと自信はある。

兼続の発した言葉に違和感を感じた。己では愛していくことが出来ないとでも言いたいのかと思った。兼続の言葉が何を意味しているのかが判らない。

「見ていてくれ」

兼続は徐に着ていたものを脱ぎ始めた。
細かな白い肌の上を着物がするりと畳へと流れ落ちていくのを、慶次は静かに見ていた。

全てを脱ぎ捨てると、酒の入った銚子を拾い上げ、くるりと慶次に背を向けた。そして、その中身を一気に飲み干す。
兼続が酒を飲み干したのと同じくらいに背に変化が現れ始めた。
じわじわと黒いものが姿を現す。

「白粉彫りか!」

慶次は目を見張った。
白粉彫りとは、血行が盛んになると浮き出ると言われている彫り物。
白い紙に描かれたばかりのように現れたのは、眼を瞑り、佇む龍の姿だった。
物欲も何もないと言われていた謙信であったが、やはり愛した兼続は他の者にやりたくないと思ったのだろうか。見た目には誰にも判らないように、己以外が兼続を愛したときに牙を剥くように、愛した証を兼続の背に残した。

兼続の身体を抱き締めるように彫られた龍は、流石の慶次も威圧された。
それに気付いたのか、兼続は振り返り慶次を見つめた。微笑していたが、目は笑ってはいない。

「謙信公を愛し、愛された私を愛してくれぬのならば、私も愛せない」

兼続の心の中に慶次は居ないと言ったら嘘になるが、未だそこは謙信が占めている。兼続にとって謙信の存在は父よりも母よりも大きかった。
慶次への想いが大きくなることはあるだろうが、謙信への想いが消えることはない。

「これでもまだ、私を愛してくれると言えるか?」

無表情で慶次に問う。
慶次には目の前にいる兼続が先ほどまでと別人に見えた。
妖艶な雰囲気さえ醸し出している目の前の兼続にぞくりと身体が震えた。義に燃えた兼続が謙信とその姉たちなどが培わせたものだとしたら、この兼続は謙信のみが培わせたもの。
謙信から篤い寵愛を受け、謙信だけを受け入れてきた兼続。
他の者ならば、謙信の威圧や余計な想像に負け、諦めたかも知れないが慶次はそうではなかった。
逆に、興奮を促した。背に生きる龍ごと兼続を抱きたいと思った。

言葉など必要ないと感じ、兼続を抱き寄せると胸に抱いた。
乱暴に口を吸ったかと思えば、四つんばいにさせる。
獣のように覆いかぶさると、そのまま猛ったものを濡れてもいない兼続の中へと挿入させた。

「あぁぁあっ!!」

悲鳴に似た声が兼続から発せられ、かぁっと熱が増した。
その瞬間、ぐわっと龍の眼が見開かれ、金色に輝く瞳が現れた。深く熱を感じると一層墨が濃くなるようになっていた。
眼が慶次を睨みつける。渡さないとでも言っているようだった。
ぎちぎちと締め付ける中とその瞳に、慶次は益々興奮した。己も獣なのだと自覚させられた。狂暴な感情が渦巻く。

「あ!あぁ!あ!」

兼続の両腕を引き、ぐいぐいと己のものを押し入れる。兼続は身体を弓なりに反らせ、喘ぐ。悦に泣き、そして乱れた。
兼続のする行動、声、全てにおいて慶次の欲望を掻き立てる。
中で果てても、慶次の猛りは治まらない。獣になった二人は、気がするまでまぐわりあった。

「貰うよ、あんたの想いごと」

慶次はそう呟くと、ぺろりと唇を舐めた。









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後記

自分の夢がいっぱい詰まったSSでした!
刺青ネタとか、物欲ないって言われてる謙信だけど唯一兼続だけは渡したくないと思ってたらいいなとか、優しい慶次に乱暴に抱かれたらいいなと、欲求詰め込みまくりです。
中森明菜の「TATOO」聴きながら書きました。
勝手な欲望にお付き合いくださり、ありがとうございました!!





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