愛しい人
「飲みすぎました」
謙信の酒を飲む進行に釣られて、飲みすぎたと兼続は言った。顔は紅潮し、息遣いも荒く、瞳は潤んでいる。
兼続は謙信に勧められ酒を飲むことになった時から酔うつもりでいた。だが、敢えて釣られた振りをした。
酔いに酔って、足元をふら付かせながら、自室へ戻りますと告げた。
案の定、歩けずに謙信の腕に倒れこんだ。
そんな己を兼続は狡いと思う。
そんな回りくどいことをせずとも、謙信は抱いてくれる。
判ってはいるが、酒のせいにしたかった。釣られて酔ったせいにして抱かれ、淫らに乱れたかった。
謙信に惚れれば惚れるだけ、快感に身を委ねてしまうことが恥ずかしいと思うようになった。謙信の腕の中で、喘ぎ泣くことを考えるだけで恥辱に身が震えた。
どう思っているのだろうか。考えれば考えただけ、素面で抱かれることが出来なくなった。
濡れた瞳で謙信を見る。
「…戻ります…」
そう言いながらも、そっと視線を逸らせただけ。
「兼続…」
冷たい指先で顎を上げられ、口を吸われる。軽く口吸われただけなのにも関わらず、小刻みに身体が震えた。
「戻らなくて良い」
耳元で囁かれれば、ぞくりと震える。
一体、己の身体はどうしてしまったのだろうかと思う。
指先が着衣の上から身体をなぞる。衣の上からでも判る指の冷たさは、酒で火照りきった兼続の身体に気持ちが良かった。
なぞられただけで、ふっ、ふ、と小さい吐息が零れた。
身体をなぞり終えると、慣れた手つきで着衣を脱がされた。そして、その上にそっと寝かされる。
「謙信公…」
そろそろと手を伸ばせば、謙信は指に指を絡ませてきた。その手をぎゅっと力強く握る。
謙信は握られている反対の手で、兼続の身体を再び刺激し始めた。
触れているのが僅かに判る程度に触れていく。じれったい。だが、それが酷い快感を生む。
「あ、あ…あ」
酒で酔っているせいで声がやけに出てしまう。普段の兼続なら、口を噤んでしまっただろうが酒と快感のせいで何も考えられなくなっていた。
くらくらとした気分の中、それはそれは気持ちが良かった。
謙信は時間をかけ、じっくりと兼続を愛撫した。
中へと挿入している指の数を徐々に増やしていく。敏感になったそこは、指を増やされるたびにきゅうきゅうと締め付けた。
「ふ…ぅ…」
達しそうになると、謙信は指の動きを止めた。波が治まった頃を見越して、また行為を始める。
まるで、兼続の口から謙信が欲しいと言わせたいようだった。
兼続は謙信を見つめた。むっと口を噤み、唸る。
言葉にはしなかったが、兼続は両手を広げた。来て下さいと。
謙信は仕方ないなというようにほんの僅か笑う。
「あぁっ!!」
一気に抜かれた指に身体が大きく反応を示した。
それでも達するまでには届かない。
兼続の腕の中に入ると、前だけをはだけさせた。謙信の肌と猛ったものがちらりと見えた。どきっと胸が騒ぐ。
ごくっと一つ喉を鳴らし、視線を謙信へと戻した。
影で表情が見えなかった。謙信の存在を確かめるように、ぎゅっと謙信の身体を抱き締める。
謙信は、兼続の耳に口付けを落とした。頬へ、首へと移り変わった頃、熱いものを下半身に感じた。
「あっ!あぁ…」
長いそれは、全てを入れたわけでもないのに奥底へとたどり着く。謙信がより深く腰を押し付ければ、一番感じる場所を刺激した。
「あ、あ、あぁ、あ」
謙信の刺激を受けながら、涙で揺れる視界の中、謙信を見つめた。
行為を始めるとより一層、謙信は何も言わなくなった。兼続は気持ち良いですかと訊くことはしない。謙信の顔をだた見つめる。
眉と眉の間の皺が深くなったのを感じ、頬を緩めた。謙信も気持ちが良いのだと判ったからだ。
結合した部分からの音と肌がぶつかる音が耳に届く。
己の声も大分出ているというのに、その音だけがやけに耳を犯した。
謙信が何も言ってはくれないことは知ってはいるが、名を呼ばれたいと思った。そんな音よりも、謙信の声が訊きたかった。
