「私のが年上になってしまいましたね」

身体を抱き寄せ、まどろむ。
兼続殿はふふっと笑い、私の顔を両手で包み込む。
あまりに慈しむ表情で見つめてくるので、顔が熱くなった。
きっと赤面しているだろう。

「おまえは良い男になったよ」

そして口付けて、また笑う。
小さき動物がじゃれあうように布団の上で、抱き合ったまま転がった。
兼続殿が耳元で笑うので、くすぐったい。
くすぐったそうな様子を見るなり、わざと耳に息を吹きかけてきた。

「ははっ、相変わらず耳が弱いな、幸村は」
「兼続殿は背が弱いではありませんか」

強く抱き締めて背を撫でると、やめてくれと笑いながら兼続殿は身悶えた。

それは些細なことかも知れないが、あまりにも幸せで、私は嬉しくなり泣いてしまった。
涙を拭って、兼続殿は口付けてくれた。

「私は…こんなにも幸せでいいのでしょうか…?」

三成殿の話を思わずしてしまいそうだったが、兼続殿があまりにも悲しい顔をしたので止めた。
兼続殿もそのことは酷く心を痛めている。

「生きている者は、幸せになるべきであろう。それが生きている者が出来ることではないか?」

出来ることならその幸せが、また他の幸せを運べばいい。
笑顔と共に世に溢れ、皆が幸せになればいいのになと兼続殿は言葉を続けた。
生きている者は、これからも歩まねばいけない。だが、その道が明るいものならば歩む足取りも軽いものであろう。
過去は変えることは出来ない。しかし、未来は変えることは出来る。

「幸村も幸せにおなり。そうなると私も幸せだよ」
「はい…」



二人で過ごす家を建てた。
そこは私たち二人が過ごすには小さいものであったが、それでも十分だった。
三年の間、私たちは幸せに暮らした。

三年が過ぎた時、一人の男が家を訪れた。
男は秀頼様からの使者。私に一通の文を置いていった。
それは戦に加勢して欲しいとの内容が書かれていた。

「行くのか…」

兼続殿がぽつりとそう言った。

「私は……」

文より目を離し、前を見つめた。
眼前に果てしなく続く大地が広がる。殺伐としたその地平は戦場なのだと直ぐに解った。
身体が、血が、戦を求めている。

「はい、行きます」

このまま、兼続殿と居たい。
しかし、戦場が私を呼ぶ。
行かなくては。

「あなたは…どうされますか?」

問いに薄く兼続殿は笑った。

「私は此処で待っているよ。幸村の帰りを、二人のこの家で」

私も笑った。
だが、上手く笑えてなかったのか兼続殿が抱き締めてくれた。

「…私はお前と、私の想いだから」

小さく兼続殿が呟いた。
その言葉に、どちらかが散れば消えてしまうのだと思った。
兼続殿か、私かのどちらかが。

「生きて…戻れないかも知れません」

そう告げるのは、この兼続殿に死を宣告するようなものだろう。
だが、兼続殿は静かに頷いた。

「これが最後の戦だな…」

流石、兼続殿も武士だ。
この戦で乱世の終結を迎えるだろうことは解っている。
終わりなのだ、これで。
戦に賭けた私の人生も。

「おいで、幸村。髪を切り揃えてあげよう」

兼続殿は私の伸びた髪を切り揃えてくれた。
はらり、はらり、と髪が落ちる度に気が引き締まるのを感じた。

「思えば、長いようで短かった…ですが、あなたと暮らした三年間はとても幸せでした」

出来ることなら戻って来たい。此処へ。
あなたの元へ。

「私も幸せだったよ、幸村。……」

何を言いかけようとしたが、兼続殿はそれ以上、語ることはなかった。

「ほら、終わったぞ」

髪に触れてみた。
短く切り揃えられた、昔と同じ髪型。

「幸村にはその髪型が似合う」

長い髪も好きだったがなと言いながら、柔らかな微笑を浮かべた。
兼続殿は一度、私の身体を強く抱き締めると離れた。
そして、深く頷く。

「行って参ります」

兼続殿の眸に映った私は、もう死地へと向かう武士の顔へとなっていた。



一度目の冬の陣を終え、戦いは徳川軍との和議を取る形で終えた。
戦は停戦。
これで終わりではないと私は睨んでいた。
翌年五月。大坂城にいる牢人と豊臣の移封を要求してきた家康を秀頼様が拒んだことにより、再び豊臣軍は徳川軍と戦うこととなった。

私はまた、戦場に居る。
そこで兼続殿と対峙していた。

鋭い眼光が私を射抜く。しかし、悲嘆の色が濃く出ていた。
私とは戦いたくなかったのだろうかと思い上がってもいいでしょうか。
…出来ることなら、私もあなたとは戦いたくなかった。

十五年の歳月は兼続殿の年も取らせた。
当たり前だが、共に居た年を取らぬ兼続殿に慣れてか違和感があった。
だが、相変わらず美しく、それどころか年を得てそれは磨きがかかったようにも思えた。
辛い想いが、益々美しくさせたのだろうと思うと、何とも言えなかった。
私に幸せになれと言ったのに、想いは幸せだと言ってくれたのに、生きている者は幸せになるべきだと言ったのに、あなたはあれから一度も幸せを感じることはなかったのではないのでしょうか。
私はあなたと私の心が生まれてからの三年間、幸せだったのに、あなたは一度も…。

「私はここ三年程の間、毎日のように夢を見ていた。おまえと共に生きていく夢だ…」

突然、ぽつりと独り言のように兼続殿は言った。

「私は、あなたと私の想いと共に、その三年間を過ごしていました。私はその間、幸せでした」

そうとだけ言うと、兼続殿は全てを理解されたのかはにかむような微笑を浮かべた。
その顔は多少なりとも幸せを感じているように思えた。

「そうか…」

瞳を深く閉じると、また先ほどの険しく辛そうな顔に戻る。

「……おまえは己で決め、此処に立っているのだな」

その言葉に「はい」と返事した。

「兼続殿、ひとつ教えてください」
「なんだ?」
「この戦が終われば、あなたも幸せになれますか?」
「私は…」

兼続殿は言葉に詰まった。

「あなたの心は私に幸せになって欲しいと言いました。生きている者は幸せになるべきだと。でしたら、あなたも生きているのでしたら、幸せになってください。…これが最後の戦でしょうから」

これから死合う者の言葉ではないだろう。
だが、言わずには居れなかった。
私はたくさんの幸せを言葉として、私たちの想いの兼続殿から戴いた。それならば、また想いを伝えるべきだろうと思ったからだ。

兼続殿はこくりと頷いた。
ゆっくりと一度、瞬きをすると、私を見据える。

「さぁ、参ろう。幸村…」

兼続殿が刀を構えた。

「はい、兼続殿」

私も槍を構え直した。



「はっ…はっ……」

私は走っていた。
呼吸が乱れ、苦しいが、それでも構わず走った。
山の中、小さな家が見えた。私たちの家だ。
それが見えただけで心が踊った。
駆ける。早く、急く。
近付くと入り口の戸が開いた。
家から出てきた兼続殿は私を見るなり、満面の笑みを浮かべた。

「おかえり、幸村」
「ただいま帰りました、兼続殿」









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後記

人様に差し上げるものにしたらテーマが重くないだろうかと不安でいっぱいですが、二人の幸せを感じて少しでも幸せになってもらえたらいいなと書きました。





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