関ヶ原の合戦後、兼続は何かに取り憑かれたの様に仕事に明け暮れていた。
石高を減らされ、その対応に追われていたのもあるが、考えたくなかったのだ。三成と幸村のことを。
三成は斬首、幸村は遠い地へ流罪になった。
己はただ、のうのうと生きている。
そのことが兼続を苦しめていた。

「慶次」

慶次が縁側で一人酒を呑んでいると、後ろの襖ががらりと開いた。
兼続は乱暴に畳を踏みながら、慶次の側へ寄った。

「眠れぬ、抱いてくれ」

兼続の顔を一瞥すれば、酷く疲れきった顔をしている。疲れているのに眠れないのであろう。顔を見ただけで、ありありと解った。
慶次は盃を置くと、立ち上がった。

「あぁ、いいぜ」

さんざ慶次に嬲られ、気絶するかのように眠りにつく。

「……幸村…」

そして、やっと夢の中で愛しい相手の名を呼ぶのだ。

慶次は兼続の瞳から流れた涙を拭ってやった。
己の身体を傷つけたりはしない。だが、これは自傷行為に等しいと感じた。傍から見ても解らぬ傷は兼続の身体に深く刻まれているのだろう。
時が経てば、薄れゆくのかも知れない。しかし、これで良いのか。

慶次は兼続の髪を撫でた。

「兼続…」

立ち上がると床の間に飾ってあった刀に手を伸ばした。

「今、楽にしてやるよ」

鞘を抜くと、慶次はその刀を兼続に振りかざした。



「わしは信じぬぞ」

慶次は景勝の前に座っていた。
懐から何かを取り出すと、畳の上に置いた。
毛髪の束だ。結わいている紐で、兼続のものだと解った。

「躯は…?」
「灼いた。それがあいつの死に間際の望みだ」

慶次が言うにはこうである。
慶次が屋敷を離れ、戻ってきた時に何やら騒ぎが起こっていた。駆けつけてみれば、屋敷は何者かに襲われ兼続は死に絶える直前であった。死に顔は景勝には見せられない、身体を灼いてくれと慶次に頼み、兼続は果てたのだという。

俄かには信じがたい話だが、石高を減らされ、それに不満を持つものも少なくないだろう。事実、兼続を奸臣だと罵る声を聞いたこともあった。
景勝は何も言わずに毛髪の束を掴んだ。

「屋敷でも見に行くかい?」
「いや、いい…」

確かにその毛髪は兼続の物だと解っている景勝はそう答えた。
屋敷に行っても仕方ない。

「兼続は…」

景勝はくるりと背を向けた。手が震えている。

「どんな死に顔で逝った?」

声が僅かに濡れていた。
兄弟の様に育った二人だ。やはり、最後が気になった。

ぼりぼりと頭を掻くと、慶次は立ち上がる。

「…もう、忘れちまった」

そう言葉を残すと、慶次は部屋から出て行った。言葉には落胆が深く籠もっていた。

「そうか…」

景勝はそう零すと、毛髪を撫でた。

「兼続…すまぬ」

そして、一言詫びた。

慶次はその言葉を襖の向こうで聞くと、屋敷を後にした。





(続き更新中)





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