歌詠い


出かけた筈の慶次が、兼続を連れて屋敷へと戻ってきた。
二人は既に酒をたらふく飲んできたようだった。
聞けば、出せる酒が無いと飲んでいた座敷で云われたらしい。
それで屋敷に戻ってきたというわけだ。

慶次は大して飲んでいないと云うが、普通の男からしたら大層飲んだことになるだろう。
捨丸は頭を抱えた。
金子のことが気になった。金に無頓着過ぎるところを直して欲しいと説教してやりたくなった。

屋敷に着いてからも、二人は水のように酒を飲んだ。
他愛ない話をし合い、馬鹿になったように笑う。
かと思えば、舞を始める。と云ってる矢先から別のことをしだす。
楽しい。確かに楽しい。金子のことなど忘れて、捨丸も飲んだ。明日のことは明日考えればいい。
慶次の言葉にそうだなと頷いた。

何かを思い立ったのか、慶次は文机に置いてある墨を擦り始めた。
兼続の…胸元辺りを一瞥すると手招きして呼んだ。

「何でしょう?」

流石に足元がフラついている。
慶次の前に倒れるように座った。
着流しの胸元を開かせると、そこに筆ですらすらと何かを書き始めた。

捨丸は青ざめた。
直江山城守兼続は、そんなことをして良い相手ではない。
飛び付いて止めようと構えた。

当の兼続はくすぐったさと、慶次の行動の可笑しさに、はははと声を出して笑っている。
酒が入っているとは云え、こんな事が出来るのも慶次だからだなと捨丸は思った。

「秋の田の かりほのいほの とまをあらみ」

慶次は書いたものを読んだ。
そこで何か兼続は直ぐに判った。兼続が続ける。

「わが衣手は つゆにぬれつつ」

慶次が詠んだのは百人一首の上の句だった。
慶次は続けた。上の句を詠めば、下の句が即返ってくる。
嬉しかった。
兼続とだけだろう、こんな遊びが出来るのは。

「みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに」

恋の歌を詠んだ時、慶次はじっと兼続を見つめた。

「乱れそめにし われならなくに」

唇を動きを目で追う。柔らかな唇がなめらかに言葉を紡ぐ。
感化されたのか、心がときめき始めた。

「喉が渇きましたね」

にこりと笑うと、兼続は云う。
誘われていると慶次は思った。
捨丸を手だけで退かせると、酒を口に含んだ。それを兼続に飲ませる。

口から溢れた酒が喉を伝り、露わになった肌から胸へと流れる。
墨が酒と交わり、字がじわりと滲む。

慶次がまた一つ詠んでは、口付ける。
兼続はそれを受けて、一つ詠む。
詠みながら、着衣を脱ぎ。詠みながら、脱がされる。
恋の歌で口付けし、季節の歌で笑い合う。

「わびぬれば 今はた同じ 難波なる」

「みをつくしても あはむとぞ思ふ」

恋の歌はいけないと感じた。
心がどうも震えてしまう。
兼続は己の胸に手を当てた。鼓動が速い。
目の前の慶次のせいだ。
慶次がその手を退かせると、手を当てた。速い鼓動にどうなされたと意地悪く聞く。

「あさぢふの 小野のしの原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき」

慶次への想いが溢れ出して仕方ないと歌と被らせた。
それを聞き、慶次はにこりと笑うと口付けて、兼続をそっとその場に押し倒した。
頬を撫で、口遊ぶ。

「あふることの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし」

兼続との恋を知り、辛さを感じると慶次は歌に込めた。
兼続は、慶次の胸に手を触れた。同じく鼓動速い。
思わず破顔する。
すすすと手を顔に持っていく。頬を撫でていると、その手に被せるように手を添えられた。

「由良の門を わたる舟人 かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな」

二人の声が重なる。
心と云う広い海に船がゆらゆらと漂う。櫂を無くした船は何処に向かうか判らない。この恋と同じではないか。

また詠み合い、体を重ねた。

「なげけとて 月やはものを 思はする」

「…か…かこち…ッ…はっ…」

熱く滾る慶次のそれに責め立てられ、言葉を続けられずにいる。
兼続のくるぶしに口付けを落としながら、腰を押し付け云う。

「云えてませんな、兼続殿」

云えるわけがなかろうと云い返してやりたかったが、荒く呼吸をすることしかままならない。
代わりに眉を顰めた。
慶次はにこりと笑う。何と憎い男か。そこもまた堪らなく愛しくもあるのだが。

揺られながら、外に目をやる。雲の合間から、月が高く昇っているのが見える。月光が地上を照らている。

『秋風に たなびく雲の たえ間より もれいづる月の かげのさやけさ』

心でそっと詠んだ。
歌のように美しい光景であったが、慶次のが美しいと思った。
煌めく汗と、流れる髪、そして逞しき体。この人物を前にしてはどんな光景も色あせると思った。
慶次の指に指を絡ませ、一人笑った。











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後記

伊勢物語なら歴史的にもありだとは思うのですが、ただたんに二人が百人一首を詠みあうっていうのが書きたかっただけな話です。





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