九の月が流れ、秋になった。
青々と茂っていた草木は、赤々と火を灯したように染まり、人を魅了する季節。
普段ならば、酒を呷りつつそんな風流を愛でる慶次ではあったが、流石に居ても立ってもいられない日々を送っていた。
不用意に出掛けては、景勝からの連絡を受けるのが遅くなるかも知れないと、屋敷からは出ないでいた。
ふらりと兼続が現れるような気がして、何度も庭へと足を運ぶ。現れるでもないので、また屋敷へと引っ込む。
それを無駄に繰り返した。
兼続一人居ないだけで、心に穴が空いてしまったようだった。何をしても面白いと思えなくなってしまった。
最後に見た、微笑を浮かべる兼続が忘れられない。
死んだのか。いや、兼続殿に限って、それはないだろう。こんな処で死ぬような人ではない。
一人、そんな自問を繰り返す。

「何をしているんだ、兼続殿は!!」

段々と苛立ち始めた。
屋敷にばかり籠っているからだと、外に出ようとはしたが、やはり兼続が気になって仕方がない。
闇雲に自分が探すよりは景勝の乱波の者達のが確実だろう。

そんな考えごとをしている慶次の前に、ぬっと松風が姿を現した。

「なんだ?」

慶次がじっと見つめると、ぶるると小さく鳴く。
あまり屋敷から出たくないのだがと告げるが、松風はまた鳴いた。

「判ったよ」

背に飛び乗ると、松風はすぐさま走り出そうとした。

「捨丸!岩兵衛!!」

屋敷に居る二人に向かって、慶次は叫んだ。
慌てて二人が飛び出してくる。
それをちらりと横目で見ると、慶次は松風の首をぽんぽんと叩き、合図を送った。
松風は風を切って走り始める。屋敷の塀をも飛び越え、何処までも走り出した。

半刻ほど走ったところで、松風はその場へと足を止めた。やや遅れて二人がそれに追いつく。
暫くすると、前方より馬に乗った誰かが近付いてきた。
ぶるると松風が鳴いた。
見覚えのある男だった。

「兼続殿…」

間違いない。
それは確かに兼続の姿であった。
なにやら、今にも落馬しそうなくらいに、ふらふらとしている。
近付くと兼続の顔には血の気が全く無く、かなり痩せたようであった。
倒れてしまうのを我慢していると云った様子だった。

話を聞けば、何者かに襲われ、倒れていた処を農民に助けられ、やっと歩けるくらいにまでなったので、こうして戻ってきたとのことだった。
慶次は、それにしても乱波にさえ行方が判らなかったことに疑問を感じたが、背には確かに刀でつけられた傷が痛々しくあったのを見、そうかと呟いた。
納得は出来なかったが、白い肌に刻まれた傷は致命傷になりかねないものだった。

それにしても、今までの兼続とは違う印象を受けた。
やつれたせいだろうかとは思ったが、やはり何処か違う。
捨丸の顔を見ると、やはり捨丸も同じ印象を受けたらしかった。

「か、景勝様に…」

言葉を発するのも絶え絶えだったが、何より早く景勝に逢いたいと云う。
俺が伝えるから、休めと何度もそう云っても景勝の名を繰り返すだけだった。
違う印象は受けたが、倒れそうになりながらも何度も景勝の名を繰り返す兼続を、景勝の許へと連れて行かないわけもいかない。
慶次は兼続を馬から降ろさせると、その馬を捨丸に任せた。
兼続を抱え、松風に乗る。
抱えた体はやはり細くなっていた。荒げに呼吸するのを腕で感じながら、慶次は顔を顰めた。



景勝の屋敷に着くと、兼続はもう一人で平気ですと述べた。
だが、慶次はそれを断り、先に屋敷へと上がりこんだ。
予感がした。何か良くないことが起こりそうな予感が。

部屋で兼続が坐る傍らに、慶次はごろりと横になった。
横になりながら、兼続を見る。
以前から涼しげな風を纏う男ではあったが、今の兼続の周りを取り巻く空気は、まるで絶壁の谷の間に吹く風のように寒々としていた。

「兼続ど…」

起き上がり、兼続に声を掛けようとしたのと同時に襖が開き、景勝が入ってきた。
慶次はまた、その場へと横になった。
兼続の顔を見た景勝の眉間の皺が益々深くなる。痩せた様子に驚いたようであった。

「申し訳ありませんでした」

景勝が口を開くより先に、兼続は深々とその場にひれ伏した。
そして、己の身に起きた状況を話した。
やはり景勝も何処か引っかかる様子だったが、何より兼続が戻ったことと、己に話す兼続の言葉は何時も嘘偽りがなかったこともあり、一言そうかと告げただけであった。

顔を上げた兼続が、すっと立ち上がると景勝に近付こうとした。
右手を上げようとした瞬間、きらっと光るものが慶次の目に映った。
それは横になっていた為に見えた偶然だった。
兼続が景勝に近付くよりも早く慶次は立ち上がると、懐にしまっていた煙管を取り出し、兼続の右手目掛けて振るった。

兼続はそれに瞬時に気付くと、素早く手を引いた。
着物の袖が捲れ、右腕が露わになった。
その右手に握られていたものを見て、その場に居たものは絶句した。
忍びが使うものと同じ、棒状の手裏剣が握られていた。

避けられたと同時に、慶次は煙管の方向を変え、兼続の体目掛け振る。
それを兼続は、後ろに飛び退き避けた。

忍びと同じ動きだった。
顔を慶次に向けると、口角を上げ笑う。
その表情は、先ほどまでの疲れた様子とは一転し、慶次らを憎んでいる相手を見るような目つきで見ていた。




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