大坂での最後の戦を前に、幸村は米沢へと足を運んだ。
一目、遠くからでも見たかった。兼続の姿を。

関ヶ原の合戦の前夜に会ってから、もう14年は会っていない。
最後に抱いた兼続の白い肌の感触は、今も尚幸村の手に残っている。
もう一度、抱けるとは思わないが、ほんの僅かでいい、今の兼続の姿を目に焼き付けたかった。


幸村はとある屋敷の前に立っていた。
くのいちが言うには、此処が兼続の屋敷らしい。くのいちは行かない方がいいと強く言っていた。だが、幸村はその言葉を聞かなかった。

屋敷の中から、庭へ誰かが出てくるのが見えた。
靡く黒い髪。その髪は兼続のものだと直ぐに気付いた。
髪の間から、横顔が見えた。やはり年を取ったようではあったが、相変わらず…いや、増して美しかった。

屋敷から呼ばれたのか、兼続が其方を向いた。
そして、笑い掛ける。
同じように屋敷から出てきたのは、男の姿だった。

(兼続殿…)

もう十数年は経っている。兼続が己だけを想っているはずがない。
そう言い聞かせるが、やはり胸が痛んだ。
くるりと振り返り、帰ろうとした瞬間、兼続が幸村に気付いた。

「待ってくれ!」

叫んだ兼続の声に、幸村は振り返った。兼続と目が合う。
隣に居た男も幸村の方を向いた。
その顔を見るなり、幸村は驚愕した。同じなのだ、幸村と。
丁度、幸村が人質として居た頃と全く変わらない己が兼続の隣に居た。

「…其方の方は?」

隣の青年が兼続に訊ねた。
声も全く変わらなかった。違いを探す方が難しいだろう。
そこまで二人は似ていた。

「お前の父親だよ」

兼続は目を細めるとそう言った。
言葉にまた、驚愕する。

「私が…?」

呆然と立ち尽くす幸村に兼続は口を開いた。

「来てくれないか…」

幸村は言葉に従い、兼続の屋敷の中へと入った。
家臣や小姓も誰一人としていないのか、中は静まり返っている。

「此処には私とこの子しか居らぬ」

辺りを見回していた幸村に兼続はそう言った。

一つの部屋に幸村を案内すると、兼続は畳の上に座った。その横に添うように青年が座る。
何処から見ても幸村と変わらない。
幸村の目線に気付くと、青年は軽く頭を下げた。

「関ヶ原の後に…この子が生まれたのだよ」

前夜に抱かれた時の子だと兼続は告げた。
あまりにも幸村に似ている子が他の男の子だとは思い難い。
幸村は静かに頷いた。

「名は…名は何と言われるのですか?」

幸村が訊ねれば、兼続はそっと顔を逸らした。
その行動に疑問を持ちつつ、幸村はもう一度、子を見た。
確かに似ているが、それだけではない。
似たようにさせられているのだ。髪型もそうだが、着ていた着物も上杉に居た時に己が着ていたものだった。

「幸村…」

幸村はその子にそう呼んだ。
自然と口から出たと言ってもいい。
子は薄く笑う。そして口を開いた。

「はい…何でしょうか?」

そう返事した。
名すら同じだった。

幸村が何かを言い出す前に、子の幸村が口を開いた。

「母上、お茶を持って来てはくださいませんか?この方も喉が渇いていらっしゃるようですから」

その言葉は兼続を部屋から出すためのもの。
兼続は幸村には知られたくなかったのだった。己が子を生んだことも、その子を幸村として育てていることも。
子の幸村は、兼続の心に気付き、そう声をかけた。

兼続はよろよろと立ち上がりながら、部屋を出た。
襖を閉め、声の届かぬところまで行ったと解ると子は幸村を睨み付けた。

「今更、何をしに来たのですか?」

言葉には深い憎しみも籠っていた。

「母は笑うようになりました。あなたを想って泣いてばかり居た母がやっと笑うようになったのに…」

子の幸村は一拍置いた。

「もう母には会わず、このまま何処かへ行ってください。…私はあなたが嫌いだ。私の父親なのかも知れない。…母の想い人なのかも知れない。ですが、私はあなたが憎い」

ふっ、と子の幸村は息を吐いた。

「毎晩、私に抱かれながら名を呼ぶんですよ。私のではない、あなたを名を。あなたが居る限り、私は見て貰えない。…こんなにも母を愛しているのに……」

歪んでいる。
幸村はそう思った。だが、そうさせてしまったのは他ならぬ、己なのだ。

「あなたは…兼続殿を幸せにすることは出来ない。でしたら、消えてください。私たちの前から」

子の幸村は敢えて兼続をそう呼んだ。
幸村は、まるで己に責められているような気分になった。
確かにそうだ。最後の戦を前にして、己はもう帰られない気でいる。そんな己が兼続を、愛した者を幸せにすることなど出来ない。

幸村は己が、兼続だけではなく、その子さえ不幸にしていた現実を知ってしまった。
ぎゅっと拳を握る。
来てはいけなかったのだ。此処には。
今更ながら、くのいちの言葉の意味に気付いた。
立ち上がると、屋敷を後にしようとした。

「何処に行く気だ」

がちゃんと音がし、そう声が聞こえた。
其方を見れば、開いた襖の前で兼続が盆ごと湯のみ茶碗を落としたまま、立ち尽くしていた。

「…兼続殿…私は…」
「今夜…一晩でいい……共に居てくれ、幸村…」

兼続が駆け寄り、幸村の身体にしがみ付いた。
割れた茶碗の上を駆けたので、足が切れ、血が流れる。

幸村は縋る兼続を払い除けることが出来なかった。

「兼続殿…」

身体を抱き締める。変わらず柔らかな肌。
しかし、非道く痩せ細っていた。






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