鮮血
与六が謙信と出逢い、五年もの歳月が流れた。
日に日に美しさを増してく与六。
ただ、瞼をすぅっと閉じるだけで艶やかな色気が溢れる。
謙信の特別なことは誰しもが知るところであった。
数え切れぬ配下が謙信の元には居る。やはり、与六をあまり良く思わぬものもやはり居た。
与六は謙信の配下に呼ばれ、部屋を訪ねた。
「失礼します」
すっと、襖を開けると配下の者が二人居た。
謙信の姿はない。
「謙信公は…?」
男二人はにやにやと笑いながら、その内来るさと告げた。
二人の様子はおかしいなと思ったが、何度か話したこともある相手。とくに身を構えることなどはなかった。
「与六、お前もどうだ?」
暫くして、杯に入ったものを勧められた。
「いえ…私は…」
それを拒むと、一人の男が傍らに近付いてきた。
「いいから、飲めよ」
「うっ」
口を無理やり開けさせられたかと思うと、杯の中身を口の中へと流し込まれた。
「かはっ、はっ」
咽る与六の後ろで男たちが、笑い合う。
「な、何を…」
言葉を言おうとした瞬間、ぐらっと景色が揺れた。
座ってさえいれなくなり、その場へばたんと倒れこんだ。
「効いてるみたいだな」
ぐらぐらと世界が回る。
男たちが言っていることも与六の耳には入ってこなかった。
「俺が先だぞ」
「解っている」
ぐいっと与六の身体が抱き寄せられた。
破くように着物が剥ぎ取られていく。
肌の上を手が蛇のように這う。白い肌が男たちによって舐めるように触られた。
気持ちが悪かった。吐き気が襲う。
「や…いやだ!!」
はっきりとしない意識のもと、与六は必死に抵抗した。
「煩いぞ」
ぱんと音が聞こえたかと思えば、頬が痛んだ。殴られたのだと気付く。血が唇から滴り落ちた。
「おい、あまり傷をつけるな。バレるだろ」
「悪い、悪い。つい、煩いからさ」
どくんと心の臓の音が響いた。
己がこれから何をされるのかが解り、非道く胸が痛んだ。
指先が痺れ始めた。力が全く入らない。
男たちが身体を舐めた。気持ち悪いはずなのに、芯が疼く。
そんな己に嫌気が差した。
眸を閉じ、唇を噛んだ。
我慢すればきっと、直ぐに終わると信じながら。
「我慢出来ねえや」
男がそう息荒げに言うと、与六の足をぐいっと引いた。
うつ伏せにさせられ、腰が持ち上げられる。腰だけを突き出すような格好に恥辱で頬が染まった。
臀部の間の蕾に生暖かい感触があった。そして、むず痒さがこみ上げてくる。
舌で舐められていると気付く。
身体にはもう力が入らず、男たちにされるがままだった。
直ぐに終わる。直ぐに終わると何度も呪文のように与六は心の中で強く思った。
男の猛ったものが宛がわれた。背に当たる荒い息が気持ち悪くて仕方ない。
ぎゅううっと眸を強く閉じた。
突然、耳にがたんと音が聞こえたかと思えば、次にぎゃっと呻く声が聞こえた。
「け、謙信こ…」
もう一人の男がそう呟いたかと思えば、低い呻きが聞こえ、そして、何かが噴出すような音が続いた。
目の前に赤がざぁっと走った。
何かと背後を見ようとすれば、直ぐに暗い闇が視界を覆った。
何が起こったのかは解らない。
「け、謙信公…なのですか?」
人の気配はあるのに、その相手は何も答えない。
鼻腔に慣れない香りが届いた。生臭いそれは血だった。
「あ、あああぁぁぁ、ああ!!」
肌に流れてきた生暖かいものは血なのだと気付く。
与六は叫び声を上げた。
がたがたと身体が震え始める。
先ほどの家臣、二人はもういない。この世には。
「いやだっ、いやだっ、やだっ、けんしんこう、いやだっ」
がりがりと爪の先で畳を掻いた。其処にまで血が流れてきて、手を濡らした。
狂ったように何度も叫んだ。身体は震え続けた。
手に覆うように謙信の手が重なる。反対の手は己の視界を遮っているのだと気付く。暗い闇の中、液体に触れている手だけが異様に熱かった。
「な、なぜ…ころしたのですか…」
絶望を吐き零すように与六はそう言った。その答えはなく、代わりに非道い痛みが与六を襲った。
身体の中より引き裂かれるような痛み。
初めて抱かれた痛みは、深い傷を作る。
その痛みに、苦しみに、与六は意識を失った。
与六が目を覚ますと、きちんと衣服を着せられ、布団に寝かされていた。
夢だったのだろうかと思うが、下半身は鈍い痛みがあった。
かたかたと手が震え始めた。
どうしてあんなことをしたのかは、与六には解らない。
謙信を怖いと感じた。今までどんなに畏れられようが、与六はそう思ったことは一度もなかった。だが、今は怖い。怖くて、この屋敷から逃げ出してしまいたかった。まるで囚われた身であるように思えた。
蹌踉めきながら立ち上がった。痛い。とても痛くて仕方ない。
寝ていた布団を見れば、赤い鮮血が布団を赤く染め上げていた。
その赤さに、胸が軋んだ。
終