笑み
慶次が兼続と知り合ってからというもの、慶次は兼続の屋敷を毎日のように訪ねていた。
今日も今日とて兼続の屋敷へと出かけようとした矢先、屋敷に訪問してきた御仁がいた。慶次が訪ねようとしていた相手の直江兼続であった。
顔を紅潮させ、何やら急いで来た様子だった。
慶次の顔を見るなり、急に破顔する。思わず、慶次はどきりとした。
「前田殿が伊勢物語を講じられているというのは真実でしょうか?」
何処からか、そんな話を聞いたのだろう。
早く確かめたくて、居ても立ってもいられずにこうして屋敷を訪ねてきたらしい。
今の兼続は、遊び道具を発見した童のように目を輝かせている。
慶次がそうだと云えば、より一層目の輝きが増した。数日前に見せた覇気のある男とは信じがたい。思わず、腹を抱えて笑い出してしまいそうだった。
私にも講じて欲しいと兼続は所望した。慶次はそれを快く引き受けた。
こんなにも嬉しそうな相手を無碍には出来ない。
兼続は、返事に破顔一笑した。
この日から、毎日のように兼続は慶次の屋敷を訪れた。
物語を聞いては、紙へと書き写していく。さらさらと流れていく文字を見ながら、慶次は言葉を紡いだ。
時折、兼続は歓喜の溜息を漏らした。何と素晴らしい物語だろうか。そんな意味が込められていた。
己が考えた話ではないにしろ、兼続の行為は嬉しかった。己の作品に最高の賛辞をもらったかのようだった。
時々、慶次はわざと言葉を止めた。何故かと言うと、兼続が続きをせがんでくるからだ。それが慶次には面白くて仕方なかった。
案の定、続きをせがんだ。
言葉が耳に入らずぼんやりした様子を見せると、名を呼びながら着物の裾を指で引っ張った。
小さな童が母親の裾を掴んで呼んでいるようだった。
「くくくっ…」
慶次が笑うと、兼続は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
逢う回数を重ねる毎に慶次は兼続の魅力にとり付かれていった。心は兼続のことばかり考えさせた。
朝になれば、兼続に逢えると喜ばせる。夜になれば、もう帰ってしまうのかと切なくさせる。心中はせわしないものだった。
物語を語るその横で、無防備に筆を走らせる兼続を、胸の中へと抱き締めてしまいたいと何度も思った。どうしようもなく惚れていた。
全てを伝え終えるにはかなりの日数が掛かったが、慶次も飽きることなく兼続に付き合った。
慶次は最後を伝え終え、兼続もその筆を止めると今まで以上の深い溜息を吐いた。まるで美味い酒でも飲み終えたような、そんなうっとりとした感情が籠っていた。
それに慶次が破顔する。
「ありがとうございます」
兼続が深々とその場で頭を垂れた。
そして、何か礼をさせて欲しいと告げた。
「何でもお好きなものをご所望ください」
慶次はしばらく考えた後に、何でもと云ったなと念を押した。
兼続はええと言葉を返す。
慶次が何を望んでいるのかは判らないが、この礼はどんなことをしてもしようと思っていた。
「直江殿を抱きたい」
兼続は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた。だが、即座に返事を返した。
「なりません」
「何でもと云ったではないか」
その返事に慶次が問う。
「それでは礼にならないからです。手前の身体に前田殿が満足出来るとも思いませんし、何より、それでは納得いきません」
「判らないだろ?」
慶次は少し間を置くと、言葉を続けた。
「惚れているんだ、直江殿に。だから、直江殿を抱きたい」
どんなに金子を積まれるよりも、その方が嬉しい。そう言う慶次の顔を見た。
「手前にですか…?」
慶次は照れたように笑う。
「惚れて惚れて仕方ない」
