添える星
優しげな風が吹く、心地よい夜だった。
景勝は一人縁側に座り、杯に注いだ酒を一口一口味わいながら、虫が鳴く声に耳を傾けていた。
酒は兼続が選んで、持ってきたもの。兼続の選んだ酒は己れの好みを熟知していて間違いない。
呑んでいる酒は今日、この日に合った優しげな味のする酒だった。
庭先にちらりと目をやれば、兼続が育てた菊が溜息が零れそうなほど、見事な花を咲かせている。
酒も花も命令したことは一度もない。兼続は己れのために何処までしてくれるのだろうかと思う。
口元が思わず緩んだ。
呑んでいた杯の酒が無くなった。
折角選んでもらった酒だ、最後まで味わおうと徳利に手を伸ばそうとしたら、闇から手が現れ、徳利を掴んだ。
「お注ぎいたしましょうか」
やはりだ。
闇から現れたのは、兼続だった。
それをすべきだと屋敷に呼んだわけではないのだが、それがさも己れの仕事だと言わんばかりにしてくる。
屋敷は兼続以外誰もいないのではないのだし、この時くらいはゆるりとしたらいいのにと思う反面、やはり兼続にそうしてもらえるのは嬉しくもあった。
「もらおう」
つい、と兼続の前に杯を差し出す。
「何か喜ばしいことでもありましたか」
杯に酒を注ぎながら、兼続が問う。
何もないとあからさまに口角を上げたまま返した。
そうですか、と言いながらも兼続も何処か嬉しそうだった。
「今宵は月もその周りで輝く星も綺麗ですね」
天を仰ぎ、そう溜息交じりに言う。
丸々と肥えた月は淡い光りを発し、二人を照らす。
その月の周りをたくさんの星々が負けじと輝いている。
一際強く輝く北に位置する星を兼続は暫く見つめた。
確かに月も星も綺麗だったが、景勝は目の前にいる男に目が離せなかった。
暫くした後、兼続は何かを思い出し景勝の方へと目線を戻した。
視線が絡み、景勝は多少気まずそうに目線を外すと、杯に満たされた酒を飲み干す。
「今宵の月見の団子とはいきませんが、桃がございます。如何でしょう」
己れの後ろに下げていたお膳を景勝の前へと差し出した。
お膳に乗った皿の上には、熟れて美味しそうな桃が一口ほどの大きさに切り、盛られていた。
景勝は何かを考える素振りを見せた後、ことりと持っていた杯を置いた。
桃に手を伸ばす。
添えてあった楊枝も使わず、指でそれを掴むと兼続の口先へと持っていく。
兼続はちらりと景勝の目を見ると、桃に目線を戻し、唇を開く。
歯を立てないように指ごとそれを口に含んだ。舌先で器用に指の間の桃だけを絡め取る。
そして、一度も唇を離さぬまま、指に垂れてしまった桃の汁を舐めとっていく。最後にちゅっと音を立てながら指先を吸うと、名残惜しそうに唇を離した。
「美味いか」
口の中の桃を歯と舌とで潰すと、それを飲み込み、はいと答えた。
景勝にも食べてもらおうと皿に手を伸ばすが、それの手を引き、景勝は制した。
「儂はこちらでいい」
景勝の胸へと抱かれた。
此方でですかと兼続はくすりと笑う。
二人は軽い口付けを交わした。
「その気にさせたのは兼続であろう」
「さぁ…」
ゆっくりと目を伏せ、一度瞬きをし、景勝を見つめると、なんのことでしょうかと言葉を続けた。
景勝はふっ、と笑うと深い口付けをしてきた。
「確かに美味いな」
耳元で景勝がそう囁くので、兼続はくすぐったさを感じ、小さく身を震わせた。
「私は景勝様の酒の味で、酔ってしまいそうです」
吐息交じりに返せば、好きなだけ酔えと返ってきた。
その場に倒されながら、いいんですかと囁き、問う。
その返答の変わりに口付けが返ってきた。
口付けられながら、天を見た。
景勝とその背後に佇む月。そして落ちてきそうな星。
先ほど見ていた一番眩く光る星を探す。その横に添うようにひっそりと輝く星があった。
あれは己れだと思うと、静かに瞳を閉じた。
終