存在


眸を開ければ、そこは闇だった。
見えない。
暗い闇。

手も足も何かで拘束されているらしく、動かせなかった。

ひたすら、寒い闇に堪えた。

「兼続殿」

突然、声が聞こえた。
幸村なのだと、すぐに解った。

「幸村、私は何故にこの様に…」
「大丈夫ですよ、兼続殿。私がいますから」

私の言葉を遮るように、幸村がそう告げた。
言葉は優しく紡がれたのに、酷く恐怖を感じた。

幸村は闇から助けてはくれなかった。
ただ

「兼続殿」

側にいて

「…ふ、っ、…あっ、あぁ」

私にあたたかな熱をくれ

「兼続殿、食事をお持ちしましたよ」

身の回りの世話をしてくれた。


暫くすると、手足だけは自由にしてくれた。
だが、相変わらずの闇。
私には幸村がいる。幸村がいるから、恐怖は感じない。
だが、己が壊れていくのは解った。


日が過ぎれば、過ぎるほど、幸村がしてくれることが当たり前になっていく。
私は幸村がいなければ、何も出来なくなった。
幸村だけが私の側にいてくれる。
幸村が私の唯一。幸村が私の全て。
私の世界には幸村しかいないのだ。


そんな状態になった頃、幸村が私の前に現れなくなった。
暗い闇の中、私はひとり。
孤独だった。

寂しくて、悲しくて、怖かった。

「幸村…幸村…幸村…」

闇雲に幸村を探した。
小さな部屋は堅く閉ざされていて、開かない。
手の感覚が無くなっても壁を叩いた。
どれくらい経ったのが解らないくらいに、その手を制された。
その熱には覚えがある。
私が覚えている、唯一の熱なのだから。

「血が出てますよ」

手に湿ったものを感じる。
舌は私の手についた血を舐め取った。

「ふっ…」

声に、舌に、酷く感じた。

「幸村っ…幸村…」

童のように泣きじゃくりながら、幸村に抱き付いた。
あたたかな熱を身体全体で確かめた。

「そんなに泣かれて…。あなたは私がいないと駄目ですね」

幸村の声が、やけに脳内に響いた。
そうだ、私は幸村がいなければ、何も出来ないのだ。



「おはようございます、兼続殿」

眸を開けば、眩しい太陽が差す部屋の中だった。
隣の布団の上では幸村が柔らかく微笑している。

「夢…だったのか」

いやに現実的な夢だった気がするが、何ひとつ覚えてはいない。
気だるさだけは残っている。幸村に抱かれていたからだろうか。

「何か、嫌な夢でも見られたのでしょうか?」
「それが覚えてはおらぬのだ…」

なんだったのか、何も出せない。
ぽっかりと開いてしまった穴のように、何も解らない。

「それより、もう一度抱いてくれ」

幸村の熱が欲しくて仕方なかった。
幸村の背に寄り添うと、そこに口付けた。

「はい」


幸村は私を抱きながら、口を開いた。
下からその口が動くのを見つめた。

「もう直ぐ、謙信公が身罷られた日ですね」

私はそれにゆっくりと口を開く。

「…誰の話だろうか?私には解らない。私は幸村しか…解らないのだ」

幸村は微笑すると、私の頬を撫でた。

「そうでしたね」

くすくすと笑う声が耳に届いた。
解らない。
幸村のこと以外…何も。

「あなたは私だけのものです…」








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