すっと後ろ手で襖を閉めると、与六はにこりと謙信に笑いかけた。

謙信と始めて出会ってから五年もの年月が流れた。すくすくと育った与六は元服した男となんら変わらない。だが、やはり中身はまだ子供。
謙信に甘えるのが好きだった。

二人だけのときだけ、膝の上に座ることが許されていた。
ととと、と、駆け寄ると、謙信の膝の上、組んだ足の間に座る。

「父上、お話とはなんですか?」

与六はさも当たり前のように、謙信にそう言った。

実は二人は親子だった。これは綾しか知らない。
今で言う隠し子だ。
親子らしい関係を築けるのは二人だけのほんのわずかな時。それでも与六にとって幸せな時だった。

「名を考えた…」

どうやら与六の元服後の名前を考えたようだった。
謙信は側の文机を寄せた。紙にすらすらと己の名を書いた。

名を書き終えると、くるっと「兼」の部分を丸で囲んだ。

「…謙信の名をやりたいが、そうもいかぬ」

与六にも解っていた、偏諱を与えるわけにはいかない理由を。綾が強く「親子だと言うのを他に知られてはならない」と言う意味を。
謙信が時折、遠くを見つめるその訳を。

与六は静かにこくりと頷いた。

「だから、謙信の此方、兼という文字をやろう」

与六はその文字をじっと見た。

「兼という文字には、『二つ以上ものをあわせる』と言う意味がある」

謙信はすいっと顔を上げると、外を見つめた。
見える越後の山。

「この謙信には二人の養子が居る。景虎、そして景勝。与六、汝の兄たちだ。その二人を統べ、そして影より支えし礎となれ」
「いしずえ?」
「物事の基礎となる大切なもの」
「たいせつなもの…」

謙信はうむと頷いた。

「大切な基礎。それは、想う心」

此処に抱けと、謙信は与六の胸の間を人差し指で叩いた。

「はい」

与六がこくりと頷くと、それに謙信は目を細めた。

「その心、持ち続けることを忘れてはならぬ。…続ける。その兼と併せ、兼続…」

謙信は己の名の横に兼続という名を書いた。

「それが私の名となるのですか?」
「そうだ」
「父上がその名を私に下さるのですか?」

頷けば、にぱっと満面の笑みを浮かべた。
謙信の手から筆を貰うと、紙に名を書いた。
だが上手く書けない。
謙信が与六の手に手を添え、共に書いた。

「兼続…兼続…」

余程気に入ったのか、何度も書き、何度も唇に乗せた。



「……どうした、兼続」

惚けていた兼続に慶次は声をかけた。
一枚の紙を手に持ったまま、動かなくなったからだ。

「いや…懐かしいものを見つけただけだよ」

その紙を小さく折ると、兼続はそっと懐にしまい込んだ。

―想う心

それは今も尚、兼続の心に息づいている。









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後記

謙信公が兼続(与六)と親子で名前をつけてあげてたらいいなと思って書いたものです。





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