「な…、な、」
酒と快感が回りすぎ、上手く名を呼んで欲しいと言えない。揺さぶられながら、それだけを繰り返した。
「…与六」
謙信がそう呼んだのを訊くや否や、びくっと兼続の身体が一度大きく震えた。かと思えば、内太腿が小刻みに震え始めた。
達したのだと判り、兼続の腹を触った。冷たいものが指先を濡らす。
謙信は動きを止めると、指先を見た。どろりとした白濁の液体が指を伝って腕へと落ちていく。
「やっ、やめてください!!」
兼続は、液体を舐めようとしていた謙信の腕を掴み制した。酒が回りすぎているというのに、無理やり身体を起こした為、そのままくらりと脱いだものの上へと傾れ落ちてしまった。
目線だけ謙信に戻すと、謙信は何故と言いたげに首を傾げた。
なりませんと小さく呟き、ぐいっと己の吐き出してしまったものが滴っている指を引き寄せると、ぱくりとそれを口に含んだ。
苦味が舌を刺激する。
ふ、ふと甘ったるい吐息を吐きながら、兼続は指から腕へとついたそれを舌で舐め取っていった。
全てを舌で拭い去ると、一仕事終えたような溜息を兼続は吐いた。謙信に己の吐き出したものを舐められずに済んだと安心したからだ。
「……」
安心したもの束の間、ぐいっと顔が近づけられ口付けられた。舌が歯列を割って入り、兼続の舌へと絡みつく。
「む、むー、むー」
まさか、舌を噛むわけにはいかない。代わりに謙信の肩をどんどんと叩くが、その手を手で絡め取られ制止させられてしまった。
止まっていた下半身の動きも始まり、刺激を与えられた。
「ふ、ふぅ、ふ」
兼続の涙がぽろぽろと零れ落ちているのに気付き、謙信は唇をそっと離した。
嫌だったのかという視線を投げれば、兼続はふるふると頭を振った。嫌だったわけではなく、与えられている快感が涙を落とさせたのだった。
あからさまにほっと肩を降ろすと、謙信は兼続の頬に頬を摺り寄せ、髪を撫で、与六と名を呼んだ。
謙信への愛しさが兼続の中にこみ上げ、再び涙を落とさせた。
「けんしん…こう…」
愛しい。愛しい。どうしようもなく愛しい。
兼続も名を呼んだ。呼ぶと、んと謙信が頷く。
何度も呼んで、呼んで、呼んで、最後に愛していますと言った。
言うつもりなどなかった。言って、しまったとは思ったが、発せられてしまった言葉はどうしようもない。
酒に酔った勢いでそう言ったとは思われたくなかったが、そうとしか取れないだろう。釣れた振りをした罰だろうか。
きっと困った顔をされていると思っていても、謙信の顔を見ずにはいれなかった。そっと顔を上げる。
謙信は嬉しそうに微笑を浮かべていた。微笑といってもほんの僅かに口角を上げ、目を細めたものであったが、見たこともない笑みだった。
涙が溢れて、視界が崩れた。謙信の顔さえよく判らなくなるまでに涙が溢れた。
兼続は謙信の身体を抱き寄せた。強く抱き締める。そして、また謙信の名を呼んだ。
共に果てるまで、何度も兼続は謙信の名を呼び続けた。
兼続は頭に触れる温かな感触で目を覚ました。
其方を見れば、謙信が撫でていた。思わず、顔が綻ぶ。
腕を伸ばして、謙信の首に絡みつく。何時までも謙信の前だと己は童のようだと思った。
「酔っているのか」
謙信がそう訊いた。そこで気付く。謙信には判っていたのだ、兼続が酒が入っていなくては恥辱で抱かれられないことを。
かっと顔が赤らんだのが判った。胸元に顔を埋める。鼓動が速いのも判った。
うーと唸る。
謙信の胸が動いた。声を殺し、笑っているのだと気付き、耳まで赤らむ。
「意地悪い御方です」
触れ腐れてそう言えば、胸がまた揺れる。
むぅと兼続は唸った。
「また、抱いて欲しいか」
「欲しいです」
謙信は兼続の正直な答えにふっと笑うと、顔を上げさせ、口付けを一つ落とし、酒が入ってなくとも乱れてくれるのならと耳元で囁いた。
それにびくっと兼続は身体を振るわせた。
うぅうと小さく唸ると、また謙信の胸元に顔を埋めた。
終