赤い痕


謙信の元に一枚の文が届いた。兼続からだ。
それには己の屋敷に来て欲しい旨が書いてあった。手は兼続のもの。
日付は今日だった。

こんな風に呼び出されたことなどない。
文だ。急ぎではないだろう。だが、どうしても気になった。
謙信は馬に跨がると、兼続の屋敷に向かった。



屋敷に行くが兼続の家臣の姿が見当たらない。
遠くの部屋から叫ぶ声が聞こえた。兼続の声。
叫んでは居るが、危機を感じるものではない。寧ろ、何処か悦びが入り混じっているように感じた。
声に誘われるように謙信は屋敷の中へと入った。
奥へ入るほど、声が届いた。ひとつの部屋の前で謙信は立ち止まった。声は此処から聞こえる。

「ああああっ…あ、あぁ…あ」

兼続の叫び声。
しかし、その後に続くのは喘ぎ。
兼続の声の後に続いた声に、謙信は目を僅かに見開く。

「そんなにいいのか?」

こんなところにいる筈がない声の主。
北条氏康。相模の獅子と呼ばれている男だ。

(何故に…)

此処に居るはずの無い男は、兼続に何かをしているようだった。
兼続の声から、随分と快感を与えられているのは安易に想像出来る。
抱かれでもしているのか。

(…?)

謙信は、胸の真ん中を何かに押されるような息苦しさを感じた。

「いいですっ……いいっ…あ、あぁっ…」

兼続が吐息混じりに叫ぶ。
その言葉にふぅと、氏康が息を吐いたのが聞こえた。
煙管の煙でも吐き出したのだろう。

「だってよ、謙信」

襖の向こうの氏康が謙信の名を呼んだ。

「けんしんこう…謙信公?…な、何故……え、…どういうこと…ですか…?」

兼続は呆然としているようだった。
声から、その様子が分かった。

「見てもらえ、兼続。おまえの身体をよ」
「嫌です…やっ…いやだ……」

絞るように兼続は声を出している。身体に何があるのだろうかと謙信は疑問に思った。
スッと縁に手をかけた。

「開けないで下さいっ!!いやだ…いやだ…いやだ……」

みないでくださいと絞り出された声と同時に謙信は襖を開けた。

布団の上に二人は裸で居た。
氏康は兼続の身体の上に乗り煙管を吹かしている。氏康のものが兼続の中に入っており、下半身が繋がりあっていた。
それよりも目が釘付けになったのは、兼続の身体に広がる赤い斑紋。
着物を着込めば見えない部分には、赤い珠のような丸が無数に広がっていた。

直ぐに謙信は氏康の煙管に目を移した。
氏康は、正解と言わんばかりに、それを手に持つと兼続の身体に近付けた。

「あああああっ!」

じっと煙管の先端が兼続の肌を灼く。真っ赤な痕が出来上がった。
兼続は身体を逸らせ達した。氏康に挿入されてはいるが、何もされていない。
ただ、煙管を身体に押し付けられただけで兼続は欲を吐き出させた。
先ほどから聞こえていた叫び声は、煙管で肌を灼かれていた時に出たものだったのだ。

「や…っ、あー…あっ、あぁ…」

はた、はたた、と涙を流しながら、兼続は荒く呼吸を繰り返した。
氏康は出された白濁を指の腹でゆるゆると撫でた。
煙管を咥えると、吸い、唇から再び煙管を離しながら、ふぅと白い煙を吐いた。
それは天に昇ると、空気に溶けて消えた。
煙管と精液の匂いが謙信にまで届く。

「見られるのがそんなに興奮するのか?こんなに締め付けやがって」

煙管を置くと兼続の足を掴み、揺さぶった。

「あ、あぁ、あー、あっ」

数回そうしただけで、兼続の身体はまだ先ほどの余韻で達する。
もう出ないのか、小さな雫が先端に浮かんだだけだった。
身体はおかしくなったように震える。
氏康は其れを見ながら、くくっと笑った。