其処まで言われて誰が断れるだろうか。
兼続ははにかむと、慶次の手にそっと己の手を重ねた。
「多少なりとも、満足させることが出来ればいいのですが…」
そう断り、慶次に口付けた。温かな熱と共に、慶次の中の感情が込み上げてくる。そのまま、兼続を押し倒してしまいたい衝動に駆られたが、それを我慢し兼続に任せた。
小さい口付けを何度も繰り返しながら、慶次の着衣を脱がせていく。
慶次のものを隠していた布をも脱がせると、口付けを止めた。
躊躇いがちにそれに触れる。
「大きい…ですね…」
すぐさま天を仰ぎ、起ちあがるそれの大きさに思わず言葉が漏れた。
身を屈めると、そこにも口付けを落としていく。根元まで口付けていくと、下から上へと舌を這わせる。
先端へと辿り着くと、口の中へと含み、舌先で刺激を加えた。
それを何度も繰り返す。
張り詰め昂っているそれに下半身が疼く。兼続のがされているわけでもないのに、己のが責められているような気分になった。今、咥えているものを己の中へと入れたいと思った。
「前田殿…」
濡れたそれから唇を離すと、着ているものを脱いだ。ただ、咥えていただけなのにも関わらず立ち上がっている己のものに恥辱を覚えた。だが、何よりも慶次のが欲しくて仕方ない。
慶次の上に跨り、それを宛がう。
大丈夫なのか?と訊ねる慶次にこくこくと頷くと、一気に身を沈めた。
「…ッ」
解かれてもいないそこに痛みと、それ以上の快感が兼続を襲った。
兼続は身体を反らせた。熱いそれは奥までも刺激する。
がくがくと足が振るえ、そのまま倒れてしまいそうだった。
「直江殿」
慶次がそれを抱き寄せ、支える。
胸に抱かれながら兼続は荒く呼吸を繰り返した。
「…まえだど…」
言葉の語尾が吐息にかき消された。
中で張り詰めたそれが入っている感覚だけで達してしまいそうに思えた。
じわりじわりと快感が身体を蝕んでいく。身体が振るえ、動かすこともままならない。
「…直江殿」
慶次が兼続の耳元で囁く。びくんと大きく兼続の身体が震えた。
名を呼んだだけで、兼続の中の熱が増した。きゅうきゅうと慶次のそれを包む、柔らかく熱い粘膜の感触。潤いきっていたそこは蕩けてしまいそうだった。
下から突き上げれば、慶次の腕を掴み、甘美な声を洩らす。
ほんの僅か腰を動かしただけなのに、兼続のからはとろとろと透明の蜜が滴っている。
満足しないわけがない。慶次はそう思った。
突けば突くほど蕩けるそこは、どんな相手よりも良かった。
世が明けるまで、慶次は激しく兼続を抱いた。気を失わせる余裕も与えない程に激しく抱いた。
「やはり、何か他のものを…」
兼続が申し訳なさそうにそう告げた。理由を聞けば、手前も楽しんでしまいましたからと言った。
それに慶次は笑った。まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかったからだ。
「十分、礼は貰ったよ。直江殿」
「しかし…」
ちらりと兼続は慶次を見た。
慶次はにこりと笑うと、兼続の耳にぼそぼそと何かを伝えた。
「ま、前田殿!!」
兼続は耳までも真っ赤に染めた。
慶次は再びにこりと笑うと、兼続の頬にふざけるように口付ける。
口付けられたそこを手で押さえ、兼続はむぅっと口を尖らせた。
暫く何か考えた様子を見せた後、兼続は慶次の頬に同じように口付けを返した。唇を離すとお返しですと云う。
「どうせなら、こちらがいい」
慶次は己の唇を指で叩いた。
うっと小さく唸ってから、兼続はそこへも口付けた。
嬉しくて仕方ないように慶次は破顔する。兼続はそれを見て、はにかんだ。
「貴方は何て御仁だ」
「惚れそうか?」
にこりと笑う。
「惚れてしまいそうです」
にこりと兼続もつられて笑った。
終