慶次は布団の上に腹ばいになりながら、煙管を咥えまどろんでいた。
ぴこぴこと煙管を上下させ、足をばたばたとさせる。
慶次は不満だった。不満で仕方ない。
何が不満かと云うと助右衛門との行為がだった。
まだ、体は猛り、疼くのを止めない。
助右衛門の抱き方では満足しなかったのだ。
それを体で表現したのだが、助右衛門はそれにすら気付かない。
涼しい顔をし、慶次はまだ裸だと云うのに着物を着始めている。

最近の助右衛門の抱き方には不満だった。
物足り無さ過ぎる。
はじめの頃はあんなにも熱く何度も抱いてくれたのに、この頃はあっさりとしたものだった。

「兼続殿にでも、抱かれるかな…」

あの優しい兼続でも、床では蕩けてしまうほどに熱く、己を淫らにさせてくれる。
見習って欲しいものだなと慶次は煙を吐き出しながら唸った。
ふと、横を見ると助右衛門が見つめていた。
心で思ったはずが、口にしてしまったのだと気付く。

助右衛門がふーと深い溜息を吐く。

「お前は誰にでも、抱かれるのだな」

不意に投げられた言葉に、ぎくりとした。
慶次の反応に、再び重い溜息を吐いた。

「もう抱かん。帰ってくれ」

冷たくそう云い放つと、助右衛門は屋敷の奥へと消えてしまった。
不味いとは思ったが、何もそんな態度を取ることもないじゃないか。心許しているのはお前だけであって、体とは関係無いだろ。
そんなことをぶちぶちと口にしながら、脱ぎ捨ててあった着物を着込んだ。

門先に出ても、助右衛門は出てこないどころか、声すら掛けてこなかった。
ちらりと振り返るが、しんと静まり返ったままだった。


そのまま、兼続の屋敷に向かった。
助右衛門との間にあった出来事を兼続に聞かせる。
何とか取り持ってはくれないかと、縋る思いでもあった。

「それは困りましたね」

兼続はそう云うが、大して困ってはいない素振りだった。

「こうしてはどうでしょう」

ぽん、と手を叩くと兼続はとある提案をした。

「半年ほど誰とも行為をしない、と云うのを守られてはどうですか?」

にこりと笑う。
助右衛門に操を立てるということだ。
簡単に思えそうだが、慶次にとっては大事だった。
近々、戦があるわけでも無い。猛った体をどうしたらいいのだと兼続に問う。

「ご自分で解決されてください」

なんてやつだと慶次は唸った。
兼続殿だって、俺を抱いていたのだから同罪ではないのかと云いたかったが、兼続は慶次に誘われたので、それに乗ったまで。
兼続からは誘ったことは一度も無い。
それに、兼続は聞いていた。助右衛門は良いのかと。慶次は気にしないでくれと返していたのだ。

口を尖らせると、それを渋々承諾した。
承諾したのを知るや否や、兼続は棒状のものを持ってきた。
棒状のものは女子の小指ほどの大きさで、金か何かで出来ているような見たこともないものだった。

「こちらに名を」

そう云うと、先にさっと、紙を差し出す。念書ではないかと慶次は思った。
そこまでする必要ないだろうと云いたかったが、にこにこと笑う兼続には何も云えなかった。そこまで信用がないのかと悔しく思う。

「あと、こちらを」

慶次の左手を掴むと、持っていた棒状の物を指に近付けた。金で出来たものかと思ったが、それは簡単に、くにゃりと曲がる。
兼続はそれを小指の根に輪にさせた。
端と端には凹と凸の部分があり、先端を合わせ合うとかちりと嵌った。

「なんだこれは?」

左の小指に煌めく輪。
先ほどは、くにゃりと曲がっていたのに、今は指で押しても壊れない。

「面白いものですよ。体の内側から発する熱に感知するんです」

意味が判らず、慶次は首を傾げた。
つまりですね…と言葉を発しながら、慶次に口付けた。
柔らかな唇の感触を感じたかと思えば、舌で挑発するように唇を舐めてくる。そして、そのまま中へと侵入させた。
慶次の舌に舌で触れると、舌先を絡ませ、軽く吸う。
当たる吐息に、体をぞくと震わせられる。
兼続は口付けだけで、慶次を翻弄させていった。

その時、ぴしっと音が鳴った。
その音を聞き、兼続は唇を離す。名残惜しげに、舌先と舌先を繋いでいた雫が垂れた。

「慶次殿が感じると、割れるようになっているのです」

輪には、ヒビが入っていた。
慶次はそれをまじまじと見た。
冗談だろうと思ったが、しっかりと入ったヒビがそれを証明している。

「慶次殿が行為をすれば、それは確実に割れるでしょうね」

つまり約束を破ったと云うこと。
頭痛がした。
流石にやりすぎだろうと抗議した。
だが、兼続は笑いながら云う。

「なぁに、貴方様が守られればいいだけのこと」

慶次には、もう何も返すことが出来なかった。
指を見た。
薬指に煌めくそれは酷く重たいもののように感じた。



五ヶ月が過ぎた。
何度か女子を抱ける機会があったが、指に光るそれがまるで監視しているようで、その気になれず抱けないままだった。
助右衛門にも、兼続にも逢わずに居た。
逢えば抱かれたいと思ってしまうだろう。
やけに月が綺麗な晩だと云うのに、酒を一人で呷る。

