兼続に一通の密書が届けられた。
内容は聚楽第の秀吉の許へと呼び出すものだった。
その密書に大した疑問は抱かなかったが、後に兼続にとっても、他の者にとっても忘れられない出来事を齎すことになる。
全ての出来事は、この一通の密書から始まった……
あかつき
聚楽第へと出掛ける今日は、朝から雪が降る寒い日だった。
「兼続殿、俺も行こうか?」
兼続の屋敷を慶次は訪ねた。丁度、馬に乗り出掛けるところであった。
「いえいえ、結構ですよ」
兼続は、やんわりとそれを断った。
断られたというのに、それでも慶次は食い下がろうとした。こうして此処まで来たのも、慶次には引っかかるところがあったのだ。
「きっと、茶々様の護衛かなにかでしょう」
柔らかに微笑みながら、兼続はそう云う。
慶次は、何か引っかかることがあると云いたかったが、その微笑みに云えなくなってしまった。
「せめて、供くらい付けたらどうだ?」
兼続は一人で出掛けようとしていた。
何があってはどうすると戒める。
「大丈夫ですよ、慶次殿」
供など付けなくても、聚楽第への道は熟知しています。その者には儂の代わりに領地の整備に勤しんで欲しいのですと云うのが兼続の了見だった。
「だが…」
しつこく食い下がろうとはしたが、兼続は大丈夫ですと云うばかり。
「何事もありませんよ」
にっこりと笑い、そう最後に云うと兼続は一人出掛けて行った。
兼続の乗った馬が、白く続く道に蹄の跡を付けていくのを、慶次は何時までも見ていた。
何処までも続いていくそれは、やがて降り続く雪に埋もれ見えなくなった。
慶次は何が何でも、この刻付いて行くべきだったと後悔する。
この日から、兼続の行方が判らなくなった。
一ヶ月、二ヶ月…四ヶ月と月が替われど、兼続の消息は掴めず。行方を知っている者も依然として見つからず。
何度も秀吉からの使いはあったが、其方にも来ていないとのことだった。
上杉衆の乱波衆"軒猿"でも探し出すことが出来ず、刻はただ流れていくだけであった。
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