鳳凰
泰平の世が近付くにつれ、政宗は夢を見る回数が増えた。
その夢は片翼の鳳凰が兼続を連れ去ってしまう夢だ。
政宗は、鳳凰という生き物の話を他国から伝わった書物で読んだことがあった。泰平の世になると現れるらしいその生き物。各それぞれ異なる容姿が書かれていたが、夢に出てくるのは鳥に酷似していた。その鳥は炎を身体に纏っていた。
炎と言えば思い出す人物がいる。
真田幸村だ。
夢は幸村が、兼続を浚いに来るという暗示ではないだろうか。政宗はそんなことを考えてしまい舌打ちをした。
「はははは、何を言い出すかと思えば、政宗」
褥を共にした後、なんとなしに政宗は兼続に告げた。
どうして話してしまったのかは解らない。反応が気になったのかも知れない。
兼続は笑った。
一頻り笑うと、ふっと遠くを見つめた。
「幸村はもう…私の元へは来まい」
障子も閉めていたというのに、冷たい風がさぁっと吹いた。
幸村は大坂の後に、と噂は流れていた。だが、真のところ、事実は解らない。亡骸を見たわけではないのだ。
「政宗、私は寝るよ」
憂いに帯びた悲しげな顔をしながらも、兼続は微笑し、政宗に背を向けた。
「わしも寝る」
政宗も兼続に背を向け、眠りについた。
また、夢を見た。見飽きたあの夢だ。
だが、この時ばかりは最後が違っていた。
何時もならば、片翼の鳳凰が身に纏いし炎の翼で兼続の身体を抱きしめ終わる。だが、この日見た夢は鳳凰が姿を変えた。人に、幸村の姿に。
鳳凰は幸村になると、兼続に手を差し伸べ、口を開いた。
「兼続殿…迎えに参りました」
「兼続!!」
政宗は叫んだ。
だが、兼続は政宗に見向きもしない。
「幸村…幸村なのか?」
「はい」
幸村は柔らかに微笑した。兼続は差し伸べられた手に手を添えた。
「兼続!何処へ行く気じゃ!!」
腹の底から叫ぶと、やっと兼続は気付いたようであった。政宗の方へと振り向こうとした。しかし、視界を幸村の手で覆われた。
「あなただけには渡したくないのです、政宗殿」
そうとだけ言うと、ごうっと激しい音と共に幸村と兼続の身体を炎が包み込んだ。
二人の身体は溶けると、鳳凰の姿になった。
片翼ではなく、両に立派な翼が生えている。
鳳凰になった二人は、一度鳴くと何処かへと飛び去った。その声は聞いたこともない鳴き声。悲しそうでもあり、嬉しそうでもあった。
何もない、誰もいない場所に政宗は取り残された。
「兼続!」
政宗は飛び起きると、横を見た。
蒲団には、寝ているはずの兼続の姿はなかった。
代わりに見たこともない、白い羽が落ちていた。
太陽に透かせてみると、金色や赤、黒などに輝く。まるで炎のように。
「兼続…」
政宗は外へと出ると、天を見た。
雲ひとつない快晴。
鳳凰の姿など何処にもない。
その羽だけを残し、兼続は消えた。
政宗が兼続を見ることは二度となかった。
終