指を月に翳した。
照らされ、怪しく光り輝く。
壊してしまいたかったが、壊せばしてしまったと思われるだろう。
何も出来ずに居た。

「兼続殿に相談したのが、失敗だった」

ぶちぶちと口にする。
闇から、くすりと笑う声が聞こえた。其方を見れば、兼続が立っている。
慶次は眉間に皺を寄せ、あからさまに迷惑そうな顔をした。

「儂がどうしたと?」

わざと意地悪く問う。
慶次は、口を尖らせると、別にと云った。

月に誘われて来てしまいましたよ、と云う兼続の言葉を、慶次は嘘だと云い放った。
しっかりと己の指に輪がついているか見に来たのだろう、と不貞腐れる。
さぁ、と兼続は恍けた。

勝手に縁側へと兼続は坐る。
慶次が飲んでいた白い杯に酒を満たすと、兼続はそれを飲み干した。
既に幾らか飲んでいたのか、頬が僅かに染まっている。
酒の匂いに混じって、着流しから覗く兼続の肌から、慶次へと刺激が運ばれてくるようだった。
くらりと、酒に酔ってしまったような眩暈を覚えた。

「抱かれたいですか?」

横目で慶次を見ながら、はじめて慶次を言葉で誘った。
慶次は唸りながら、胡坐をかいている足をばたんばたんと上下させる。
あからさまに葛藤していた。

「…いや、いい…」

びしっ、と手を前に出し、兼続の言葉を拒んだ。
にこっと兼続は笑うと、それがいいと思いますよと云った。



半年が経った。
我ながら我慢したなと思った。
助右衛門に逢いたくて逢いたくてどうしようもない。本当に半年ぶりに逢う。
久しぶりに逢うことを考えると、多少なりとも緊張した。
自分らしくもない。だが、やはり助右衛門を想っているのだと実感した。
兼続が例の念書を助右衛門に届けると云っていたので、助右衛門も指についている輪の意味が判るだろう。
割れていないそれは誰からも抱かれず、誰も抱いていないことを示している。

助右衛門の屋敷を訪ねた。
やはり、助右衛門はちらり、と指を見た。
輪を確認したようだった。

慶次はどう云っていいものか悩んだ。
抱いてくれと云うのも、何処か恥ずかしいものがある。

「やはり、俺は助右衛門が好きだ。確かに…今までは…他の男に抱かれたり…あったかも知れんが…」

慶次は小指の輪を右手で弄りながら、しどろもどろに話した。
頭を下に垂らしながら、ちらっと上目使いに助右衛門を見る。

「俺も慶次が好きだが…」

「もう誰からも抱かれない!」

助右衛門は他の男に抱かれるのは嫌とでも、続けようとしたのだろうが、慶次に言葉を遮られた。

「助右衛門だけだ…俺を抱けるのは」

真剣な表情の慶次。
ゆっくり瞬き一つ落とすと、助右衛門は深く頷いた。



久しく誰とも肌を合わせて無かったのもあるのか、この日は酷く感じさせられた。
はじめての刻と同じく、助右衛門は激しく慶次を抱いた。
炎に抱かれているように熱く、このまま二人溶け合ってしまうのではないかと思った。
互いに何度も何度も体を貪りあった。



慶次は松風に跨り、兼続の屋敷に向かった。
左手を上げる。
小指には相変わらず、輪が光り輝いていた。
助右衛門に抱かれたのにも関わらずだ。

「あぁ、冗談ですから」

問い詰めた兼続は悪気もなく、さらっとそう答えた。

「だが、ヒビが入ったではないか」

確かに口付けの後、ヒビが入った。
今も輪にはその跡が残っている。

兼続は、慶次の指にしがみ付いている輪を繋いでいる裂け目に爪を押し入れる。
力を入れると、いとも簡単にそれは壊れた。
ぱらぱらと煌めく破片が散っていく。

「刻が来れば、そうなるように細工しておいたのです」

兼続の笑顔に卒倒してしまいそうだった。
最初から仕組まれたことだったと、今更気付く。
確かに用意が良すぎた。
もっと早くに気付くべきだったのだ。

「…兼続殿」

「奥村殿と仲直りは出来たのでしょう?」

窘めようとしたのを、兼続は微笑で制した。
確かに約束は守ることが出来た。
実際、あの後に念書を持って助右衛門の屋敷を訪ね、全てを話してくれたようだった。

「それはそうだが…」

「良かったではないですか」

はっはっはっ、と声を出して笑う兼続に、慶次は一生この男には勝てないなと思った。

慶次は小指を見た。
まだ感触残るそこは、先ほどの助右衛門との行為を思い出させる。
最初の頃と同じく、熱く激しく抱いてくれた助右衛門。
兼続が云うように確かに良かった。

ふっと小さく息を吐くと、まぁ良いかと頬を撫でた。




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後記

助慶とか言いつつ、がっつりと兼続が出張ってる上に、かなりの鬼畜な気がします。
きっと奥村さんの屋敷を訪ねたときも、笑顔でさらりとかわしていたんじゃないかと思います。

話の筋として通ってるのか!?この話!!と悩んではいますが、空様に贈ります。
こちらも受け取ってやってください。

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