「何が目的だ」

慶次は、目の前の兼続に敢えて問う。
表情を変え、にっこりと兼続は微笑むと、景勝に指を指し云う。

「其処に居る景勝の命が欲しいのです」

衝撃を受けた。
慶次の胸が締め付けられる。
まさかあの兼続の口から、そのような言葉が出るとは思ってもいなかった。
操られているのだと、直感でそう思った。 それが拷問でなのか、薬でなのか判らない。

兼続は、すらりと腰に帯刀していた刀を抜いた。
出掛ける前に確かに刀は持って行ったが、この刀とは違っていた。
紋も入っていない。
抜いた刀をだらりと下げると、兼続は景勝の方向へと向きを変えた。
すぐさま、景勝目掛け跳ぶ。

「まずい!」

慶次は咄嗟に飾ってあった刀を掴むと、その間に割って入った。
景勝の胴に刀が当たる直前で、兼続の刀は鍔によって止められた。兼続は本気だった。本気で、景勝を殺そうとしていた。
景勝の額に汗が流れ、ぞくりと体が震えた。

慶次は刀を弾くと、鞘から刀を抜いた。
刀が、きいんと音を立てて、刀と刀が重なり合った。それを互いに押し合う。
どちらの刀もその場で動かなくなった。
完全に力勝負になった。ほんの僅か力を抜いただけで負ける。
力は互角だった。

「旦那と対等に戦える人がおるなんて…」

岩兵衛がそう呟いた。
捨丸には覚えがあった。兼続が慶次の剛槍を小枝のように振り回したことがあることを。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

「おおおおおおおお!!」

部屋に怒号が響き渡る。
そこに居るのは最早、人ではなかった。鬼神が戦っているとしか思えなかった。
その場に居た他の者は二人を止めることも、割って入ることも出来ない。
捨丸と岩兵衛は、景勝の傍に近付いた。
あの兼続を前に景勝を守りきることは出来ないかも知れないが、幾らかは時間稼ぎになるだろうと思ったのだ。

「兼続様ではなく、変装した忍びではないでしょうか?」

骨のような忍びもいる。己は知らないが、兼続に変装出来る忍びが居てもおかしくないと捨丸は思った。
目の前に居る兼続は、取り巻く空気も、動きも、何もかもが別人としか見えない。

「あれは兼続だ」

幼少の時より共に居た兼続を景勝が間違えるわけは無い。
忍びのような動きをしようとも、己を殺そうとしようとも、兼続に間違いなかった。
だからこそ、己の目が信じられなかった。

慶次はきっ、と唇を噛んだ。
確かに兼続とは一度、本気で戦ってみたいとは思ったことはあったが、このようなことを望んでいたわけではない。
これでは死合いだ。どちらかが死ぬしかない。
己が死んだ場合は景勝も殺される。それだけは避けたかった。かと云って、兼続も殺せない。
どうしたもんかと悩むが、心奥底では楽しさもあった。
兼続はこうでなくてはならないと。
矛盾してはいるが、戦を好む性分ばかりはどうしようもない。

刀を鍔元で受け止め、押しながらも慶次は何とか兼続の刀が折れないものかと考えた。
兼続の刀を見る。太く、手刀では折れそうにない。
それに比べ、景勝の屋敷に飾ってあった刀は、比べると細い。自分のものでもないので、使い難い。
力の流れを読んで、刀を外へ流してやろうかとも思ったが、懐にまだ棒手裏剣もしまわれているだろうと思うと、それも出来ない。すぐさま、それで攻撃してくるであろう。
踏ん張っている足を使うことも出来ない。
分が悪いなと思った。

不意に何か冷たいものが慶次の手に当たった。
血かと思ったが、そうではなかった。

がきんと鈍い音が響き、畳にどすっと刀が刺さった。
慶次の握っていた刀が、半分のところで折れていた。
慶次が力で負けた。

「だ、旦那…」

力無く捨丸が嘆いた。流石に終わりだと感じた。
景勝だけでも守らなければと思うが、恐怖で足も動かない。
心底、情けない思いだった。

「…兼続殿」

慶次が折れた刀を握り締めたまま、兼続を見た。
目の前に居る兼続は、はらはらと流れる涙を拭おうともせず、慶次を見返していた。
自分が泣いているとは気付いていない様子だった。
表情はなんら変わっていなく、険しいまま。

「兼続…」

景勝も涙に気付き、名を零した。
その瞬間だった。
声を聞き、兼続が目だけで景勝を見たかと思えば、さぁっと涙が赤く染まった。
その数秒の出来事が、慶次には刻が遅くなったようにゆっくりと映った。
流れる血の涙は兼続の心の声だと思った。
心の底では、景勝への想いが消えてはいないのだった。
景勝との関係の深さを有り有りと知った。
慶次は己の命を賭けてでも、兼続を止めようと思った。

真っ赤に染まった涙を流しながら、慶次の方向へと目線を戻した。

「他に刀はないのですか?」

そう問う。兼続もまた、慶次との戦いを楽しんでいるようだった。
慶次は、無いと返す。

「そうですか、残念です」

そう返ってきた。
どうやら、殺すつもりで来るのだと判った。

しゅっと風を切る音がして、兼続が目の前に跳んできた。
刀で心の臓を貫くつもりらしい。
それにいち早く気付くと、慶次はほんの僅か体を捻った。跳んできた刀は心臓のやや上、左肩に突き刺さった。

「ぐッ!」

鈍い痛みが慶次を襲った。貫かれはしなかったが、相当深く突き刺さったらしい。
慶次はそれに耐えると、兼続の右腕を掴んだ。兼続は肩を貫こうと刀に力を込めるが、筋肉にも力を込められ動かなくなってしまった。
懐へ左手を入れた。まだ隠し持っていた棒手裏剣を出そうとしたが、その手も制されてしまった。
やはりその手も動かなくなった。

「すまない」

慶次は一言、兼続に詫びると腹を思いっきり蹴りを喰らわせた。

「っ…−」

声すら出せない。まるで丸太が思いっきりぶつかってきたのと同じ衝撃を受けた。
兼続は両の腕を掴まれたまま、がくりとその場に倒れこんだ。




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