「愛してるよ兼続」

そう言って、口を吸った。
兼続は立ちつくしている謙信に遠慮してなのか答えなかった。
ただ、されるがままになっている。

「なんだ言ってくれねえのか?いつもなら涎垂らして、乱れながら、愛してるって何回も言うくせによ」

兼続は唇を噛み締めた。
がくがくと身体が震える。

「だったら、やめるか」
「いや…っ…」

ずっと抜こうとした氏康の腕をすぐさま兼続は掴んだ。
は、は、と荒く呼吸を繰り返し、呼吸と共に言葉を落とした。

「…愛してます」

一度吐き出した言葉は止まらず、涙と重なり溢れ出る。
顔を隠すこともせず、ぼたぼたと涙をこぼしながら兼続は何度も繰り返した。

「ほら、褒美だ」

氏康は兼続のものの先端に灰を落とした。
悲痛な叫びが謙信の耳を劈く。
その声に立ち尽くしていた謙信も流石に足を動かした。

「おっと、それ以上こっちに来るなよ」

氏康は兼続の首を掴んだ。兼続はぐっ、と息を詰まらす。
謙信は足を止めた。

「何かしようって言うなら、俺は兼続をこのまま殺す」

言葉とは裏腹に呑気に煙をふーっと吐いた。

実際のところ、謙信は床の間に飾ってある刀で氏康を斬ろうと考えていた。
氏康の行動に、取り巻く空気をすぅっと引かせる。
しかし、眸はまだ、氏康を睨み付けたまま。

「これでも先程の言葉に偽りはねぇよ。愛してるさ、兼続をな。だから、俺に殺させないでくれ」

氏康は謙信を見据えた。手は兼続の首を掴んだまま。
兼続の身体が小さく痙攣している。

「だがな、兼続をてめえのとこから連れ去ろうとは考えてねえし、兼続もてめえから離れたいとは思っちゃいねえ。上杉の為に生きる決意は変わってない。何より関係を許してもらおうとも思わない。まぁ、てめえが許したところで嬢ちゃんが許すとも思えねえしな」

氏康は一度兼続に目線を移し、そして謙信を見た。
だが、謙信の顔を見るなり、にたりと笑った。

「てめえも軍神とか言われながら、やはりただの男だな」

其処に居たのは軍神などではなく、嫉妬に狂いそうになるのを堪えている男が居るだけであった。

言われた言葉に謙信は我に返った。
無意識に握り締めていた手を離せば、血が滲んでいた。
己の行動に、そして胸を打つ感情に、戸惑った。

「てめえの底にあるモンを引き出せたらとは思ったが、まさかこんなものまで見れるとはなぁ」

くくくっと笑う。

「だがな、気付くのが遅えんだよ、ド阿呆が。手に入れられなくなった時に気付いても仕方ねえんだよ」

吐き捨てるようにそう言い、首を締めていた手を離した。
がくっと兼続は崩れた。気を失っていた。
半分ほど開かれた目からは涙が溢れている。口からは涎が滴っていた。

「あぁ、可哀想になぁ、兼続」

己がしたことなど棚に上げ、まるで謙信が悪いとでも言うようにそう吐き捨てると、兼続を抱き寄せた。
涙と涎を拭う。
抱き寄せられた為に、見える背にも同じような赤い痕。
そして、兼続を見つめる余りにも慈しむ瞳に、謙信は胸がずきりと痛んだ。最早、苦しいではない。痛い。衝撃を喰らったように痛い。
思わず、胸を掴んだ。

氏康は、兼続の髪を梳き、顔を整えるとそっと布団に横たわらせた。

「…神にならなきゃいけなかった男の心境なんざ俺にはわからねえけどよ。ま、てめえも人間なんだ、もっと素直になったらどうなんだってな」

ずっと己のものを兼続から抜くと、衣服に手をかけた。

「まぁ、今更、そう生きられるとは思えないけどよ」

衣服を着込む。
屈んで兼続に口付けをすると髪を撫でた。
そのあまりの優しさに謙信はただ見つめるしかなかった。

「教育熱心なのもいいかも知れねえが、あんまり兼続を苛めんじゃねえぞ」

あんまりされると、ここをぶっ壊してでも浚いたくなっちまうからよっと氏康は言葉を続けた。
謙信の顔をちらり見ると、そのまますれ違い氏康は屋敷から出ていった。

謙信は兼続をただ静かに見つめた。
じりじりと手の痛みが、今頃感じ始めた。目線を兼続から手へと移す。
赤い痕。
兼続の身体に広がる痕とは違う赤い痕。
それは先程の感情をふつふつと湧かせる。

謙信は、腹の底に渦巻くなにかを感じた。









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後記

痛くても愛がある話が好きです。





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