妊娠
「んんっ、んっ」
唇を塞がれ、言葉を発することすら出来ない。
抗うにも抗えず、身体は快感の波に飲まれていく。重なり合う手を強く握り返す。
落ちそうになる意識を辛うじて保ちつつ、兼続はぬれそぼった瞳で氏康を見つめた。身体は何とも正直で、吐き出された精を深く取り込もうと伸縮する。
氏康は唇を解放してやると、その快感にふぅと深い溜め息を吐いた。
「今日は中には…ダメだと…」
呼吸荒く、涙を流しながら兼続は氏康の腕の中でそう言った。
氏康は涙を拭いながら、優しく髪を撫でた。
「そんなに俺とのガキ作るの嫌か?」
問いに兼続は口を噤んだ。そうではない。
欲しいとは思う。
だが、直ぐには欲しいと返すことが出来なかった。
二人の関係が、あまり望まれていないからだ。
特に父親である謙信から。実際、口に出してそう言うのは従兄弟の景勝だけではあるが、きっと快くは思っていないだろう。
何せ、氏康は謙信の幼馴染。兼続を赤ん坊の頃から知っている身。
兼続が返事を返すより先に氏康は唇で唇を塞いだ。
下半身の猛りやまぬもので中をかき回す。
「ん、んんっ、ん」
ぴくぴくと兼続の身体が震えた。白濁が臀部を伝わり、零れ落ちていった。
「すみません…」
兼続は氏康に謝った。食事をしている最中にも関わらず、兼続がかくんかくんと船を漕いでいたからだ。
近頃、兼続はよく眠る。
眠くて堪らないと漏らしては寝ていた。それは、起きれないほど。
今までそんなことはなかった。起きてすぐさま行動が出来るほど目覚めは良い。春だからとはいえ、傍から見ていてもそれは異常に思えた。
「病院に行くぞ」
氏康は食事を止めると、兼続に上着を手渡した。
「病院?内科とかですか?」
今にも眠りこけてしまいそうになりながらも、兼続は上着を着込んだ。
氏康は倒れそうな兼続を抱き上げ、家を出た。
車の助手席に乗せ、かちりとシートベルトを閉めてやると、額にキスを落とし、言う。
「産婦人科。兼続、たぶん妊娠してる」
「にんしん?」
兼続は思わず腹を押さえた。
此処に命が宿っていると言うが、自覚は全くない。
氏康が車を走らせるのをぼんやりと見つめた。
言葉がぐるぐると頭を巡る。まるで現実から意識だけが離されたように思えた。
「悪阻とかないですよ?」
産婦人科の駐車場に車を止めた。横を大きな腹を抱えた妊婦が幸せそうに通り過ぎて行く。
氏康は兼続を見返した。
「嬢ちゃんの時と一緒だ」
綾も同じように妊娠した時、寝てばかり居たと言う。
兼続は言葉に詰まった。
「どうする?生むか、生まないか」
兼続は腹を見つめた。
二人の子。
腹の中に居る子は氏康の子に間違いはない。
じわりと涙が浮かんだ。
急に腹が熱く感じた。
「氏康さんは、この子生んで欲しいですか…?」
「兼続は?」
「私は……」
兼続は氏康へと目線を移した。
涙がはらはらと流れ落ちていく。
「生みたいです」
氏康は笑うと兼続の頭を乱暴に撫でた。
俺も生んで欲しいと言いながらキスをすると、ダッシュボードから小さな箱を出した。
「場所が車の中っていうのは味気ねえかもしんないが…」
少し照れたように笑うと、箱の中から指輪を出す。
「結婚してくれないか、兼続」
指を引くと、そこに音を立ててキスを落とした。
「はい…」
聞くとまた笑い、兼続の指に指輪をはめた。
「ま、これであいつも認めるしかねぇよな」
「父ですか?」
氏康は、「そそ」と言いながら、己にも指輪をはめた。
「…何回か言ってんだよ、あいつによ。兼続と結婚させろって」
「初めて聞きました」
「初めて言った」
「何て言われたのですか?」
「謙信は認めぬ…だとよ」
氏康は謙信の真似しながらそう言った。
「そう…ですか」
他の者からと言えど、やはり望まれていないと分かるのは悲しくなった。
無意識に腹を撫でた。
「あいつは昔から頭かてえんだよ。ま、その内解ってもらえるだろうさ」
氏康は兼続を抱き締めた。
腕の中で兼続は「はい」と小さく頷いた。
終
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