解かれた手


兼続の目の前には、蒲団の上に寝かされた弥之助が居た。
その顔は穏やかな顔をしている。
割腹し、死に絶えたというのに今にも起きてきそうだと思った。
弥之助の横に座ると、組まされている手に触れた。冷たく、硬直してしまった手。やはりもう目覚めることは無いのだと、改めて実感させられた。



「兼続様!」

夏祭りの後、己の屋敷に帰ろうとしていた兼続を、弥之助が呼び止めた。

「何かあるのか?」

訊ねても返事は無い。
暫く静かに顔を見つめて、いえ…何でもありませんと小さく告げた。その顔は酷く悲しげだった。
顔を逸らし、屋敷の奥へと消えようとした弥之助の手を兼続は掴んだ。
咄嗟にしたことに己も驚いた。
どうしてそうしたのかは判らない。だが、反射的に手を掴んでいた。
何か意味があることだろうと思った。
弥之助の手がびくっと震え、力が込められた。兼続は手をぐっと握ると、どうした?と改めて聞いた。
くるりと振り返ると、弥之助は笑顔を見せた。屈託の無い、笑顔だった。

「祭りでのこと、楽しかったです」

祭りでのことを今一度、礼を述べたかったと云うだけであったが、兼続には先ほどの弥之助の表情が気になって仕方無かった。
弥之助を見る。
一度、強い力で手が握られたかと思えば、その手を解かれた。
また、にこりと笑うと屋敷の奥へと消えて行った。
それが弥之助との最後の出来事になった。



弥之助が寝ている部屋を出ると、なつが二つの文を持って立っていた。
一つは慶次への詫び状であった。
ふがいなさから死に果てると書かれた書状には、一つの乱れなく書かれてあった。兼続は唸った。納得がいかなかった。
もう一つのに目をやれば、兼続の名が書いてある。兼続はそちらも見た。

「………」

兼続はそれを見、言葉を失った。
其処には兼続への想いが綴られている。
先ほどの書状とは違い、文字が震えていた。
屋敷に来たときより、慕っていたこと。想いが己の口より告げられず、誠に残念であることが書かれていた。

兼続はなつを見た。
なつを想っていたとばかり思っていた。

「これをなつは読んだのか?」

兼続は内容を云わなかったが、なつは頭を振った。

「でも、知っていました」

なつは消え入りそうな声で云う。
弥之助ばかりを見ていたなつには判っていた。弥之助が誰を見ていたか。

「儂は、弥之助をなつの婿に…」

何度か弥之助にそのことを伝えたことがあった。
弥之助は、それに照れて笑うだけだったが、なつを想っているからこそ、その反応なのだと思っていた。

なつは、再び小さく頭を振った。
弥之助もまた、判っていたのだ。兼続が誰を見ているのか。
己の想いは届かないものなのだと。

「私が言ったのです…」

ぽつりとなつが言葉を零す。
傍で想うのも一つの恋ではないですかと、なつは弥之助に云っていた。
なつに悪いと、弥之助は何度も断っていたのだが、それでもなつは弥之助の傍に居たかった。
今は兄である兼続を想っていたとしても、何時かは振り向いてくれるだろうと思っていた。
もしかしたら、奥底では兼続への想いは忘れるしか無いのだと、良くは無いことを思っていたのかも知れない。

兼続は呆然と立ち尽くした。
頭の中が真っ白になった。わっと泣き出したなつに、かける言葉も出すことが出来ない。
あの時、云おうとしていたのはこのことだったのだろうか。
今となっては判らない。

こんなことが無ければ、知らずに消えていった想い。
知ってしまった想いに、兼続は困惑した。

兼続は振り返った。弥之助へと目を移す。
もう何も云わない弥之助。その顔は凛然としていて、美しかった。
正義を知り、そして兼続を想い、死んでいったのだろう。
その美しさがまた酷く胸を痛ませた。

兼続は手を開いたり、閉じたりを数回繰り返した後、強く握った。
想いに答えられずとも、離してはいけなかったのだ。あの手を。
血が出たのにも関わらず、強く握った。
雫が一つ指から滑り落ちた。それは悲しみのあまり涙すら出ない兼続の代わりの涙のようであった。












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後記

なつには悪いのですが、弥之助は兼続が好きだったよって話でした。





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