行為が終わり、二人は布団でまどろんだ。余韻が鼓動と共に波打つ。
荒く呼吸を繰り返しながら裸で横たわる慶次の体を、兼続はまじまじと見た。
あちらこちらに傷が刻まれている。深いものから、浅いものまで様々だ。
左肩のやや下に真新しい傷があった。
兼続がつけたものだ。
それを見ると、兼続はそこに触れた。
「何と詫びればいいのか…」
相当な痛みだっただろう。
兼続の表情が沈む。
「なに、構わんよ」
あっけらかんと云う。それでいいのですかと問えば、兼続殿をこうして抱けたからいいよと返ってくる。
何てたらしな男だと呆れた。
兼続はくすりと笑った。
朝日が昇り始めた頃、兼続は衣服を着ると、屋敷を出る支度を始めた。
音はあまり立てなかったつもりだが、慶次は目を覚ました。
「行くのかね」
その言葉に兼続は頷いた。
それ以上の言葉は要らないと思ったので、何も云わなかった。
兼続は慶次に深くお辞儀をした。
慶次は立ち上がると、今一度、強く兼続を抱き締めた。余韻をもう一度、味わいたかったのかも知れない。
兼続は、捨丸を供に連れて、馬で景勝の屋敷へと戻った。
途中、捨丸が兼続の顔を見た時、あまりの顔色の悪さに引き返そうとした。
「いい、行ってくれ」
兼続がそう云うので、捨丸はそのまま、歩みを進めた。
時間を掛け、景勝の屋敷へと向かった。
屋敷へと着くと、捨丸に礼を云った。
「慶次殿にも宜しく伝えて欲しい」
捨丸は、やはり心配そうに見ている。
弱々しく微笑すると、ありがとうと告げ、兼続は屋敷の門を潜った。
案内されずとも、何故か景勝の居る場所が判った。
足が庭へと進む。
庭にはやはり景勝が居た。腕を組みながら、池の鯉を見ていた。
聚楽第へと向かったあの日から、二年もの年月が経とうとしていた。
景勝が兼続に気付き、此方を見た。気まずさから、兼続はさっと目線を逸らせた。
足早に景勝が近付いてくる。
動けなかった。
景勝は履物を捨てるように脱ぐと、兼続の腕を掴み部屋へと入った。
後ろ手でぴしゃりと障子を閉めた。
「景勝さ…ま」
強く掴まれた腕を見ながら、呟いた。
名を呼んだ後、景勝に抱き締められた。慶次より強い力だった。
「暫く、こうさせてはくれぬか」
景勝はそう云った。兼続は何も云わず、こくりと頷いた。
「背の傷を見せてくれ」
どの位の刻が経ったのだろうか、景勝は兼続を離すとそう云う。
兼続は背を向けると、帯を解き、着ているものをはらりと脱いだ。
滑るように着物が肌から、畳の上へと落ちた。
景勝はその傷を見、酷く衝撃を受けたようだった。
「行かせなければ良かった」
景勝はそう呟くと、強く唇を噛んだ。
ぶつっと皮膚が切れ、血が零れてきた。
「お止めください!」
兼続はそれを見ると、景勝に縋るように抱きついた。
景勝の瞳から一筋の涙が零れた。
それを見た兼続は雷に打たれたような衝撃が走った。
家臣の前で一度も笑顔すら見せたこともない男が己の前で泣いた。
その涙で兼続はどれだけ己を想っていたのかを知った。
兼続はその場で力なくへたり込んでしまいそうになった。
恐る恐る、景勝の頬に触れた。冷たい涙が指を伝わる。
想いの深さをありありと見せられた。
その涙で、帰るべき場所は此処だったのだと判った。
景勝の許だったのだと。
兼続は顔を手で覆った。
己の中の景勝への愛しさと、それ同等の申し訳なさがこみ上げてきた。
涙となって溢れ出る。
「どうして…どうして…私を殺してくださらなかったのですか…」
兼続は全て思い出した。
過去のこと。景勝への想い。
景勝に刀を向けたことは今でも鮮明に思い出す。
慶次を刺した感触さえも。
「兼続を殺し、儂は生きろと?出来るわけがなかろう。兼続が居なくては生きていけぬ」
その言葉に、また泣けた。
景勝は兼続の腕を掴むと、顔を覆っている手を退けさせた。
「昔からよく泣くやつだ…」
ぐいっと頭を胸に押し付けられた。
二人は慰めあうように体を抱き寄せ合った。
兼続の体は熱で溶けてしまうのではないかと思うほどに、熱くとろとろと蕩ける。こんなにも艶やかに乱れる男だったであろうか。
「っ…はッ…か、…景勝さ…ま、なを…名を呼んでくださいませんか…っ」
腕に抱かれながら、兼続はそう云う。
兼続の体をしっかりと抱くと名を呼んだ。何度も、何度も呼んだ。
嬉しそうに微笑を浮かべると景勝の首に腕を絡ませてきた。
景勝の背に軽く爪を立てると、兼続は果てた。それと同じに景勝も兼続の中へと吐き出した。
兼続は下で呼吸を荒く繰り返しながら、景勝の顔を見上げた。
手を伸ばすと両頬に触れる。
「どうした?」
景勝がそう云うと何もありません。ただ、愛しいと思ったのですと微笑み、景勝の体を抱き締めた。
兼続はその夜、夢を見た。
目の前には十歳ほどの景勝…喜平次の姿があった。
「ま、待ってください」
兼続…与六は前を歩く喜平次に追いつこうと、懸命に走った。
喜平次の足は速く、なかなか追いつけない。どんどんと距離が遠くなっていく。
「あっ!」
足元の石につまずき、転んだ。与六は痛いと泣き叫ぶ。
声を聞いて喜平次が振り返った。与六の許へと駆け寄ると、ほらっと、手を差し伸べてきた。
「泣くな」
喜平次が咎める。
「泣いてはおりませぬ」
泣きながら、差し伸べられた手を掴んだ。
「泣いているではないか」
ごしごしと懐にしまってあった布で涙を拭いてくれた。
涙を拭いてもらいながら、喜平次様が速いのが悪いのですと与六は喜平次のせいにした。
「それならば、共に歩こう」
繋いだ手をしっかりと握ると、喜平次は与六と同じ歩幅で歩いた。
与六は足が痛いのを忘れるくらいに嬉しかった。
きゅっと口を閉じ、涙を堪えた。こくんと頷くと、与六もしっかりと喜平次の手を握り締めた。
兼続は清々しい気持ちで目を覚ました。
夢のせいだろう。やけにすっきりしていた。
隣で寝ている景勝の顔を見、微笑むと床から出た。
外は丁度、太陽が昇り始めているところだった。山々の間から光りが四方に向けて輝いている。
なんと美しい景色だった。
兼続を覆っていた闇が晴れたような気がした。
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